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役立たずの価値、奈落の賛歌

 リリスは男に近寄る。媚びへつらうような表情を浮かべて。


 「あ、あの……魅了……かかりましたぁ?」

 「……チッ」


 そんな態度が、男を苛つかせたのか反射的に舌打ちをする。リリスはその舌打ちに敏感に反応しビクンと身体を震わせた。


 「お、お願いします……魅了かかったふりでいいんで……このままじゃ私、魔王に殺される……ね?ね?後で私のこと好きにしていいから?勇者様だって魅了にかかったら魔王と戦わないで済むし?私を好きにできるし良いことばかりじゃん?」


 すがるように男の腕に絡みつき、豊満な胸を押し付けながら、リリスは必死にウインクを繰り返す。魅了の魔法が通じぬ今、残された手段はただ一つ。自らの肉体で、男の心を掴むこと。


 「なんでお前の言う事に従わなくちゃいけねぇんだ?」


 しかし、結果はわかりきっていた。男は表情一つ変えず、リリスにそう答える。


 「わ……ァ……あ……ァ…………」


 リリスは泣くしかなかった。ボロボロと目からは涙がこぼれ、むせび泣く。

 彼女の人生はこれで終わった。魅了させるために蘇生されたのに、それが通じない役立たずだと魔王にバレた時点で、処分は確実だった。

 魔王により処分をされる。それはただ殺されるだけではない。魂ごと砕かれ、輪廻転生の輪からも完全に外される。此度のような蘇生もなければ、転生もありえない。

 上級魔族として生まれたサキュバスのリリスは走馬灯のように今までの人生が頭の中で駆け巡る。その全てが、終わるのだ。


 「貴様……魅了の耐性があるのか」

 「ち、違うんです!わたしやれます!ちょ、ちょっと時間かかりそうなだけで……ね、ねぇ~勇者サマぁ?」


 リリスは必死に弁明するも、男の表情から、魅了が全く効いていないことは明らかだった。

 というより、いつの間にか敵である勇者に対して様付けで呼んでいる時点で、リリスの心は、完全に男に屈服していると魔王は見たのだ。そう、もはや役立たずであると。


 「役立たずのゴミクズが、上手く配下にと考えたが、仕方ない……ああリリス、貴様は勇者にしがみついて足止めしろ、貴様の魂ごと、勇者を消し炭にしてやろう」

 「や……やァ…………あはっ……わァ…………」


 死刑宣告。

 改めてその言葉を直接聞かされたリリスは、もはや言葉を失っていた。

 勇者の足止め?できるはずがない?しようとした瞬間、その狂った膂力で自分の四肢は爆散し即死するのが目に見えてる。

 どうせ死ぬなら、今この場で魔王に瞬殺される方が苦しまずに済むというもの……。

 そんな思いが、リリスの脳裏をよぎる。


 「役立たずのゴミクズ……だと?」


 絶望に瀕したリリスの心に日を射すような言葉が、突然耳に入る。それは意外にも、敵である男の、勇者の口からだった。


 「魅了もできないサキュバスは、役立たずだろう?」

 「……いいや、魔王……違うな、こいつは役立たずじゃないッ!」


 一瞬、リリスは魅了が通じたのかと思った。

 だが違う。男の瞳の色は変わりない。初めて見たときから燃えるようで、深い海の底のような昏い眼差し。底の見えない暗炎のような瞳。

 男は、本気で言っているのだ。魅了関係なしに、リリス個人を、決して役立たずではないと。


 「ゆ、勇者サマぁ……!」


 それは、自分の人生が終わるその最後の瞬間、初めて得た感情だった。

 絶望の底で、自分という存在を認めてくれた。それも圧倒的な強者である勇者から。自分が逆立ちしても敵わない絶対存在に、初めて認められた。その感覚は、リリスにとっては何よりも得難い、そして言い難い快楽、快感であった。

 こぼれ落ちる涙は、今までのような絶望の涙ではない。意味不明の涙だった。彼女は初めて知ったのだ。こんなに心が暖かいのに、涙がこぼれ落ちることに。


 「魔王!お前の今の言葉で!突破口を見つけたぞ!!」


 男はリリスの肩を抱く。

 リリスはこれまで無数の男たちに抱かれてきた。だが、この時、自分の肩を抱く男の腕は、今までのどんなものよりも、愛おしく、そして暖かく感じられたのだ。

 そして、男はリリスの尻尾を掴む。


 「え?」


 リリスが気がついた時、既に遅かった。


 「うぉぉぉおお!!ウェポン!!マスタリィィィィ!!」


 瞬間、男の腕を通してウェポンマスタリーが発動!

 男は認識した!リリスは決して役立たずではない!ゴミクズなのかもしれないが、"丁度いい”取っ手もある……武器であると!!


 「おらァァァ!!ぶっ潰れろ魔王!!!!」

 「ぎゃぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


 リリスの悲鳴と共に魔王へと叩きつけられる。此度二度目の衝撃!だが違いはある!

 最初の一撃は下級魔族である触手型魔族を武器化して殴りつけたもの!だが!此度は!上級魔族であるサキュバスを武器化したのだ!その耐久性、魔力は……伝説級武器に比肩する!!


 「ぐはっっっ!!」


 吐血。

 此度二度目の魔王のダメージ。だが、そのダメージは遥かに大きい。


 「やめやめやめ!ちょ、やめ!おかしいって、今わたしヒロイ」

 「二発目ェ!!」


 更に男はリリスの尻尾を強く握りしめ振り回す!ふらついた魔王の腹部にそのままクリーンヒット!魔王は血反吐を吐いて吹き飛ばされた。


 「こ、こんな攻略法があったなんて……!」


 シュブは男の戦い方に感嘆していた。

 よもや上級魔族を武器にして戦うなど。そんな発想は微塵も浮かばなかったからだ。


 「おのれ……初めてだ……こんなイカれた勇者は……」


 崩れた瓦礫の中、魔王は立ち上がる。腹部を手で押さえ、息を切らしていた。効いているのだ。男の起死回生の一撃が。


 「殺してやる……殺してやるぞ勇者……!そしてリリス!」


 明確な殺意。憎悪。初めて魔王が人と魔族に向ける感情。


 「──────」


 リリスは言葉を失う。魔王の殺意をマトモに受けたからだ。

 白目を剥いて泡を吹いていた。完全に仲間だと思われている。無理やり尻尾を掴まれ武器として扱われている被害者だというのに、魔王の目には既に勇者とその仲間として見られていた。

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