策謀の序曲、旧識の楔
王都ローデリアに連行された三人は牢屋に入れられた。シュブは既に蘇生しており、不満げに不貞腐れ、牢屋の壁をカリカリといじっている。
「で、勇者サマぁ?なんで大人しく連れられたの?勇者サマならあいつら余裕で倒せるんじゃないの?あー同じ人間だから躊躇しちゃうとか?」
「リリィ、お前にとっての魔王はテュポンで良いのか?他にいないのか」
男は推察の答え合わせも兼ねてリリスに尋ねる。リリスは魔族。この中では魔王の存在に誰よりも詳しいはずだ。
「え……ち、違いますよ勇者サマ……えへへ……あ、あたしの魔王もとい御主人様はぁ……」
「!?、やはり……他にいるのか!?」
「勇者サマしかいませんってぇ!ね?ね?わたし絶対に裏切りませんから!ね?魔族って義理堅いんですよ!?」
「んなこと誰も聞いてねぇんだよ」
「ひっ!」
青筋を立ててキレかける男に、リリスは思わず小さな悲鳴をあげる。完全にバッドコミュニケーション。選択肢を間違えたと確信させるほどに。
男は怯えるリリスを見て深呼吸し、冷静に考えを伝える。魔王が二人いる可能性に。
「あーなるほど?いや、わたしは魔王ってテュポンしか知らないですよぉ?でもぉ……確かに魔王が一人なんて決まりはないですねぇ」
結果は空振りだった。リリスは魔王テュポンしか知らない。もう一人の魔王とは、男の妄想に過ぎないのか。そんな考えがよぎる。
「魔王が二人……あー確かにそういうパターンかぁ」
そんな男の考えに、あっさりと答えを出したのはシュブだった。
「何か知ってるのかお前、最初確かにテュポンを殺せば良いって言ったよな?」
「あぁ、よくあるんだよね~魔王が複数いるってやつ。ほら真の黒幕は別にいたっていうやつ?魔王の後ろに大魔王がいたとか、そういうの王道っしょ?」
「いや知らねぇよ、じゃあ……今度の魔王はどんな奴なんだ!?」
「いや知らないし、私は神界から魔王倒せって言われただけだしー分かりませーん」
こいつ……!
男は拳を握りしめた。あまりにも無責任な態度をとるシュブの態度に。しかし事実としてシュブは未だに神界に帰れていない。であるならば、こいつの上司に相当する神は知っているのだ。この世界に未だ魔王が潜んでいることに。
「……はぁ。敵は未だ姿見せない大魔王……か?面倒くせぇな」
王都で犯罪者の容疑をかけられ、そして姿の痕跡も見せない相手。男にとっては一番苦手な相手だった。力だけではどうしようもない存在。ため息が出る。
その時、慌ただしい足音が聞こえる。誰かが地下牢に駆けつけてきたのだ。
「おお……!女神様!申し訳ありません!!まさか貴方様だったとは!!」
若い騎士だった。シュブの姿を見て、目を丸くして鍵束を取り出す。
「ほ?」
そんな様子を見て、シュブは間抜けな声をあげる。
それは、予想だにしない事態。このままどんな陰謀に巻き込まれるのかと覚悟していた男だったが、あっという間に牢屋から解放されたのだった。
「まぁぁぁねぇぇぇ?私は女神ですから?ほらカリスマっていうのがねぇぇぇ?」
シュブはかつてない程に上機嫌だった。
男たちを解放してくれた騎士は、かつての異世界転生者だった。シュブが召喚した元勇者。名前はマサノリというらしい。魔王テュポンに挑もうとしたが、負傷したため離脱したものだった。
しかし、そのチート能力は王都にて重宝され、今や重要な立ち位置と成っていた。
「それで……そこの二人がシュブ様の召喚した新しい勇者ですか?」
マサノリは男とリリスを見てそう尋ねる。
「いやひとモゴモゴ」
「ああ、そうだ。マサノリと言ったか?俺とこの女、リリィは共に異世界からこの女神に転生させられてきた被害者仲間ってことだ」
シュブの口を抑え、男は代わりに答える。
男はマサノリを、王都というものを信用していなかった。故にブラフをかけたのだ。リリスも異世界転生者であると。それが後日どういった結果になるかはわからないが、その全てを話す必要はないと考えた。
「へぇ!リリィさんと言うんですか?すごい美人さんですね……私のいた世界にもあなた程の美人はそういなかったと思います」
マサノリは露骨に男を無視してリリスに声を掛ける。対してリリスはあからさまに不愉快そうな表情を浮かべた。
すごい美人?元いた世界にはそうはいなかった?
当たり前だ。自分は上級魔族のサキュバス。人間如きがその容姿を比べることそのものがおこがましい。
と、そんなことを考えていると男はリリスの肩に手をポンと置く。そしてマサノリに聞こえないようにそっと耳打ちをした。
「黙って合わせろ、殺すぞ」
「え~本当ですか~?マサヒロさんもイケメンだと思いますよ~?」
命の危険を察知したリリスはすぐに切り替える。この猫かぶりはサキュバスの本領である。
「マサノリです……ともかく王様には説明します、ゆっくりしてくださいね」
マサノリはそう言い残し、王宮の奥へと姿を消した。男には軽く一瞥をくれただけで、丁寧な挨拶の一つもなかった。
「異世界転生者ってのは礼儀も知らねぇやつばかりなのか?」
思わず呟く。シュブはそんな男の様子を見て、目を丸くして「えぇ……」と珍しく言葉を失っていた。




