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偽りの凱旋

 魔王は討伐された。それもたった一人の英雄の手によって。

 街ではお祭り騒ぎだった。魔王テュポンの死。それは世界に怯え震える日々からの解放を意味する。


 「もっと食べてください!村長さんもこの日だけは贅沢をしていいって街の備蓄を出してくれたんです!」


 男は約束を守った。街に戻り、真っ先に少女のもとへと帰ったのだ。

 街では既に魔王城がボロボロになっている様子が遠目で確認できていた。燃え尽きた森、無数の大樹が突き刺さっている魔王城。そして出てこない魔族たち。

 それらは全て、勇者の勝利を思わせるのに、十分な光景だった。


 「これまでもたくさんの勇者様が魔王に挑みました……しかしまさか、二人で魔王を退治するなど」

 「あん?まぁ烏合の衆だったんだろ、雑魚が何人集まろうが意味ねぇんだよ、魔王ってのは強かったしな」


 村長は今までたくさんの勇者たちを送ってきた。彼らは何人もの徒党を組んで、さながら軍隊のように魔王城へと挑んでいった。それが普通だと思っていたのに、男のなしたことは全てが規格外だった。


 「ふっふーん!そりゃそうよ!何せ私の!勇者なんだからねー!あ、二人ってのは違うからね?私は女神なの、パーティーにノーカンで」


 シュブは男の隣で得意げに話す。そう、一人で魔王を討伐したというのが重要なのだ。

 勇者である男はシュブが召喚した使い魔に該当する。使い魔の実力は、名声はより大きいほうがシュブにとっても名誉。故に、自分は関係ないことをアピールするのだ。


 「はい、存じていますとも女神様……ありがたや……まさか女神様が直接地上に君臨されて私たちを助けてくださるなんて……」

 「ね?見て見て?ヒトカス?これがぁ?私を敬うってことなの?私の本当の立ち位置なの、分かるぅ?」

 「うぜぇ……」


 もの凄く久しぶりに神として崇められるシュブは、気を良くして男に絡む。改めて自分が女神であるということを知らしめるために。


 「勇者様のお仲間もどうぞ、遠慮なさらず、今日は祭りです」

 「ありがとー☆うーん美味しい♡ここのぶどう酒は絶品よねぇ~」

 「王都でも評判の名産なのです、ささ、たくさんあります、どうぞどうぞ、リリィ様」


 村長はリリィの持つ器にぶどう酒を注ぐ。それをリリィは嬉しそうに飲み干す。


 「いや待てやお前」

 「ひっ!な、なんですか勇者サマ……?」


 当たり前のように勇者の隣に座る女。男はこの女を知っている。リリィなどと名乗り、人間に擬態しているが、その正体は……


 「お前サキュバスだろうが、なんで勇者パーティー面してんだよ」

 「えっ、えっ、えっ、だ、だってわたし……ゆ、勇者サマの力になったし~?す、すいません!出過ぎた、ま、真似でしたぁ!」


 あれから魔王を倒したあと、リリスはこっそり男たちの後をつけていた。

 魔王テュポンは殺された。主従関係は断ち切られたのだが、リリスは決して自由になったと思っていない。何故ならば魔王を単独で殺した化け物がいるからだ。

 ならば……一番利口な選択は、その化け物に与することである。幸い魔王と違い、男は一応人間。こちらが服従の意思を見せれば、理不尽な要求や、軽々しく殺されることはないと踏んだのだ。

 だが、それは甘かった。

 今宵はめでたい祭り。男の気も緩み、どさくさに紛れ勇者パーティーの一人として既成事実を作ろうと画策していたというのに、男は殺意に満ち溢れた目で、リリスを睨みつける。

 リリスは失禁していた。彼女の人生二度目の失禁である。あろうことか、同じ男から向けられた、圧倒的恐怖から。

 呼び起こされるのはトラウマと、男に対する絶望感。

 ガタガタと震え、表情すら変えることもできず、しかしその大きな瞳からは涙が零れ落ちていた。もはや上級魔族の片鱗も見られない。人の姿に擬態しているのも相まって、今のリリスの姿はただの臆病な村娘にしか見えなかった。


 「……まぁそれもそうか。リリィ……で良いのか?確かにお前がいなけりゃやばかったかもな」


 意外にも、男に話が通じた。

 リリスにとって幸いだったのは、男は別に魔族を殺すことに執着がないこと。当たり前である。彼はシュブに呼び出され無理やり魔王退治をするように言われた身。魔族の生き残りなど、害さえなければ心底どうでも良いのだ。


 「そ、そうだよぉ!え、えへへ~あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」


 男の言葉に、リリスはパァっと表情を明るくして、取り皿に料理を集めて、男に渡す。彼女なりの気遣いだった。

 男はそれを黙って受け取り口にする。


 「わぁぁ……!」


 その様子をリリスは目を輝かせて見ていた。まるで、初めて物事が上手くいった女児のように。


 「ちっ、どうでも良いけどさぁ、そいつ悪逆の限りを尽くしたド外道なんスけどぉ~ヒトカスは~その辺どうでもいいんスか~?」

 「人を殺した数でいえばお前の方が上だろ」

 「はぁぁぁぁ!?私は女神だからノーカンなんですけどぉぉぉぉ!!?」


 許す許さないの問題ではない。男にとってはどうでも良かった。殺す、殺される。過程はどうあれ、そこに善悪などない。互いに互いの信念と正義があったが故の行動なのだから。

 ……もっとも目の前のクソ女神については、魔王を倒すという大義名分を加味しても、人を殺しすぎた邪神そのものなのだが。


 「俺が正義に燃える正義漢なら、真っ先にてめぇをぶっ殺す方法を考えるだろうな」

 「ほらほら、言われてんぞこのサキュバス~私の勇者を舐めるとどうなるか知らねぇぞぉ?オラオラ」

 「お前のことだよバカ」


 調子に乗って身を乗り出し、リリスを脅すシュブの頭を男は殴りつける。

 涙目で男に掴みかかり抗議するシュブ。その様子を人々は笑いながら見ていた。

 そして、誰もが思った。ああ、こんなに腹の底から笑えて、平和を享受できる日々が来るなんて───と。

 そんな宴の夜。皆がこれから訪れる安穏の日々を疑うことなく、笑い騒いでいた時のことだった。


 「全員動くな!」


 街に響き渡る声。振り向くと、街の入口に鎧を着た兵士たちが大勢押しかけていた。


 「これは、どうしたんですか騎士さ」


 村長が立ち上がり、兵士に話しかけようとした。

 その時だった。村長の脳天を矢が貫く。村長は前のめりに倒れた。即死である。


 「ひっ……!」


 街の人たちは、突然殺された村長の姿に息を呑む。何が起きているのか、まるで理解ができなかった。


 「動くなと言ったはずだ。我々は王都より派遣された騎士!この街で、大罪人を囲っているとの情報を得た!すぐさま引き渡せ!!」


 大罪人。その言葉に人々に緊張が走る。

 だが誰もそんなことは初耳だった。ここ最近、この街にやってきた者などいない。そう、宴の中心である、勇者を除いて。

 騎士は宴の中心に座っている男の姿に気がつく。祭りの飾りや、食事の数々。それらを無造作に蹴飛ばし、騎士は男の前に立つ。


 「貴様か、勇者を騙る、大罪人は」


 男はただ黙って騎士の姿を見ていた。

 背格好、立ち振舞からして"雑魚”なのは明白。同レベルの相手が数十人。男一人で皆殺しにできるレベルだった。ここで暴れるのは容易い、だが……


 「おいクソ女神……約束はどうなってる?」

 「え?約束って?」

 「魔王をぶっ倒したら神界に連れてくって話だよ、いつになったらてめぇは神界に戻れるんだ」

 「あ!そういえば何で帰れないの私!?」


 そういう、ことか。

 男は理解した。女神シュブの役割は、最後の勇者を使って、この世界の魔王を打ち倒すこと。その使命を果たすまで神界には戻れない。

 そしてこの異常事態。王都からやってきたという騎士の所業。


 「魔王は、他にもいるってことだな」


 テュポンは魔王である。それはサキュバスのリリスの態度からして明白だろう。

 しかし現況からして、未だ神界に戻れる様子がない。それは、テュポンとはまるで源流の異なる魔王が、この世界に存在するということだ。その魔王は、今も狡猾に姿を隠し、この世界に君臨している。


 「連行するんだろ?連れてけよ、王都に」


 男は両手を差し出した。敵が分からない以上、今は思惑に乗るしか無い。そう考えて。


 「あーあ、連行されちゃって……」

 「えー勇者サマ、意外に素直ー暴れまわると思ったのにー」


 シュブとリリスは、連行される男を他人事のように見ていた。


 「あ、そこの二人も仲間なんだがどうすんだ?」

 「ん?そうなのか、なら連れてくか」


 騎士たちはシュブとリリスに枷をかける。


 「は?」「なにこいつぅ……舐めてんの?」


 二人は女神と上級魔族。当然たかが人間に枷をかけられるなど、プライドが許さなかった。二人の気配が変わる。それは人間とは次元の違う上級存在としての圧。並大抵の人間ならば、畏れ震えるほどの……


 「驕るなよ下等な人間風情が、私は女神おぶっ!!?」


 シュブが召喚神としての権能。対人類特化の洗脳術を発動しかけた瞬間、男がシュブの頭を叩き割る。頭蓋骨が陥没し出血。シュブの意識は吹き飛ぶ。

 そして、男はリリスを睨みつける。

 ───大人しくしねぇと殺す。

 そう目で訴える。リリスはその瞳に射抜かれた瞬間、萎縮し愛想笑いを浮かべた。


 「い、いやぁ~えへへ……お、お手柔らかに頼みます……あっしはしがないただの女なので……」


 どんな誤魔化し方だよ……。男はリリスの超がつくほど下手くそな演技に内心突っ込みながらも、意図が伝わったようで安心した。

 シュブは死んでいる。再生は既に始まっているが、流石に一度殺されたのだから理解しただろう。


 「お、おい……連れの女、大丈夫か?なんか頭がすごいことになってるけど……」

 「こいつ丈夫だから問題ない。とっとと連れてってくれ」


 かくして男たちは騎士に連れられ王都へと向かう。未だ見えない、もう一人の魔王を打ち倒すために。

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