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密室大戦 ~四人の名探偵と五つの密室~  作者: 天野純一
第一の密室――実現不可能な密室
12/15

密室は剣より強し

 洋一は再び顔を上げた。


「次はあんたの娘さんにも話を聞きたい」


 荻窪は五秒ほど口をつぐんでから、警戒心を隠さずに言った。


『……心音を傷つけるような行為はお控えいただきたいのですが』


「葵が日曜の朝に一人でプールに行っていたことは娘さんに話したのか?」


『いえ、一切。話す必要もございませんから。葵さんのこともあまり知らないでしょう』


「それなら私はあんたの娘さんを恨むことはしない。安全配慮義務を放棄した父親に対しては訴訟してでもケリをつけてもらうが、娘さんは関係ないからな」


『……分かりました。ただし条件をつけさせていただきます。こちらでスピーカーをオンにさせていただきます。水無月さんが私を恨んでいることは重々承知していますが、心音に危害を加えるとなると話は変わりますので』


「その条件でいい。脅すような真似はしない」


『いいでしょう』


 ガサゴソと音がしてから、愛嬌のある女の子の声に変わった。


『こんにちは。荻窪心音っていいます』


「こんにちは。私は水無月洋一という。早速だが、昨日の夜どんな行動を取ったか順番に教えてくれるかな」


『昨日の夜はずっと酒井おじさんの部屋で中学校の教科書を読んでたよ』


「君は中学生なのか?」


『ううん。小2。小学校の教科書は簡単すぎるからつまんないの』


「すごいね。それでそのあとは? できるだけ詳しく教えてくれ」


『酒井おじさんに『そろそろ帰ろうか』って言われたから一緒に部屋を出た。お父さん水泳の先生してるから、プールに歩いていった。詳しくって言ってもそれだけだよ。途中で酒井おじさんに『さっきの教科書に水溶液のpHは0から14って書いてて、次のページには酸が10倍になったらpHは1減るって書いてたんだけど、pH0の水溶液を10倍にしたらどうなるの?』って聞いたら『もうわしにはちょっと難しいなぁ』って大笑いしながらスマートフォンを開いて調べてくれたよ。スマートフォンってすごいんだね。指を押しつけたら画面がつくの』


「指紋認証というものだな。……それでそのあとはどうした?」


『pH6の酸性の水溶液を10倍に薄めたらpH7になるはずだけど、それだと中性になっちゃうよね。なんなら100倍に薄めたらアルカリ性になっちゃう。それってどういうことなんだろうっていう話をしたよ』


「なるほど、ありがとう。続きはプールに着いたところからでいい」


『そうなの? 酒井おじさんが大きい扉を開けっぱなしにしてたから、ずっとその近くで待ってたよ。お父さんがトイレに行ったり酒井おじさんがちょっとの間どこかに行っちゃったりしたけど。で、そのあとは三人で一緒に遊園地の入口まで行った。そこで酒井おじさんと分かれて、お父さんと車で帰った』


 心音は『青葉スポーツワールド』のことを「遊園地」と認識しているようだ。


「そうか、昨日についてはよく分かった。今日の朝はどうだった?」


『一人で留守番するのはつまんないからお父さんの仕事についていって、特別にお父さんの横に座らせてもらった。ずっと会議みたいなのしてた。あんまり面白くなかった。邪魔にならないようにずっと静かにしてた。お父さんの仕事が終わったら、また車で遊園地に行った。駐車場のとこでお父さんと待ってたら酒井おじさんが来たから一緒にプールまで行った』


「プールには小さい方の扉から入ったか?」


『うん』


「そのあと大人二人と分かれて女子更衣室に入った?」


『うん。なんで知ってるの?』


「いろいろあってな。——それで、ここが大事なんだが、女子更衣室には誰も人はいなかった?」


 心音は即答した。


『誰もいなかったよ。そんな広くもないし、人がいたら絶対気づいたと思う。あ、でも、一か所“使用中”になってるロッカーがあったよ。あの遊園地まだ開いてないのにおかしいなって思った』


「そのあと、あお——女の子が浮いているのを見たわけだね?」


『うん。それに気づいたらすぐに、お父さんに手で目隠しされて『女子更衣室で待ってなさい』って言われたからそうした。これでわたしが覚えてることは全部話したつもりだよ』


「……よく分かった。協力に感謝する」


『わたしからも一つ聞きたいことがあるんだけどいい?』


「何だ?」


『さっき警察官の人からジジョウチョウシュっていうのされたときに言われたんだけど——サツジンとカシツチシって何が違うの? どっちも人を殺すことなんでしょう?』


 洋一は「なんだそんなことか」と言ってから答えた。


「殺人はわざと人を殺すことで、過失致死はわざとじゃないけど人を死なせてしまうことだ。当然殺人の方が罪が重い」


『そうなんだ。ありがとう、水無月おじさん!』


 またガサゴソと雑音が入ったあと、荻窪の声に戻った。


『水無月さん、複雑な心境であろうと推察いたしますが、ご配慮に感謝します』


「あんた、葵を見つけたときに娘さんに真っ先に目隠しをした、という部分を省略してしゃべったな?」


 荻窪は言葉を詰まらせてから答える。


『すみません。水無月さんから見れば保身とも取れる行動ですから、失礼かなと思いまして……』


 洋一はいらだちを隠さなかった。


「それ自体が腹立たしいのもそうだが、事実を隠蔽するのはさらに腹立たしい」


『申し訳ないです。これ以上は隠していることはありません。全部洗いざらい話しました』


 洋一は怪訝そうな表情を作ったが、「そう言われたら信じるほかない」と引き下がった。彼は「また連絡するかもしれない」とだけ付け加え、通話終了ボタンをタップした。


 洋一はソファに全身の体重を預け、天井を仰いだ。そしてゆっくりと目を閉じた。

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