第2話 双子ドワーフとの出会い
オリエンテーションの翌朝。祐希が登校すると、校門の前で二つの人影があたふたとしているのが見えた。
「大丈夫?」
祐希は声をかけてみる。二人とも、ヒューマンにしては小さいと思った。彼らは昨日から高校一年生になったばかり。それに比べて、二人はまるで中学生、ひょっとしたら小学生にも思えるほどの背丈をしている。
「財布が無くなって……え、男の人!?」
二人に多少の困惑も入り混じりながら、祐希は話を続ける。
「家に忘れてきたとか?」
「いや、朝ごはんをさっきコンビニで買ったから、多分落としたんです。道を戻ります。わざわざ声をかけてくれてありがとうございます」
祐希がなぜ声をかけたか。それは二人のうちの片方を昨日、教室で見た記憶があるからだった。
「多分……同じクラスだよね? ごめん、名前なんだっけ」
「はい!」と声を揃えて手をあげる。まるで授業中に当てられたみたいに。
「ホルティス・ルーンスミス。ホルちゃんって呼んでください」
「ギルドラ・ルーンスミス。ホルちゃんの妹です。ギルちゃんって呼んでください」
ホルちゃんとギルちゃんって言うらしい。二人とも小さいが、その実、体型は真反対だ。
姉のホルちゃんはグラマラスでボリュームがあるような体型をしている。対して、ギルちゃんは痩せていてほっそりとしている。
「二人は……ドワーフ?」
「そうです」
そう答えてくれるホルちゃんは女子にしては低めの、かっこいい感じの声をしている。先ほど自己紹介の時に聞いた、ギルちゃんの声は高めだ。
ドワーフ。彼らの多くは低身長。歴史的に炭鉱での仕事といった鉱業や土木業に従事してきた。そのため力持ちが多い。
ちなみにヒューマンは多くある種族の中で一番知能が高いとされている。そしてドワーフとヒューマンは伝統的に親交が深いらしい。
「とりあえず口調はタメにしてくれていいよ」
祐希はホルちゃんの方を、昨日教室で見た気がしていた。
「わざわざ覚えてくれていたとは。男性は女嫌いが多いから。もちろん、ギルも同じクラスだよ」
目を丸くしたホルちゃんが胸を撫で下ろす。
「そんなに男って女の人を嫌悪してるの?」
「不思議なことを聞くね」
少なくとも、祐希の前世では男の人が女性恐怖症だったり嫌いだったりすることが一般的ではなかった。逆もまた然りだ。
祐希からすると、情報としては知っているものの実感が湧かない状態だ。ホルちゃんは少し言葉を選んでから話し始める。
「とりあえず、財布を探しながら話そう。時間もそんなにないだろ」
「ついてくるの?」
意外そうな顔をしたホル。しかし祐希からすると、話の腰を折らずに、認識のすり合わせも行いたいから、故について行くことに決めた。
「よく、『女はケダモノ』って言うだろ? 実際に、こう言っちゃなんだけど……女っていうのは性欲に支配されたやつもいる。だから気をつけろって言われたこともあるでしょ?」
「まあ、うん」
記憶にはある。前世のことを考えると嘘みたいな話に思えるけど。
「そういうホルちゃんは、俺のこと見て何も思わないの?」
無視を決め込んでいるが、祐希がその場にいるだけで噂が立つ。教室にいたら他クラスから女子が見に来る。道を歩いていたらチラチラ見られる。
祐希は別にまんざらではないものの、何となく居心地悪く感じていた。
「私は浮気したらしばかれるから。春川くんに何かすることはないよ」
「"浮気"? 彼氏がいるの?」
「いや、彼女がいる。男の人は知らないかもしれないけど、意外と彼女持ちっているんだぜ」
ししし、とちょっと意地悪げに笑ってホルが得意になる。
よく考えたら当たり前の話だ。祐希が前いた世界では男性と女性の恋愛が主流だった。同性愛者もいたが、マイノリティにとどまっていた。
軍隊とか男子校、女子校みたいなところでは同性愛者が増える。そんな話は元の世界で祐希も聞いたことがあった。
この女性が多くを占める世界で同性愛者が増えるのは何ら不思議には思わない。
「私は彼女のこと恋愛的にも好き。だけど、どうせこのまま生きてても男の人と恋愛できるとは思えないからって親友と結婚する人とかいるよ。人工授精して子供を作ったら、二人で育てられるしね」
確かに。そういう一面もあるのか、と祐希は納得する。
「……でも」
「でも?」
「ほら、ギル。そろそろ話してみようぜ」
そうホルに背中を押されたのはギルドラ――ギルだ。ここまでずっと二人の会話を聞きながら黙っていた。
ギルは姉のホルに比べて痩せている。ドワーフのずんぐりなイメージには姉の方が近い。祐希が目を向けると、プイッと目を背けてしまう。少々気弱なように見える。
「え、えっと……ボ、ボクは男の人って話すの初めてだから。なんか実感湧かないっていうか」
緊張しいなのだろうか。硬い声色でギルが話し始める。可愛らしい声をしている。
「財布を無くしたのはギルなんだ。だからほら、さっきから黙ってずっと道を探してただろ?」
するとギルからたどたどしい言葉が飛び出す。
「男の人と一緒に歩くなんて想像してなかったから……その、緊張するぅ……」
ギルがこの様子なのは恐らく緊張しいであること。それに男と話さないこの世界の女子にとっては当たり前の態度だ。
ホルがやけにあっけらかんなのは、祐希に対する物珍しさと、同性愛者であることも関係しているのだろう。
「……あ!」
ギルが声を上げた。その時に祐希も分かった。視線の先には、可愛らしい装飾のついた財布が落ちている。
「よかったあ」
ギルはほっと胸を撫で下ろす。しかし、ふと時計を見ると時刻は急がないと遅刻するところにまで迫っていた。
「やばい!! 怒られるぞ」
顔色を変えた祐希が学校へと駆けていくのを二人は追いかける。
「ちょっ……男子なのに……っていうのは失礼だけど、走るの速いね。そうか、運動部に入ってたとか言ってたか」
息切れした三人とも、遅刻のラインをギリギリ超えず、学校に再び到着する。
その様子を尻目にホルが口を開く。
「実はね、全校生徒に既に君のことは通達されてるんだ。男性なんてそうそう共学に来ることはないからね。共学とは名ばかりの女子校ってやつ」
「え、じゃあ、学校の人は皆俺のこと知ってるの?」
「まあ……そうだよ。そして不純な目的で手を出すな、とも言われてる。要は君は愛でるべき花ってとこさ」
自分が思ったより高尚な存在に祀り上げられている。そう気づいて祐希はまたバツが悪そうにする。
「ち、ちょっと待て。不純なことを……ってのは……」
ホルが言った文面に祐希は嫌な予感がした。どう考えても恋愛禁止令だ。さすがに年頃の男の子にそれはきついのだ。
「あぁ、いや。気にしなくてもいい。君が望むなら恋愛はいくらでも出来る。ただ学校側から女生徒への牽制ってだけ。そもそも、恋愛をしたがる男子もそうそういないし」
そこまで話すとホルは静かに笑う。
「……一緒に探してくれてありがとう」
ギルが小さく呟く。それに祐希も少し気恥ずかしくなって曖昧な返事をする。
「普通、男の子ってこんなにちゃんと話してくれないっていうよ。私も無視された経験あるし」
「恥ずかしくなるから?」
「いや、だから女が怖いんだって。何されるかわかったもんじゃないから」
この世界の常識に則って考えたら確かにそうなる。
「まあ俺は気にしないかな」
祐希がそう言うのをホルが驚いた顔で見てくる。
「間違いなく君は変人だね」
少しの呆れを含んだ声でそう言ったのだ。
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