異世界転送トラック
───そこは名もなき戦場だった。男は一人、歩いていた。少女の泣き声がする。男は子供が嫌いだった。泣き声を聞くと不愉快な気分になり、殺してやりたくなる。見ると少女は一人で親はいない。捨てられたのだろう、逃げ遅れたのだろう。
「黙れクソガキ。静かにしねぇと悪魔に喰われるって教わらなかったのか」
男は少女の前にたち、悪態をついた。
周囲には獣がいた。屍肉を食らう魔獣の類。男は舌打ちをした。だからガキは嫌いだった。呼び寄せたのだ、ガキの泣き声がこいつらを。
「おいクソガキ。邪魔だけはするんじゃねぇぞ」
一斉に襲いかかる屍肉獣たち。男は武器を持たない。戦いで全てを失った。あるのは己が肉体のみ。だが───。
「野生動物ってのはクソガキ以下なのか?舐められたもんだなぁ!!」
男の鉄拳は屍肉獣の顎を一撃で砕いた。男の蹴りは屍肉獣の臓腑を粉砕した。それでも襲いかかることをやめぬ獣たち。
屍肉獣の牙が男の腕に食い込む。多勢に無勢とはこのこと。男は奮戦したが、無数の獣相手には難しいかのように見えた。
「おい……ひょっとして……それで俺を喰い殺そうってのか?」
だがそれは通常のはかりの話である。男の力は人並み外れていた。食い込んだ腕の筋肉に力を入れ、振り回す!たちまち獣の牙は折れて抜け落ちた。男の腕からは血一滴も流れず平然としている。岩のような筋肉は獣の牙如きでは傷一つつかない。
「弱肉強食、自然界じゃあそれが掟なんだろ?教えてやるよ……お前たちと俺の立場をなぁ!」
叩き潰す、磨り潰し絞め殺す、鏖殺だった。それは虐殺だった。
死体の山が出来上がっていた。屍肉獣の死体。その臓腑を開き、男は自分の身体に塗りたくる。そして残った臓腑を少女に塗りたくった。少女は突然の行動に困惑しか感じられなかった。
「匂いだ。屍肉獣の匂いはあらゆる魔獣が嫌う。西に行け、街がある。ガキだろうが女なら娼婦にでもなって生きることはできるだろうが」
少女に臓腑を塗りたくり終えると、男は街の方角へ指をさして、東へと立ち去っていった。男は街には向かわない。そこに居場所はないのだから。
男が東に向けて歩き始めて、しばらくしてのことだった。少女は西へと向かわなかった。コソコソと、バレバレだというのに男の後をつけていた。
自分のような悪人に付き纏おうとする少女に苛立ちが頂点に達し、男は振り向き怒鳴った。
「おいクソガキ。まさか俺がいいヤツだとでも思ってんのか?それは違う。俺は悪人だ。屑野郎だ。ついてくるのは勝手だ。だが奴隷商に売り飛ばすぞ?娼婦になるより悲惨な未来が待ってるだろうよ。それでも───」
男が可能な限りの悪態を少女にぶつけていたその時だった。男の動物的直感が告げる。なにか恐ろしいものが来ている。それは得体の知れない脅威。己の命に届きうる悪意……!
「~~ッ!こっちに来るなって言ってんだろうがこのクソガキッッ!!」
男は少女を蹴り飛ばした。それと同時だった。少女が立っていた場所に、見たことのない紋様が宙に浮かび……中から化け物が現れた。
「な、なんだぁぁぁぁこりゃぁぁぁぁ!!」
それは猪のようだったが形状が少し違う。二つ目玉があるように……見えるが生命の脈動感を感じさせない。例えるのなら落石か、いや津波に近いか。それが猛スピードで突っ込んでくる。回避はもう間に合わない。
「ぐぅ……ふぉぉぉぉ!!なめんなゴラァァァ!!」
だが男は規格外の男だった!その化け物に正面からかち合う!そして触れた瞬間、男は理解した。これは生き物ではない!自然現象でもない!なんだこれは!なんなのだ!!
「はぁぁぁ!!?なにあいつ異世界トラック普通に耐えてんじゃん!!」
神界のシュブはその様子を見て驚愕していた!そう!その正体は16トントラック(貨物搭載済み)である!シュブが召喚した異世界トラック!異世界転生直葬……直送便である!!
「上等だぁぁぁぁぁぁ!!人間様なめんじゃねぇぞぉぉぉぉオラァァァァ!!!」
男の人外じみた握力がトラックを掴む!その規格外の握力はトラックの車体を歪め、そして掴み取る!トラックは未だエンジン全開だというのに、男は真正面から張り合っているというのだ!
「だったらもう一発ぶち当ててやんよ死ねオラぁぁぁぁ!!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!?」
シュブは更に異世界トラックを召喚!男の背後に同様の魔法陣が出現したのだ!!男はまたもや動物的直感で察知!同じ存在が……来る!!
「ぐぅぉぉぉぉぉぉぉッッ!!ざけんなぁぁぁぁぁ!!」
16トントラックエンジン全開による挟み撃ちである!だが男は耐えた!両手を左右に!双方からくるトラックを受け止めたのだ!それだけではない!掴んだトラックが少しずつ持ち上がっている!男は投げ飛ばそうとしているのだ!16トントラック二台を!!
「しつこいんじゃボケェェェェェ!とっとと死ねやぁぁぁぁぁ!!」
苛ついたシュブは異世界トラックを多重召喚!最終手段である。
男は天を仰いだ。神に祈ったのではない。見えたのだ。それが。
───その日は晴天だった。西の都では人々は喧騒に満ちていたが、空を見て全員が静まり返った。晴天にも関わらず、無数の流星群が降り注いでいたのだ。世界の終わり、天災の前触れ、人々は恐怖した。
空から降り注ぐのは無数の16トントラック。通常のエンジン全開で死なぬなら、遥か上空から叩き落とせば良いという理屈。そして着弾。瞬間、大爆発が起きる。辺りは吹き飛び、戦場は更地となる。巨大なクレーターが生まれ、あらゆる生命体を死へと誘った。
男がいた世界は壊滅状態となった。空から突然降り注いだ無数の16トントラック。とてつもない高度から神々の加護により原型を保ったまま地表へ衝突したそれらは、男を中心に周囲は焦土と化し国は消滅した。