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名探偵の召集

 結局身だしなみを整えるのは億劫になってしまった。スタッフに引っ張られるままに控え室を出る。連れていかれたのは会議室のような部屋だった。


 先客が二人いた。入り口から長テーブルが奥に向かって伸びており、その一番奥で向かい合って座っている。


 一人は私と同年代の女性。肩に真っ白なフクロウが乗っかっている。


 もう一人は小さくて童顔の、少女と呼ぶにふさわしい女性。ただ年齢は推し測りにくい。


 肩にフクロウを乗せている方が立ち上がった。満面の笑みで駆け寄ってきて、抱きついてくる。私に抱きついたことでフクロウは突如居場所を失ってしまい、テーブルに飛びのいた。フクロウから心なしか冷ややかな視線を向けられたのは気のせいか。


 私はどう対応すればいいのか分からず、とりあえず軽く相手の背中に腕を回してあげた。一方、相手の力は強すぎて肋骨が折れそうだった。


「こんにちは! 私は名探偵の(よし)()(さくら)。よろしくね!」


 自分で名探偵を称するあたり自信家のようである。彼女はハグをやめ、テーブルから冷淡な視線を向けているフクロウを指差した。


「これは相棒のシロフクロウ。名前はマイン! 私のものだからマインって名前にしたの!」


 どんなネーミングセンスしてんだ。このフクロウは主人ガチャを盛大に外したらしい。


「どうも。赤瀬川め……舞衣です。めまいじゃなくて舞衣です。よろしくお願いします」


「よろしく舞衣ちゃん!」


 舞衣ちゃん、か。姉さんの名前で呼ばれるのは少し癪だ。


「すみません、名字で呼んでもらってもいいですか?」


「えー、なんで?」


「なんでもです」


「赤瀬川ちゃんってちょっと呼びにくいよ……。そうだ! じゃあ赤ちゃんでいい?」


「……やっぱ舞衣ちゃんでいいです」


 名探偵はどうしてみんなこうも頭がお花畑なのだろうか。まぁ並大抵のアタマでは務まらないのだろう。


 桜と向かい合っていると、脇から声が挟まれた。


「え、えーっと……わたっ……わたしはMCの(かざ)()(れい)()です。よろ……しくお願いします」


桜と私が同時に麗香の方を向くと、彼女は「すすす、すみません、突然口を挟んでしまって……」と必死な顔で何度も頭を下げてきた。MCたるもの口を挟むぐらい普通だろうに。というかそれが仕事だろうに。


 麗香が黙りこんでしまったので、私は気になったことを口にしてみる。


「選考委員とやらは私と吉野さんの二人だけなんですか?」


 すると麗香はあたふたしながら答える。


「いえ、えと、もうお二方いらっしゃいます。た、多分まもなく来られるのではないかと存じます……」


 こんなのでほんとにMCなんて務まるのだろうか。早々に先行きが不安になってくる。


 彼女の発言から誰が来るのかはおおよそ察しがついた。おそらく「名探偵四天王」と呼ばれる面々。姉さんと桜、残りは二人。桜とは今初めて会ったし、残りの二人とも会ったことがない。名前だけなら知っているが……。


 ガチャリ。


 部屋のドアが開いた。


 現れた人物は、全身が真っ黒なタイツに包まれていた。表面には蜘蛛の巣のようなデザイン。ちょうどスパイダーマンの赤い部分を黒色にしたような感じだが、顔面はない。


 もちろんシルエットから頭部がどこにあるのかは分かるし、歩いている向きから理論上どこに顔があるのかは分かる。よく観察すると鼻の頭のようなものも見て取れる。だが顔のデザインやお面などはつけていない。不気味極まりない姿だ。


「ご機嫌よう。拙者は(くろ)()()と申す者。ご存知の者もいると存ずるが、念のため自己紹介を致そう。拙者はこのような珍奇な姿で活動している探偵である」


 珍奇な見た目である自覚はあるらしい。声は非常に低くダンディーだ。地声ではなく変声器を使っているようだ。


「『泣く子も黙る名探偵』と呼ばれることもあるようだが、満更でもござらぬ」


 『黙っている子も泣き出す』の間違いだろ、とはツッコまないでおく。機嫌を損ねたら何をしてくるか分かったものではない。


 麗香が口を開いた。


「えとえと……立ち話もなんですし、お三方とも是非ご着席ください。お好きな席にどうぞ……」


 その言葉を受け、めいめい適当に席に着く。その結果、桜と麗香、私と黒蜘蛛が向かい合う格好となった。


 黒蜘蛛には顔面がないので、こちらから目を合わせることは物理的にできない。自然と私はうつむき加減になる。


 すると嫌でも視線が黒蜘蛛の胸元へと向かう。そこにあるのは、まな板のごとく平坦な胸板。


 ふむ、コイツはおそらく男――いや。


 私は自分の胸元に手を当てる。うん、胸がまな板だからといって男とは限らない。そうに決まってる。


 そのとき、「ヨォーッス!」という大声とともにドアが開いた。


 来たか。『名探偵四天王』最後の名探偵。


「遅れてサーセン。名前は(かた)(ぎり)(りょう)、高2ッス。よろしくお願いシャース」


 片桐は私たち全員をグルリと見回したあと、おもむろにスマホを取り出した。立ったままそれを操作し始め、何やら画面を見せてくる。


 そこにはYouTubeのプロフィール画面が表示されていた。名前は「名探偵りょーチャンネル」。プロフィール画像はキリンのような見た目の3Dのアバターだ。


「俺、Vtuberやってんスけど、この機会にチャンネル登録お願いシャース!」


 そう言ってまたグルリと見回す。


 中の人が素顔でVtuberの宣伝をするなんて初めて見た。奇特な人間もいたものだ。


 誠に残念なことに、誰も自分のスマホを取り出してチャンネル登録しようとはしない。片桐は目に見えて肩を落とした。


「誰も俺の言うこと聞いてくれない……。分かったよ。死ねばいいんだろ」


「あ、え、ししし、死ぬのはいけませんよ。えっと、ほら、片桐さんもお座りください……」


 麗香が慌ててフォローに入るが、黒蜘蛛がため息をつく。


「いわゆる『ヒス構文』というやつでござろう。無視しておけばよい」


「バレたか」


 片桐はいわゆる“ツイ廃”としても知られる、重度のSNS中毒者である。

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