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神器の残滓

 「あ、おはようございます!ご、ごめんなさい、まだパンが焼けてなくて」


 一階に降りた男とシュブを出迎えたのは、昨日助けた少女であった。エプロンを身に着けて、忙しそうに駆け回っている。


 「神である私を待たせるとは、身の程を知りなさい人間、その傲慢なぎゃんッ!」


 男はシュブが言い終えるのを待たず、その頭を殴りつける。


 「なにすんのぉぉぉぉ!?そうやってすぐ暴力振るうのやめなよぉぉぉ!!?」

 「こんな早朝に食事の用意なんて出来てるわけねぇだろ」


 男は席につき、少女が淹れてくれた飲み物に口をつける。

 ……まずい。香草だろうか、独特な香りが鼻を突き抜け、喉を抜けた後に感じる苦みがいつまでも残る。底が見えないほど、どす黒く、苦い飲み物。

 だが、朝の呆けた頭を覚醒させるには丁度いいのかもしれない。


 「まっず!なにこれ?泥でも飲ませようとしてんの?果実酒はないの?あー勿論最高等級のものね?」


 シュブは男が感じながらも、口にしづらかったことをはっきりと告げる。

 こいつには遠慮というものがないのか、いいやないのだろうな、と男は半ば軽蔑した視線をシュブに送った。


 「ご、ごめんなさい……ここの珈琲は評判良いはずなんですけど……」

 「こんなものがぁ?この街の人たちの舌って狂ってるんじゃないの?」

 「ごめんなさい、ごめんなさい!で、でも!パンは生地が残ってるし、私も焼き方はお手伝いで何度かしてるので大丈夫ですから!」

 「は!どうだかねぇ~この調子じゃおごっ!?」


 シュブがこれ以上、喋る前に男は蹴飛ばす。突然の蹴りにシュブは身悶えし、言葉を失う。


 「おいガキ、俺たちは美食の評論家じゃねぇんだよ、腹満たせれば何でも良いんだ、勘違いしてんじゃねぇよ」


 そして男はシュブを掴み、少女の目の届かない人気のない場所へと連れ込む。


 「お前が不死身の女神じゃなけりゃ、この場でぶっ殺してたぞ」


 乱暴にシュブの髪の毛を掴み、顔を近づけて男は睨みつける。それは警告。余計な口を叩かないように。


 「痛い痛い痛い痛い!何なのよぉぉ!?私何かした!?ふざけんなよぉぉぉ!」

 「この宿の主人は昨日死んだ。食事のレベルが落ちるのは当たり前だろうが、あのクソガキはそれを一人で馬鹿みてぇに父親の仕事を継ごうとしてんのが分かんねぇのか」

 「は?だから?思い上がるなよ矮小な人間よ、神である私が下等存在であるお前たちに痛い痛い痛いやめて!ちぎれる、ちぎれるから!!」


 神が人の気持ちなど理解できるはずもない。だがそんなものは男に関係がなかった。ただ目の前の気に入らない存在を叩きのめす。故に男は反英雄。決して神に与しない、歴史の異端児。


 「分かったわよ!要するに腕の良い職人がいなくなったからでしょ?なら、ほら!」


 シュブが指を鳴らすと、厨房の設備が突然一新される。それはシュブの神としての能力。召喚神である彼女は、この宿の厨房設備を全て神器として再召喚した。


 「ほら、早く淹れ直しなさい。神に捧げる食事なのだもの、きちんと作ってもらわないと」


 外見は一切変わらない。だがどこかが違う。少女は戸惑いながらもミルとサイフォンを稚拙な手つきで触る。その時、少女は一瞬だけハッとして動きを止めた。


 「……どうした?このクソ女神がまた余計なことをしたのか?」


 その様子に男は少女に声をかけるが、少女はただ黙って首を横に振り、珈琲を淹れる。

 そして男たちの前に出された珈琲は、先程とは異なり、芳醇な香り漂うものだった。男は戸惑いながらも口にする。


 「……!」


 まるで、違う。風味も味も、透き通る香りも。

 同じ材料を使っているというのに、道具が変わるだけでここまで変わるものなのかと、男は驚愕していた。


 「ふふん~まぁまぁね、いいことお嬢さん?これが本物なの、次からは気をつけることね」


 上機嫌にシュブは淹れられた珈琲を飲み干す。神も認める味だということだろう。

 その様子を、少女は少し涙ぐみながら見ていた。


 「パパが……教えてくれたんです。信じてもらえないかもしれないですけど、今さっき道具に触れたら、頭の中でパパの声がして……」


 シュブは召喚神である。だが、亡くなった者を生き返らせることは、神々の過干渉となるため禁止されている。

 だが、長年職人の手で使われ続けた道具というものは、魂が宿るのだ。

 シュブは、ここの厨房設備を神器として再召喚したことで、少女の父親の、魂の一欠片を擬似的に再現したのだ。それは親しき者にしか分からない僅かなもの。魂の蘇生ですらない、ただの断片。

 それでも、幼い少女にとっては救いだった。死者は蘇らない。だが、父親の意思は、こうしてここに残っていることが分かったのだから。


 「お前……」


 男は、ほんの僅かだがシュブを見る目が変わっていた。

 どうしようもない邪神で、人の命を弄ぶ鬼畜外道だと思っていたが、こういった方法で、少女の心を救うなど、彼には思いもしなかったからだ。


 「うまっうまっうめぇぇむしゃっむしゃ……あによ?やらないわよ」


 ……やっぱりただの思い違いだなこれは。

 次々と提供される食事を、散らかしながら下品に食べているシュブを見て、男は考えを改めた。


 「ぷはぁー!美味しかったぁー!一休み一休み」


 食事を終えたシュブは、ゴロンと男の膝に転がる。当然男ははねのける。

 ゴンッ!と鈍い音が響いた。頭から床に打ち付けたのだろう。


 「何すんのよぉぉぉぉ!?ここは膝枕でしょぉぉぉ!?」

 「飯食った後、すぐ寝るとか豚かお前は?それよりもこれからのことだろうが!」


 シュブと男のやり取りを少女は「本当に仲がいいんですね」と微笑みながら見ていた。

 それは絶対にありえない。断固否定したいところだったが、子どもの戯言に本気になるほど男は余裕がないわけではない。


 「これからぁ?何スか、食べ歩きでもするの?」

 「てめぇ……」


 シュブは神界から追放された女神である。当然その人間性……もとい神性ははっきり言って"終わっている”。改めてシュブの性格を男は再認識したのだ。


 「魔王倒すんだろ」

 「ティータイムの後で良い?」


 思い切りぶん殴る。「ぎゃん!」とカエルが潰れたような声をあげてシュブは地面へと叩きつけられた。


 「何するんですかぁぁぁぁ!?私のかわいらしい顔が!鼻が曲がっちゃうんですけど!!?」


 涙を浮かべ訴えてくる。そして手鏡を持って傷跡を確かめていた。

 男はつい先ほどの決意が揺らぎそう、というより不安で仕方ない。どれだけ性格が終わっていても、この女神がいなくては、世界を渡れない。ここは異世界、どう足掻いても自分一人の力では、故郷に戻れないのだ。

 だというのに……間抜けな表情を浮かべて、のほほんとしてるシュブを見ると、相当"やばい”のではないかと思うのだ。


 「鼻に洗濯バサミ挟んで……鼻高くしてぇ……うぅ、何なのこのDV男……英雄の恥ぃ……」


 鼻の高さを気にしているのか、シュブは鼻先をつまんで伸ばしている。一丁前に美意識だけは高いのが、より事態の無理解を感じさせる……。


 「む、あによーその表情、『何も考えてないバカ女』とか思ってない?」


 鼻をつまみながらシュブは不貞腐れたような目でこちらを見ていた。


 「驚いたな、自覚してたのか」

 「自覚ってぇ!いや……あのね素人さん?物事には準備がいるの、よろしくて?まずは街で情報収集……それから武器に仲間集め……分かるぅ?」


 ここぞとばかりにシュブは得意げにその知識を披露する。数多の人々を殺害し、異世界送りにしてきた邪神なのだ。その辺りは確かに詳しいのだろう。


 「確かに魔王の居場所がわからねぇとなぁ、おいクソガキ、魔王の巣知ってる?」

 「あ……はい……有名ですから……」


 パン屋の少女は拙い手で地図を広げて指を差す。そこにはご丁寧に「魔王城」と書かれていた。


 「ありがとうなガキ、ほら駄賃だ」


 懐から銅貨を数枚取り出し、少女に渡す。少女は困惑するが無理やり握らせる。男の矜持のようなものであった。貸しは作らない。相手が何であろうと、対等な取引をするのが、彼のやり方だ。

 立ち上がる。行き先は決まった。


 「はぁーごめんねぇお嬢ちゃん?女神級にかわいい私に免じてあの無愛想なクソ野郎の態度を許してあげてほしいな」

 「そ、そんなことないです!や、優しい人……です!」


 少女は僅かに頬を染めながら、しかし男に聞こえるように叫んだ。男は背を見せ、荷物をまとめているだけだった。

 その様子にシュブは少し意地悪な笑みを浮かべる。


 「ははーん、ねぇちょっとぉ、気の利いた言葉くらいかけてあげても良いんじゃない?」

 「あ?」

 「しょーーーがないなぁ、このムッツリすけべは……まぁ私の所有物だから仕方ないけどぉ?で、目的地としては私のオススメは王都ね。まずは王様を味方につけて強力な装備と仲間を……あ!港町もいいかも!ちょうど海神の化身とか言われてる?ちょっと調子に乗ってるけど仲間になりそうな強そうな奴がいてぇ……」


 これからの旅のこと。やるべきことは盛りだくさんである。魔王を倒すために必要な装備。伝説級のアイテム。そして、それを支える仲間たち。

 パン屋の少女と世界を救うこと、そして必ず帰って来ることを約束し、男は旅立つ!

 だが男は既に女神と契約をしている。それは役割を終えると、神界に共に帰ってしまうこと……故に少女とはもう再会できない……。


 「なんてドラマいいよねぇ!うんうん、これが魔王を倒す勇者の物語って感じ!で、どこ行くのー?決めたー?」


 という妄想をシュブは勝手にしていた。

 彼女とてロマンがないわけではない。これから始まる壮大な冒険に、胸を躍らせているのだ……!


 「魔王城に行くぞ」

 「なんでよぉぉぉぉぉおおお!!!!」


 だが、そんなシュブの妄想は容易く砕かれた。

 男は思わず耳をふさぐ。


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