名探偵の準備
片桐が席についたのを確認し、麗香が立ち上がった。手にはタブレットを抱えている。
タブレットの画面に目をやりながら彼女は口を開いた。
「皆様、本ミーティングにお集まりくださりありがとうございます。ただいまからバラエティー番組『密室大戦』のご説明を始めさせていただきます」
急に流暢な話し方になった。原稿があればスラスラ話せるタイプらしい。
それはそうと――バラエティー番組? テレビ出演ということか。初耳だ。
選考の手続きなどは全部姉さんに連絡が行っているはずだ。私は今日指定された場所にやってきたにすぎない。内容は何も聞かされていないに等しいのだ。
だが、ここで「テレビ出演というのは本当ですか」などとは言えない。そんなことを言ったら偽者なのが即座にバレる。ここは聞くに徹することにしよう。
麗香がタブレットに目を落とした。
「ご存じの通り、『密室大戦』はすべて生放送の番組となっております」
椅子から転げ落ちそうになったが、なんとかこらえる。姉さんは、内容について一切告げることなく可愛い妹を生放送番組に放りこんだというのか。悪魔か何かなのか。
桜も黒蜘蛛も片桐もみな平然としているのを見るに、事前に伝えられているのは間違いないようだった。
私は重要なことを聞き逃さぬよう、麗香に聞き耳を立てる。
「皆様に評価していただくのは、最終選考まで残った四つの密室でございます。これらは応募者が我々企画担当部に提出してくださった作成動画となっています。密室の“美しさ”をできるだけ評価に反映できるよう、今回は五つの評価項目をご用意いたしました。それは――不可能性・難解性・即時性・ご都合主義性・論理性です」
「……ほう」
黒蜘蛛の口から声が漏れた。
「各々どういう意味合いでござるか?」
「え、ええと、し……質問の方は最後に承りますので、お願いします。あ、いや、えと、続きのところに書かれていますので続けて読ませていただきます」
「さようか。お頼み申す」
挟まれた質問にあたふたしていた麗香だったが、タブレットに視線を戻した途端に顔が引き締まる。この子、MCより朗読とかの方が向いてるんじゃないか。
「一つ目の不可能性は、どれほどの不可能さが演出されているかを評価する項目です。例を挙げますと、換気窓のある部屋の出入口付近にいた人物が『人の出入りはなかった』と証言したという密室。ガラス張りの部屋の中で一度生きていることが確認された人物が、十秒後には死体になっていたという密室。この場合、不可能性は後者の方が高く評価されます。
二つ目の難解性は、解決することがどれほど困難かを評価する項目です。過去に類を見ないようなトリックが用いられた場合や、応募者の用意した解答が皆様の想定解の中に含まれていなかった場合などに高く評価されます。
三つ目の即時性は、たとえ実際の殺人だとしても、現実的な時間で問題なく使用できるかどうかを評価する項目です。用意するのに手間がかかる道具や極めて長い時間などを必要とする場合、減点対象となりえます。例えば、一般人である犯人が深海潜水艇を利用するトリックや、植物の成長を利用するトリックなどが減点対象となりえます。いわゆる“針と糸の密室”等に高得点が出てしまう欠点がありますが、過去に使い古されたようなトリックは可能な限り選考段階で排除しております。また、このようなトリックは、不可能性や難解性の項目で著しい低得点となり大賞候補から外れることを期待しております。
四つ目のご都合主義性は、ストーリーの中に応募者の都合がどれほど含まれているかを評価する項目です。代表的なものとして、犯人の労するトリックが運に頼っている場合などがこれに含まれます。例としては、犯行トリックがターゲットや証言者が特定の行動を取ることに依存する場合などは評価が低くなるとお考えください。
五つ目の論理性は、文字のごとく解決に至るロジックを評価する項目です。密室トリックのハウダニットに限らず、フーダニットなども考慮に含まれます。トリックに関する伏線が十分に張られている場合や犯人が唯一解に絞られる場合などは評価が高くなります。
評価項目の説明につきましては以上です」
「面白いッスね。腕が鳴ってきました」
片桐が力こぶの部分をさすりながら言った。麗香が返事に困ったように目を泳がせる。すると片桐は、
「別に全部の発言に対してリプしなくてもいいッスよ。独り言みたいなもんッスから」
とフォローした。麗香は胸を撫で下ろした様子で再びタブレットに目をやった。
「次は採点方法についてご説明させていただきます。こちらは単純でして、皆様には先ほどご説明した五つの評価項目――不可能性・難解性・即時性・ご都合主義性・論理性――のそれぞれに対して5点満点で採点していただきます。すなわちお一人あたりの持ち点は5✕5で25点ということになります。選考委員は皆様4名いらっしゃいますので、一つの密室に対して100点満点で採点されることになります。そして最も得点が高かった密室が大賞となります。以上です。質問等あれば受け付けます」
「はーい」
桜が高々と手を上げた。マインが乗っている右腕を上げたので、またもやマインは振り落とされる。
「あ、よ、吉野さん、どうぞ……」
「その密室ってのは殺人なの? まさか本当に応募者が人を殺してるわけじゃないよね?」
「あ、はい。ええと……」と言いながら麗香はタブレットに目を向け、「殺人でなければならないというルールはないですが、殺人がテーマだとしても、被害者は人形などで代用していただくことになっております」と付け足した。
「オッケー、ありがと麗ちゃん」
桜は納得した表情になり、マインを背中から鷲掴みにして肩に乗せ直した。そのうち動物愛護法に触れそうだ。