腐臭の王都、半端者の巣窟
ともかく、マサノリのおかげで男たちは容疑が晴れ自由に行動ができるようになった。彼らは早速、城下町へと繰り出す。無論、目的は未だ姿を現さない魔王の捜査である。
聞き込みを続けていく中、分かったことがある。それは、この王都には多くの異世界転生者、元勇者たちがいること。シュブの顔を知っている者も大勢いて、通りを歩くだけで、シュブはたくさんの人々から声をかけられていた。
「いやーー王都って良いところだねっ、やっぱり高貴にして偉大な女神である私はこう扱われるのが当然っていうかぁ?どうどうヒトカス?見直したぁ?」
ここぞとばかりに男に対して得意げにシュブは自身の名声を見せつける。だが男はそんなシュブを相手にもしていなかった。それよりも……
「テュポンに挑むことすらできなかった負け犬どもが集まる都市……か」
歪な場所だと、男は思った。
シュブを慕う彼らは皆、ヘラヘラと笑っている。この世界に召喚された使命も忘れて、のうのうと王都で生きている。男はそれが許せなかった。たとえ四肢がもがれようと、たとえ目玉がくり抜かれようと、戦うことを誓ったのならば戦い抜くべきなのだ。
ここに住むものたちは皆、誇りがない。半端者。男にとって反吐の出る、気に食わない連中だった。
しかし、ひとまずはこの王都で暮らさなくてはならない。男は、案内された宿へと向かっていた。
「これは……」
しかし、その宿はひどいものだった。まるで家畜小屋のようなボロボロの外観。朽ちた木材、カビがところどころ生えている。最悪といったものだった。
「うわーひっど……ヒトカスも大変だねぇ、こんな宿に泊まるなんて」
「なにを他人事のように言ってんだ?お前も泊まるんだぞ?」
男の言葉に、シュブは待っていましたと言わんばかりに胸を張る。
「あのね?ヒトカスは知らないだろうけど私は尊敬されてる女神なの!ここまで付き合ったのは一応?一番優秀な私の勇者だからってだけ!私はあの王宮のスイートルームに泊めてくれるんだってぇ?ぷぷぷ、どう?羨ましい?土下座して頼むなら私からヒトカス分も部屋を用意させるように指示しても良いけど?」
「いらねぇよ、あんな王宮で寝るくらいなら、ここのがマシだ」
それは男の強がり……ではなかった。
男は感じていた。この王都に蔓延る違和感。とりわけ王宮、城にいたときに感じた気配は、気味が悪かった。言語化できない何かを感じたのだ。
「強がってんのーじゃあ私はふかふかのベッドで寝るからー!いつでも土下座待ってるからねぇヒトカスぅ!」
シュブはそんな男の心中をまるで考えず、王宮へと向かっていく。
「……いや囮ならリリィのが適任だったかもな」
「え!?わたし!?」
無論、男がシュブを黙って見送ったのには理由がある。感じた嫌な気配。だからといって何もしないわけにはいかない。いうならばシュブは偵察。様子見のために王宮にいてほしかったのだ。
シュブは不死身。何があっても死ぬことはないので囮には最適と考えていたが……
「いやだって、敵に捕まって……例えばテュポンは苗床にしようとしてたけど、そうなると、さすがに困るだろ?その点、お前なら死んでも別にどうでも良いし……」
「わた、私は、ぜ、ぜ、絶対に離れないですよ勇者サマぁ……!?」
テュポン級の魔王が潜んでいる。もしも遭遇してしまえば、当然テュポンの部下であるリリスは勝てるはずもない。それどころか上級魔族として、貴重な魔力源として利用される可能性もある。
それを悟ったリリスは、男にしがみつく。テュポンを倒した男についていくという、自分の選択は間違っていなかったと確信しながら。
宿に足を踏み入れると、小さなロビーが広がっていた。正面には「受付」と記された札が置かれている場所に老婆が座っていた。男は、しがみつくリリスを煩わしげに思いながらも、受付へと進んだ。
「受付いいか?部屋は別で」
「私たち、熱々のカップルなので同じ部屋でお願いしますぅぅぅ!!」
「あ?誰が」
「ほらほらちゅーしよちゅー!んちゅぅぅぅ!ねぇぇぇ受付さんんんん熱々のバカップルでしょぉぉぉ!?空気読んで同じ部屋にしてねぇぇぇ!!」
宿の受付で、リリスは必死に叫んだ。男と別れ単独行動など、今の話を聞いてやれるはずもないのだから。
勢いのまま、二人は受付に部屋へと案内される。ボロボロの部屋だった。ご丁寧にダブルベッドである。部屋に入った途端、リリスは男へと土下座する。
「……床で寝ろよ?」
「すいません、すいません、すいません、ありがとうございます!」
流石に不憫に感じたのか、男は毛布をリリスに渡した。
「まぁ確かに男女別だからって単独行動はやめた方がいいかもな……魔族のお前しか気づかないこともあるかもしれねぇし……」
「そ、そうですよねぇ!」
男はため息をついて窓から外を眺める。今のところ、王宮で感じた嫌な気配はこの宿からはしない。どちらかというと、この宿は懐かしさを感じさせた。
戦場を渡り歩いてきた、騙し討ち上等の修羅場……。
男は改めてリリスを見る。その姿こそは、どこにでもいるような村娘そのものだが、男には分かる。並外れた才覚。ただの人間では到底敵わない上級魔族としての力。
「寝よ」
男はシーツに潜り込んだ。ボロボロのベッドだったが、牢屋よりも遥かに居心地は良い。久しぶりに深い眠りへと沈む。少なくとも、今この宿で心配することは”それほど”ないと確信できたのだから。