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異端をその身に、神威の簒奪

 「ふっ……」


 男は不敵に笑う。

 これだ、このヒリついた感覚こそが戦場。己が限界を駆使して、戦い抜く世界。力だけが正しさの証明となる、真実の世界。

 リリスの尻尾を掴む手に力が籠もる。

 武器はこれ一つ。通用するかも分からない不明瞭なもの。だが、それで良い。分かりきった勝負ほど、つまらないものはないのだから。


 「いくぞ魔王」


 男はリリスを振り回す。高速回転するリリスは目で追いかけるのも困難な速度に到達していた。尻尾を巧みに掴み、そして操作する。リリスの動きが不規則に変化し、魔王へと放たれる!


 「ぬっ……!」


 魔王の目前で、リリスの動きが止まる。一瞬、張り詰めた空気が弛緩する。だが――


 「はぁッ!!」


 男はリリスの尻尾に力をいれる。瞬間、停止したリリスが急加速し、魔王の顔面へと衝突した。

 紐の先端に鈍器を付けた武器は、古今東西存在する。

 男は、その紐を使った武器術の応用を、軽くやってのせたのだ。不規則な軌道、読めない動きは魔王を翻弄していた。


 「すごい……!あいつ、サキュバスを使うのが初めてじゃないの……?完全に使いこなしてる!」


 その卓越した武器術にシュブは感嘆の声を零した。

 初めてとは思えない、リリスの使いこなしぶりは、確かにシュブの言うとおり、初見のものとは思えない。


 「なるほど……サキュバスを使った武器術があるとは知らなかった……人間とは……恐ろしいものだな」


 魔王も認めざるを得ない。

 サキュバス使いの勇者。彼は決して徒手空拳で挑んだのではない。最初から計算の内だったのだ。魔王自身が生成した上級魔族サキュバスのリリス。

 それをまんまと利用された。上質の武器を提供してしまったミス。

 否、その流れに引きずり込まれた、卓越した戦略眼を賛美すべきか。


 「この世界にはサキュバスを使う武器術があるのか……狂ってんな……」


 男もまた困惑していた。

 ただ既存の技を応用しているだけなのに、この世界に類似の武術が存在していたことに。


 「た、たしゅけて……は、吐きそ……おぇぇぇ……」


 嘔吐である。

 リリスは散々振り回された結果、ついにその三半規管は限界を迎え吐瀉物を口から出す。


 「その武器も、限界が来ているようだな勇者」

 「馬鹿が、ゲロ如きで止めるかよ」


 戦場は苛烈至極。嘔吐ごときで進軍を止める兵隊などいない。それは男が一番知っている。リリスの嘔吐など、目も向けていなかった。


 「え゛っ……嘘でしょ……」


 無論、リリスはその言葉に絶望する。まだ使われることに。容赦の欠片もなく。


 「……ちっ」


 しかし、それはブラフである。

 男は既に理解していた。サキュバスのリリスは限界であることに。精神的な問題ではない。武器としての器の限界である。

 数多の攻防で、魔王にいくつかの傷は与えられた。だが、あと一歩及ばないのだ。

 サキュバスのリリスは所詮は魔王が生み出した魔族。それはすなわち、魔王の魔力とは比べ物にならないくらい小さい。

 魔王を倒すには強力な魔力が必要。男の異常な膂力を加味しても……あと一歩届かずなのだ。


 「貴様はよくやった勇者。サキュバス武器術という奇怪な技を使い、ここまで追い詰めたのは貴様ただ一人だ。しかし、奇手は奇手でしかない、魔王を倒すのは、王道でなくてはダメなのだ」


 魔王の両手に魔力が集中する。男は確信した。あれをリリスで受け止めるのは不可能。リリスの肉体は爆散し、その余波で自分自身も死に至るであろうと。


 「王道……だと?一番俺の苦手なことだ」

 「ならば、最後に神に祈るのだな」

 「神…………?」


 放たれる魔力波。

 男はリリスを投げ捨てる。「んぎゃ!」と声を上げてリリスは壁に激突した。そして男は高く跳躍。男はリリスを捨てることを決めた。十分魔王を消耗させた。役割は済んだ。

 男は決意した。王道。神への祈り。今、ひらめいた。これ以上ない王道的魔王退治。


 「馬鹿め、宙空で何ができる!」

 「無論!お前を倒すことだ魔王!!王道的な技でな!!」


 男はチートスキル的なものは持たない。否、その使い方すら知らない。

 しかし、チートスキルなどは魔王には通じない。それは数多の勇者たちが証明している。だが一つ、試していないことがあるのだ。


 「シュブ!!今から俺の言う事を……躊躇いなく従え!!最後のチャンスだ!!」

 「え!?わ、分かった!!」


 男の手にはいつの間にか燭台が握られていた。それは最初、魔王に通じなかった武器。苦し紛れか?否、違うのだ。男は無駄なことをする人間ではない。


 「主神特権!行使しろ!!」

 「え!?主神特権!!」


 瞬間、主神の神気が男の周囲を囲う。それは絶大なエネルギー。絶対的な力。


 「なに!?これは……!?」


 魔王は驚愕するしかなかった。かつて無い神気、神性。その絶大な力。

 主神は、直接世界に干渉できない。だが、例外がある。それが主神特権。悪しき転生者を罰するために用意された抑止力。


 「まだだ!連打しろ!あの時のように!!」

 「!?、主神特権!主神特権!主神特権!」


 更に加えて禁断の主神特権の連打。限界を超えたその乱用は、ついにシュブの周囲に警告の神気が漂う。カウンター特権。主神特権の悪用を罰する、裁きの雷。


 「む、無理!もう無理!本当になんとかなるんだよねヒトカスぅ!!」


 涙目でシュブは叫ぶ。その直後、彼女を襲う裁きの雷。断末魔と共に最後の主神特権が男に響き渡る。


 「ああ……最高だぜシュブ!!」


 主神特権は、男に放たれる。


 「!?しまった、そういうことか!!」


 男の思惑に気がついた魔王は、"それ”を避けようと身を翻そうとするが、膝が崩れる。


 「ぐっ……!ここにきて奴のサキュバス武器術のダメージ……!」


 男がリリスを使った攻撃の数々は決してノーダメージではなかった。その一瞬の遅れが、魔王にとって致命的だった。天高く飛んだ男は、急降下する。重力を無視した急加速。手に持った燭台は、魔王の脳天目掛けて───


 「貴様───」


 そして同時に、主神特権の雷が、男を貫く。

 それだけではない。主神の雷は、燭台を通して魔王へと放たれたのだ!

 天から降り注ぐ無数の雷。否、それは雷を模しただけであり、その本質は別物。すなわち、不死の肉体を持つ女神さえも打ち砕く、天からの抑止力。

 主神の絶対特権であり、抗える生命は存在しない。

 ───たとえそれが、無敵の魔王であろうとも。


 「ぬぐぅぅぅぁぁぁああああッッ!なんだッ!?なんだこの力はッッ!!?」


 魔王にとって、一切加減のないダイレクトな主神の力は未知なるものであった。あくまで魔王が絶大な力を持つのはこの世界であるが故のもの。神界という異世界から直接放たれた、加減一切無しの主神の力には、抗える道理など皆無であった。

 いいや───


 「だが……知っているぞ勇者ッッ!性質は違えど、この力の源流は……勇者どもの使ってきた技の数々……!!ならばぁ!!」


 此度の相手は魔王テュポン。彼もまた、規格外の魔王。シュブの推察どおり、本来ならば主神案件に相当する世界の異端児。

 加えて、テュポンは知っている。この世界に無数にやってきた、異世界転生者たち、神の力を身につけた、チート能力と呼ばれる力を有する勇者たちを。そしてその勇者たちを全て打ち倒し、学習している。

 テュポンの両手から魔法陣が拡大している。解析しているのだ。主神特権すら打ち破る、神さえも打ち倒す、究極の一を、実現するために。


 「嘘でしょ……あいつ主神様の力を……!?」


 シュブはテュポンの動きにいち早く気がつく。その圧倒的な魔力、解析能力を。テュポンは今も進化している。主神の力を食らいつくし、さらなる次元へと飛躍しようとしている!新たなる魔の胎動を感じているのだ!


 「やかましいッ!!てめぇに!!俺の力を!!推し計るんじゃねぇッッ!!」


 男は数多の主神特権を喰らいながら、燭台を掴む力に手を緩めなかった。

 テュポンが魔王の中の怪物ならば、男は英雄の中の異端児。肉体を、魂を焼き尽くす主神の雷を喰らいながら、その歯を食いしばり、男は咆哮する。貫くのは、主神の力ではない。魔を倒すのは、主神の力ではない。


 「小賢しい手に出たのが!てめぇの敗因だ魔王ッッ!!」


 握りしめた燭台は、既にウェポンマスタリーによって武装化していた。加えて主神特権の神気を帯びており、その威力は、神器にも等しいものとなっていた。

 テュポンの最大のミスはたった一つ。

 戦っているのは主神ではない、今まで屠ってきた数多の勇者たちではない。目の前にいる男に他ならない。その魔力は、主神に対抗する力ではなく、男の規格外の力に回すべきだったのだ。

 燭台は加速する。それはさながら裁きの槍の如く、テュポンの魔力障壁を砕いていく。


 「な……!?馬鹿な!?なんなんだ、なんなんだ貴様は!?」

 「ぶちぬけぇぇぇぇぇッ!!」


 男の咆哮とともに、テュポンの肉体は神器と化した燭台により貫かれる。

 瞬間、閃光が満ち溢れる。魔王テュポンの神気が溢れているのだ。貫かれた体内から、神器・燭台に付与された主神の神気が、解き放たれる。


 「あり……えん……こんな、こんな力など……!」


 光が限界を迎えた瞬間、大爆発を引き起こした。

 行き場を失った神気は解き放たれ、テュポンの肉体、魂ごと粉砕したのだ。


 「刻め、これが俺だ」


 男は、爆散した魔王の姿を見届けると、そう呟き背を向ける。魔王の気配は、完全に消滅。完膚なきまでの勝利であった。

 シュブは、言葉にならない歓喜の声をあげて男へと抱きつく。

 世界を揺るがす、主神案件に相当する魔王テュポンを一人の男が単独で撃破した、歴史的瞬間だった。


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