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密室大戦 ~四人の名探偵と五つの密室~  作者: 天野純一
第一の密室――実現不可能な密室
7/15

密室は災いの元

 ——起きろやボケェ!——起きろやボケェ!


 スマホから鳴り響く独特のアラーム音。ダブルベッドから洋一がむっくりと起き上がった。彼はスマホに手を伸ばすが、ギリギリのところで届かない。依然として爆音を放ち続けるスマホ。彼は仕方なくといった様子で布団から脱出し、アラームをオフにした。そのとき、スマホのホーム画面に「12月20日(日) 7:00」と表示されているのが見えた。どうやら晩御飯を作ったりするくだりは省かれ、すでに翌朝になったらしい。


 私も朝はぐうたらと寝てしまってアラーム1回で起きられた記憶はないから、サウンドを「起きろやボケェ」に設定してギリ届かないところに置いているのは尊敬に値する。


 洋一は寝ぼけまなこで洗面台の前に立ち、歯磨きを始めた。歯を磨き終わると、スーツを着込んでいく。彼は玄関に立てかけた姿見で身だしなみを確認し、扉に手を掛けてから最後に振り返った。


「じゃあ、行ってきます」


 洋一は一人そう呟くと、玄関扉を開けた。かなりガタが来ているらしく、大きな開閉音がした。一瞬だけ、リビングの角に置かれている仏壇が映った。


 画面は切り替わり、洋一は(まち)(なか)の駐車場に到着した。彼は車を降りると、そばのビルに吸い込まれていく。映像はそんな彼の背中を追いかける。


 洋一は突き当たりの扉を開けた。中では書類やパソコンに囲まれて数人がせわしなく働いていた。


 入室早々、若い女性が重そうな段ボールを運びながら洋一に話しかけてきた。


「水無月さん、来週ご提案する予定の(なか)(じま)様ご一行の旅程の確認をお願いします! 該当の書類はすべて水無月さんのデスクに置いておきました!」


「了解」


 一言答えて、洋一はタイムカードを切ってからデスクについた。彼の職場は小さな旅行会社のようだ。朝っぱらから相当な慌ただしさである。


 デスク上には左上角がホッチキス止めされた紙の束が無造作に置かれている。彼はそれを手に取り、入念にチェックし始めた。ページ数は十枚あるかないかくらいだろうか。


 映像は洋一から壁の掛け時計にシフトした。7時45分を指していた。


 直後、画角は変わらないまま掛け時計の表示が10時05分に切り替わった。映像特有の時間変化の表現だろう。


 洋一はデスクについていたが、机上に例の書類はなかった。確認は済んだということだろう。代わりにデスクトップのキーボードを打ち込んでいた。スクリーンには複数のウィンドウが同時に開いている。彼はそれらを凝視しながら止まることなく文字を打ち続けている。ブラインドタッチの権化かもしれない。


 そのとき、彼のジャケットの内ポケットから着信音が鳴り響いた。彼は一瞬虚を衝かれたような表情になった。それからスマホを取り出し、応答ボタンを押した。


「もしもし、水無月です」


『水無月洋一さんのお電話で間違いないですか?』


 電話口から聞こえているのであろう相手の声がナレーションのような形で流れた。緊張感を孕んだ男の声だった。それにつられた様子で、洋一の表情も硬くなる。


「そうですが」


 電話口の男が軽く息を吸い込んだのが分かった。


『宮城県警捜査一課の()()と申します。落ち着いて聞いてください——つい先ほど、水無月葵さんと思われる遺体が発見されました』


 ボトッ。


 スマホがオフィスの床に落ちる音だった。洋一は魂が抜けたようにその場に立ち尽くした。周りで働いていた人々がぎょっとしたように振り返る。一呼吸あってから皆が駆け寄る。


 さっき書類の確認を依頼した女性が心配そうに話しかけた。


「水無月さん、大丈夫ですか。お顔真っ青ですよ」


 彼女は床に落ちたスマホを拾い上げて洋一に手渡そうとする。しかし彼は受け取る素振りを見せず、虚空を見つめたままだ。


 女性が洋一の正面に回り、両肩を掴んで揺らす。


「水無月さん、しっかりしてください!」


 すると、だんだん洋一の目の焦点が合い始めた。彼は女性の存在をとらえると、心ここにあらずといった様子で言った。


「ごめん大丈夫……みんな仕事に戻ってくれ……俺はただ()()()と……あ、葵は……」


「落ち着いてください!」


 女性が正面から洋一の両目を見つめた。


「今の水無月さんは大丈夫にはとても見えません。電話で何か言われたのですか? 話せることなら話してください」


「あぁ……あぁぁぁ」


 ここに来て洋一は膝から崩れ落ちた。


「あ、葵が、死んだって……警察から……」


 オフィス中が凍りついた。女性も想定をはるかに上回っていたらしく、掛ける言葉を失う。


 年配の上司のような人物が、半ば強引に女性からスマホを奪い取った。


「もしもし、警察ですか? 私は水無月と職場を共にする(かな)(しろ)です。現在当人は話をできるような状態にありませんのでまた掛け直していただけますか」


 すると陸奥の声が流れた。


『私の用件は、水無月さんに仙台中央警察署にお越しいただくことです。今日中に——可能ならば今からでも来ていただけると助かります。遺体が本当にお子さんのものかをご家族に確認していただく必要がありますので』


「そんなこと……」


『これが我々の仕事ですので。本人が落ち着いたらそのようにお伝えください。それでは失礼いたします』


「あ、待っ……切りおった」


 金城は床にうずくまる洋一のそばにしゃがみこんだ。


「今日中に仙台中央警察署に来ていただきたいとのことだ。その……遺体が本当にお子さんのものか確認しなければならないらしいから」


 洋一はいくぶんか自我を取り戻した様子で、ぎこちなく頷いた。


「ということは、まだ、葵じゃない可能性も、あるということですよね。そうじゃなかったら俺は……」


 金城は答えに窮したようだった。下手に気安めを言うわけにもいかないのだろう。


 さっきの女性がおそるおそるといった感じで手を挙げた。


「水無月さんが大丈夫なのであれば、私、送りますよ。警察署まで」


 金城が洋一の方を振り返った。「どうだ? いけるか?」


 洋一も決心したようだった。絞り出すような声で言った。


「まず娘の顔を見ます。今すぐ会いに行かないと気が済みません」


「そういうことなら、あとの仕事は我々で引き継いでおくから。体には気をつけるように。(おお)(つき)も気をつけて」


 大槻と呼ばれた例の女性は「お任せください」と答え、「行きましょう」と洋一を手招きした。

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