破城の一擲
禁森ヘルシニアは確かに炎によりその生命は焼き殺された。だが未だ黒焦げの樹海は健在し、それは天然の迷宮となっており、更に死した魔王の部下たちが悪霊となって守り抜くのだ。
「ハハ……!あの世で待っているぞ勇者よ……否、勇者にすら値しない……卑怯者が!」
そして魔王の部下は力尽きる。不吉な言葉を言い残して。
「ど、ど、ど、どうすんのよ!悪霊だなん……あぁエクソシスターとか雇わないと……」
「いやお前女神じゃねぇのか?悪霊退治はむしろ専門だろ」
「はぁ?なめるなよ人間、この私が悪霊のような下賤な存在を相手するわけないでしょう、自惚れるな、頭を垂れよ」
つまりこの女神は悪霊特効のようだ。良いことを聞いた。
男は、荷物からロープを取り出した。
「いやぁぁぁぁぁああ!!この変態変態変態!!おまわりさーーーん!このDVクソ人間をとっ捕まえてくださーい!!」
結論として、男はシュブを縄で縛り、それを振り回して武器のように扱うことにした。
「お、また悪霊が来たぞ、頑張れ!」
「ふざけんなしぃぃぃぃぃ、うにょぉぉぉおおお!?」
ロープを巧みに操り、シュブを悪霊に思い切りぶつける。その瞬間、悪霊は霧散して消えていった。効果はバツグンのようだった。
当然、男の無茶苦茶な膂力によって強制的に振り回されているシュブの負担は言うまでもない。
「ね、ねぇ~?ヒトカスぅ?私が悪かったからロープ解いてくれない?」
「くそっ、予想以上に深い樹林だな……視界も悪い……」
「聞けよヒトカスぅ!私の三半規管グチャグチャでゲロ一歩手前なんだよこらぁぁぁ!!」
シュブは必死に抗議する。男の顔を掴み、口を引っ張り耳を引っ張り叫ぶが、男はまるで相手にしていなかった。
樹木は無数に連なり、焼かれたとはいえその木々は未だに炭となって残っている。それらは移動を困難にし、魔王城への道のりを複雑にしていた。
男は、おもむろに近くの大きな樹木を引っこ抜いた。
「え、なにしてん」
恐るべきは大樹を引き抜く男の膂力。根っこごと引き抜かれた大樹を男は抱える。
シュブはその突然の奇行に、抗議の声をやめて唖然とするしかなかった。
「ねぇー?ちょっとー?何しようとしてるのか教えて欲しいなぁ?」
「城は……あの辺だった……なッ!!」
瞬間、暴風が吹き荒れる。
否、衝撃波が発生したのだ。発生源は男の中心。男は掴んだ大樹を投げ槍の要領で思い切りぶん投げたのだ!
その威力はまるでドラゴンブレスの如し、いいやその破壊痕はそれ以上。森には巨大なワームが通ったかのような巨大な風穴が空いていた。
「よし、これで行きやすくなった……ん?なにしてんだお前?」
当然、そんなことになると思っていなかったシュブは、衝撃波を真っ先に受け、爆散。そのまま吹き飛ばされ、肉体は四散しバラバラになっていた。しかしそこは女神である。すぐに再生しズタボロの状態で衣服も復元されていく。
「また私を殺したぁぁぁぁぁ!何なのよこいつぅぅ!!もうやだぁぁぁぁ!!!」
我慢の限界を迎えたシュブは泣きわめく。ここまで散々な目にあってきた彼女の精神はついに限界を迎えたのだ。
「おっ、おい見ろクソ女神、あれが魔王城じゃねぇか?」
視界の先、魔王城に先程の大樹が突き刺さっていた。突然の襲撃に混乱しているのか、城からはいくつかの兵隊が出てきている。
「え!?うわ、本当だ!すごいすごい!やるじゃんヒトカス!」
先ほど泣きわめいたのが嘘のようにケロリとした様子で、目を輝かせシュブは魔王城を見る。なにせ初快挙なのだ。よもや魔王の城にあれだけの損傷を与える勇者など。
それだけでもシュブは歓喜極まりなかった。ようやくあの憎き魔王に一泡吹かせたことに。
「……んん?待てよ……ねぇ~ヒトカス、ついでにちょっとお願いがあるんだけどぉ?」
遠くで混乱を起こしている魔王城を見て、シュブは閃いた。それはさらなる追撃の提案。
男はただ黙ってシュブのお願いを聞く。
「……まぁありだな」
「よしよし!じゃあほらぁ!いったれ~!やれやれ!!」
気を良くしたシュブを無視し、男は更に近くの大樹を引っこ抜く。一本、二本……持てる限りをその両手に掴んだ。
そして、その大樹を、思い切り魔王城へとぶん投げた。
瞬間、さらなる轟音。魔王城には無数の大樹が突き刺さる。それだけではない、今の一撃で無数の魔王軍たちが壊滅した。今や残すは精鋭のみ。
「ぷ、ぷ……」
「ぷ?」
その様子を見て、シュブは口を懸命に抑える。不思議そうに男はその様子を見ていた。
「ざまぁぁぁぁぁああああ!!私の勇者をなめるからこうなるんですけどぉぉぉぉ!!魔王とかクソザコがよぉぉぉぉ!!ぷ、ぷぷぷぷ!うひゃひゃ!!!」
指を差して、目を輝かせ笑っていた。心底楽しそうに。
「こいつ本当に女神なのかなぁ……」
男はそんな楽しそうにしているシュブを横目にため息をつきながら、魔王城へと足を進めた。
「あ、ま、待ってよヒトカス!もうちょっと余韻に浸らせてよ~」
そんな男をシュブは追いかける。もはや彼らの前に立ちふさがる障害はない。




