名探偵の共演
桜以外に質問は上がらなかった――どちらかというと分からないことが多すぎるのかもしれない――ので、私たちは会議室を出てスタジオへ向かうことになった。
スタジオは想定していたよりはかなり狭かった。四人の選考委員が座る席と、少し離れたところに麗香が立つ場所がある。選考委員の席の真上には視聴者向けの巨大スクリーンがある。言ってしまえばこれだけだった。
スタジオの外では多くのスタッフが動き回っている。カメラコードが床を這い、よく分からない器具で溢れていた。
でもそんなことはどうでもいい。重要なのは姉さんじゃないことがバレないように細心の注意を払うことだ。こんな大事な場で替え玉を使ったことがバレたら姉さんは完全に信用を失う。それも全国放映だというなら尚更だ。私だって姉さんが社会のゴミに成り果てるのは本望じゃない。
私がそんなことに頭を悩ませている間、桜はキャイキャイ飛び跳ねていた。彼女が飛び跳ねるたびに肩のマインは激しく上下に揺らされているが、短い足でその衝撃を吸収していた。慣れっこのようだ。
桜は選考委員が座る席を指差した。席の前にはボックスが設置されており、そのボックスには液晶画面が取りつけられている。
「舞衣ちゃん、これスゴくない? ――というか私たちがクイズの解答者みたいになってるね、これ」
「そうですね……」
上の空で答えてしまう。ダメダメ。怪しまれてはいけない。一回落ち着こう。
バチン!
両手で両頬を叩きつける。強く叩きすぎて頬の内側がちょっと切れた。
桜は私の唐突な行動に驚く素振りもなく、
「気合い入ってんね~」
と言いながら背中をバンバン叩いてきた。この人にはバレなさそうだとなんとなく直感した。
そのとき、金縁眼鏡のスタッフが現れ、
「放送開始は30分後になります! 20分前には定位置につくようにお願いします!」
と声高に叫んだ。
え、待って、選考とかってどうするの。選考委員同士で話し合うパートはあるのだろうか。それとも話し合いとかはなくて、完全に選考委員個人で進むのだろうか。説明はないのか。
よく分からないままだが、タイムスケジュールは全部姉さんに連絡が行っているはずだ。もしかしたら事前に全て伝えてあるのかもしれない。
かといって、姉さんのふりをしている手前スタッフに尋ねるわけにもいかないし……。
そうだ! 姉さんに直接聞こう。今ごろ家で推理映画の録画でも観ているに違いない。知らんけど。
私はポケットからスマホを取り出し、「密室大戦のタイムスケジュール教えて」とだけラインした。本当は「生放送とか聞いてないんだけど!」とでも言ってやりたかったが、まぁちゃんと聞かなかった自分にも否がある。
スマホをしまおうとすると、例の金縁眼鏡のスタッフが駆け寄ってきた。
「赤瀬川さん! 本スタジオは携帯持ち込み禁止です! 先日ご連絡したはずです!」
早速やらかしたらしい。
「えーっと、すみません、ド忘れしていました」
「お戻りになるのがご面倒でしたら私が控え室へお持ちしますが」
「じゃあお願いします。お手数お掛けします。あ、すみません、最後に」
私はスマホを手渡す直前にもう一度ラインを開いたが、既読はついていなかった。いつもの姉さんなら10秒以内につくのだが。運が悪い。
スタッフがスマホを外に持ち出すのを見送ると、私は手ぶらになってしまった。手持ち無沙汰なので、選考委員の席に近づいてみる。「赤瀬川舞衣」というネームプレートが立っているのは向かって左から2番目の席だった。
視聴者からも他の選考委員からも見えない位置に、1から5までの数字が振られたボタンが5個ずつついていた。これで採点するようだ。おそらく、採点結果が席の前のボックスについた画面に表示されるのだろう。
責任の重さに心臓が疼く。私なんかが応募者たちの期待に応えられるのか。早速後悔し始めていた。
そうこうするうちに放送開始20分前となり、各々指定の席に着いた。向かって左から桜、私、黒蜘蛛、片桐。
スポットライトが眩しい。大量のカメラがこちらに向けられているのも落ち着かない。しかもあのカメラの向こう側からその何万倍もの視線を浴びることとなるのだ。
他の名探偵たちは慣れっこなのだろうか。
桜はひょうひょうとした表情でマインをなでている。彼女は何事にも動じない――と言えば聞こえはいいが、多分自分の世界しか見えていないのだろう。
黒蜘蛛はというと、表情も何も見えないので緊張しているかは分からない――いや、今、手汗を拭いた。コイツ、思いっきり緊張してるわ。この格好でメディアデビューしていないのだとしたら、もったいないというかなんというか。
片桐はそこまで緊張しないだろう。なんてったってYouTuberなのだからカメラ慣れしてるはず――と思いきや、彼はぶつぶつと何かを呟いていた。よく聞いてみると
「トリックとロジックの見事な融合。これこそが密室なのだと思い知らされました――いや違うな。密室はこうでなくちゃ――違う。密室の真髄を垣間見た気がします――よしこれでいこう」
なんか、うん、そっとしておいてあげよう。
5分後、名探偵たちは定位置につかされ、その20分後、たくさんのテレビカメラがこちらを捕らえた。
麗香がカンペに目を落としてから高らかと宣言する。
「ただいまから『密室大戦』の開幕です!」
そしてミーティングでも聞いたルールを淡々と説明してゆく
「――以上が採点ルールとなっております」
だが最後に付け足された言葉だけ私の知らない情報だった。
「優勝者には賞金342万円が贈呈されます。文字通り342ということです」
私の採点に342万円の行き先が掛かっているのか。しかも生放送で。なんという重責だ。
――ふぅ。あれこれ悩んでもしょうがない。もうどうにでもなれ。
麗香は私たちの上部に取りつけられているスクリーンを指差した。
「早速行ってみましょう! 第一の密室のタイトルは『実現不可能な密室』。応募者は、ぱるるんさんです!」
彼女が言い終わると、私の目の前にあるボックスに映像が表示された。角度的に視聴者からは見えない。どうやら私はこの映像を見たらいいらしい。
私には上にあるスクリーンは見えないが、おそらく同じ映像が流れているのだろう。
私は接続されていたイヤホンを耳に取りつけた。