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密室大戦 ~四人の名探偵と五つの密室~  作者: 天野純一
第一の密室――実現不可能な密室
9/15

彼を知り密室を知れば百戦殆うからず

 それ以降、陸奥は「今はこれ以上はお話しできない」と口をつぐんだ。


 洋一は疲労困憊といった様子で署の受付まで戻ると、待合用の長椅子に腰かけた。何度かスマホを取り出しては、大槻を呼ぶかどうか思案しているようだった。


 そのとき、エントランスが開いて見覚えのある男が入ってきた。『青葉スポーツワールド』の守衛の酒井だ。彼は重苦しい雰囲気をまといながらうつむき加減で歩いてくる。待合スペースに座る洋一を認めると、一瞬怯えたような表情になってから、突然号泣しだした。


「ごめんなさい、ごめんなさい……わしが……わしのせいで……」


 洋一は困惑したようだったが、無言で隣に座るよう勧めた。


 酒井は呼吸を整え、涙に腫らした目元を拭いながら話し始めた。


「今日も含めて日曜日の朝は『青葉スポーツワールド』は開園しておらず、わしも荻窪(こう)(すけ)コーチも別件で行くことができないのだが、その、娘さんがどうしても日曜に朝練をしたいというんで、二か月前くらいから黙認しておったんだ。だからその、保護者がいない中で一人水泳の練習をしていて溺れたんじゃないかと——」


 すると洋一は能面のような顔に豹変し、冷徹な視線を酒井に向けた。


「あんたらを訴える。私は葵に無理をさせないよう再三申し入れていたはずだ。あんたらのやったことは安全配慮義務違反に該当する」


 酒井は喉の奥からヒッと声を上げてからうなだれた。


「どんな罪でも受け入れる覚悟はある。わしらが殺したようなものだ」


「……葵はプールで溺れ死んだのか?」


「わしが見たところはそのようだった」


「あんたが葵を見つけたのか? 知っていることを全部話すんだ」


「第一発見者はわしと荻窪コーチ、彼の娘さんである心音さんだ。今日の9時40分頃に三人でプールに行った。いつもはわしとコーチだけなんだが、昨日今日とコーチの奥さんがグロッケンの演奏のため出張らしく、コーチが葵さんの指導をしている間は心音さんの面倒はわしが見る手はずになっていた。昨日君が葵さんを迎えに来た時にも守衛室で本を読んでいたはずだ」


「そういえば小学生くらいの女の子を見たような気もするが」


「その子だ」


「それで?」


「葵さんにも入場ゲートを通れる暗証番号が342であることを教えていた。昔は『青葉スポーツワールド』もそれなりに繁盛していたのだが、五年ほど前から経営悪化が著しく、最近はわしに一任されているのが実情だったんだ……。脇が甘くなっていたのは認めざるを得ない」


「葵に軽い気持ちで教えているくらいだから、暗証番号を知っている人間は多かったのか?」


「いや、便宜上教える必要があったのは葵さんと君だけだ。他の人には教えていない。わしにとっても葵さんや君は特別だった。軽い気持ちで教えたわけではない」


「まあいい。それで?」


「通常通りなら、おそらく葵さんは今朝も暗証番号で園内に入り、小扉から入ったのだろう。小扉は、日曜の朝だけは葵さんが入れるよう施錠していない。ただ、葵さんには防犯のため朝練中は内側から施錠するように頼んでいた。だから今日の朝もわしらはあらかじめ守衛室に鍵を取りに行った。それからさっき言った通り、9時40分に三人してプールに向かった。コーチに一回大扉を引いてもらったが、案の定開かなかった。そこで大扉を開こうとわしは鍵を探したが、持ってき忘れたことに気づいた。だから小扉まで行って、こちらも開かなくなっていることを確認してから持ってきた鍵で開錠した。更衣室から通路側に出る引き戸とプール側に出るドアにはどちらも錠がついていない。葵さん以外にいるはずはなかったが、一応心音さんは女性なので彼女だけ女子更衣室の方に向かわせ、わしとコーチは男子更衣室を通過した。何も寄り道することなく進んでプール側に出たら、心音さんもほぼ同時に女子更衣室から顔を出した。それからプールに目を向けた。最初は何か赤緑色の大きなものが浮いているなと思ったんだ……そしたらクリスマスカラーのセーターを着た葵さんがうつ伏せに浮いていた。わしはその場で失神したのでそれ以降の記憶はない……」


「見つけた途端に失神したのか?」


「そうだ。さっき病院で診てもらって異常はないと言われたので、今こうして警察署に来た」


「葵を見つけたとき、周囲に何か不自然なものはあったか?」


 酒井は30秒ほど考え込んでから答えた。


「正直よく覚えていない。気になるようなものは特になかった気がするが、遺体に気を取られていたので分からない。すぐ気絶してしまったし」


「じゃああんたの昨夜の行動を詳しく話せ」


「犯人を自分で探すつもりかい? そういうことは警察に任せておいた方が——」


「加害者のあんたに口出しする権利はない。俺がやりたいからやるんだ」


 洋一はかぶせるようにそう言った。

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