英雄召喚
神々は絶望していた。強大なる魔王の存在に。
ここは剣と魔法のどこにでもある幻想的な世界。しかし平和とは程遠く、人々は魔王の脅威に苦しめられ、日々を絶望と恐怖に過ごしていたのだ。魔王軍は人々を襲い、苦しめる。そこに理由などない。相容れぬ存在だから、害虫を始末するのと同じなのだ。
人々は祈った。この窮地を脱する救いの手を!もはや魔王の蛮行は神々も見過ごせぬものとなり、その願いはついに届く。神々は応えたのだ。異世界より転生者と呼ばれる勇者たちを召喚し、スキルと呼ばれる神々の絶大な加護を与え、魔を討つ剣となりて絶望という名の闇夜を晴らすのだ!
「なんだここ」「あれ、俺死んだはずじゃ」「夢か?なんか変な感覚が」
そう、勇者は一人ではない。9999人もの勇者を召喚してしまったのだ。
新米召喚神であるシュブは頭を抱えていた。発注ミスである。異世界転送トラックを本来なら一台発注するつもりが間違って一万台発注してしまったのだ。
「まぁいっかぁ!皆さん聞いてください!この世界は魔王の危機に~」
シュブはポジティブだった!大体勇者が一人でなくてはならないという決まりは存在しない!要するに勝てば良いのだ!
「異世界転生して魔王を倒す……?なるほどそれでスキルをもらえるわけか」
「あと若返りもあるんだよね?」
「オプションでかわいい女の子の同伴は?」
「ハズレスキルとか追放ないよね?当事者にはなりたくないんだけど」
転生者たちも飲み込みが早かった。そして好戦的だ。懸念だったのだ。あの恐ろしい魔王と戦うのに気圧されないか……しかし召喚した勇者たちはどういうことか、魔王と戦うことをまるで恐れてはいない!おそらくは元の世界ではこういう異世界転生が一般的だったのだろうとシュブは推察した。士気は十分。勝利を確信し、9999人の勇者を見送ったのだった。
「ついにここまで辿り着いたぞ魔王!この聖剣ゴッドブレードの煌めきの前に塵となるがいい!」
「いいや俺がここは倒してやる、そして俺の名を……!」
「どけどけ、私こそが真の勇者……魔王など全ては私の人生の踏み台に過ぎない」
魔王の玉座にたどり着く9999人の勇者たち。神々のスキルと神器を手にした彼らは、最強の勇者軍団だった。
「いくぞ魔王ぉぉぉぉぉ!!」
勇者たちが一斉に魔王へ襲いかかる。しかし、魔王の放つ一撃の前に、彼らは為す術もなく消し飛んだ。魔王テュポン。世界を支配する絶望の化身。その力は、勇者たちを一瞬で塵に変えるほど絶大だった。
「シュブ様!ゆ、勇者たちが……!」
天使が慌てた様子で駆けつける。シュブは完全に勝利の美酒に酔っていたが、天使の報告を聞き、青ざめる。9999人の勇者は全滅したのだ。
それから何度も勇者を送り込むが、魔王には傷ひとつ付けることはできなかった。
当然神々は召喚担当であるシュブを何度も呼びつけ怒りの説教を繰り返した。そもそも人選が悪いとか、ろくな教育をしてないんじゃないのかとか、言いたい放題だった。しかしそれはあまりにも理不尽。確かにシュブの仕事は杜撰ではあるが、それ以上に魔王の力が絶大なのだ。その力は、神々にすら届きうるほどに。だからこそ神々は、魔王討伐のために人々に干渉したのだから。
故に、シュブを怒鳴りつける神々は、怒鳴りつけるだけで関わろうとはしなかった。誰もが知っているのだ。魔王の恐ろしさを。
「く、くそぉ……あの老害どもめ……お前が悪いからって、何千人送り込んでも平気で蹂躙する魔王がおかしいの明白じゃん……あれもう魔王とかじゃなくて災害よ災害……主神案件じゃん……!」
主神案件とは、どうしようもない天変地異に主神と呼ばれる上位神が地上に干渉することである。だが神界規則では魔王個人のために主神は動かない。コンプライアンスは大事なのだ!
シュブは悩んだ。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。何度も蹂躙される勇者たち。絶大なスキルを与えても、まるで紙切れのように吹き飛ばす。強すぎるのだ。
「だったら……最初から伝説級の人物を送り込んでやればいいじゃんか!ククク……!!」
人の世界には英雄と呼ばれる存在がいる。それは人の身でありながら人を超えた存在。神話として語り継がれるヘラクレス、ブッダ、ロムルス……彼らは生前から神々に見出され、いくつもの祝福を受け伝説を残した。そして彼らの死後は神界で来たる終末戦争に備える戦士として迎え入れるのだ。故に、英雄を異世界転生者として見出すのはタブー。禁忌である。言うならば既に戦力として上位神が予約しているものを横取りする形になるからだ。もしもそれを無視すればシュブの上司に滅茶苦茶怒られることが確定的である。
だが世の中には何事も例外がある。そう、世界には神々に愛されなかった者たちがいる。運命に翻弄され、人智を超えた力を持ちながらも神に見放され、世界から、歴史から消された者たち。実力は決して英雄たちに劣らない。違いがあるとすれば……ただ巡り合わせが悪かっただけだ。
だが!それがシュブにとっては好都合だった!敵は絶対悪王テュポン!もとより通常のはかり、普通の人間では殺しきれない!目には目を、悪には悪を!絶対に敵を滅し、殺し尽くす、悪辣的で暴力的で、それでいてアンチ英雄的な存在が!世界を救うことを信じて、召喚儀式を展開するのだ!
「我が問いかけに答えよ、見捨てられしものよ、我が祝福全てを、ありったけをこの召喚に叩き込もう、そして応えよ!世界に仇なす大敵よ!今こそ世界を救う、救世の勇者となりて!反英雄召喚ッ!!悠久の時より来たれ!!」
その詠唱は遥か彼方、テュポンに届きうる一人の男に向けられたものだった。歴史から消えるはずの男。英雄という光が生み出す影法師。だがその実力は……世界を変える英雄そのもの。