【書籍化】国外追放された偽聖女は、隣国で土いじりをはじめましょうか?
2024.11.5
アンソロジー発売されました✧(*´꒳`*ノノ゛✧パチパチ
WEB版から大幅に加筆していますので、購入していただけたら嬉しいです!
発売記念にあとがき欄にSS載せました!
ここはアンス王国。
今宵は、実りの女神に感謝を捧げる儀式が行われる。聖女が祈りを込めて舞えば、女神は微笑み、アンス王国に豊かな実りをもたらす──
「オフィーリア、偽りの聖女はアンス王国に必要ない!」
儀式が始まる直前、怒気を孕む声が王宮の庭園に響いた。
アンス王国の王太子で、婚約者のオスカー様に突然告げられた私は目を丸くする。
「あの、オスカー様、どういうことでしょうか……?」
私は女神の神託を受けて聖女になった。聖女になってから毎日欠かさずアンス王国のために祈り、豊かな実りをもたらしてきたと思う。聖女としてアンス王国を巡礼する時には、大勢の人たちから感謝されている。
「理由は明白! 神託は間違いであったと大神殿が認めた。真の聖女は、エミリア嬢である」
オスカー様に呼ばれた義妹のエミリアが隣に立つのを見上げた。
蕩けるような笑みを浮かべるオスカー様と、豊満な胸をオスカー様に押し当てるように腕を絡めるエミリア。義妹は、優越感を滲ませた薔薇色の瞳を私に向けて、唇を歪ませた。
「オフィーリア、お前との婚約を破棄して、真の聖女であるエミリア嬢を新たな婚約者とする!」
オスカー様の言葉で、庭園に沈黙が落ちる。直ぐにクスクスと私を嘲笑う声が聞こえてた。それから、招待された貴族たちから見下す視線を浴びせられて、自身へ視線を落とす。
小さな手足、膨らみのない身体──十八歳の私の見た目は、十歳のような幼女の姿をしている。
私は、シュライク公爵家の令嬢。そして、先祖返りのリス獣人として生まれた。お父様から家の恥だと言われ、獣人抑制薬を欠かさず飲むようにきつく言われている。
身体の弱かった優しいお母様と一緒に本邸から追い出され、別邸に追いやられた。継母と義妹エミリアが公爵家に迎えられたのは、お母様が亡くなった翌日。
それでも、使用人に交ざって、なんとか生活してきた。
十歳の誕生日を迎えた日に聖女の神託が降りると、私の生活は一変。聖女と王族の婚姻する伝統通り、オスカー様と婚約が結ばれると知った途端、お父様は手のひらを返したように、私を本邸へ呼び戻した。
オスカー様と婚約をした頃は幸せだったと思う。継母とエミリアに嫌がらせをされても、オスカー様の笑顔のために妃教育も聖女としても務めも必死に努力できた。
しかし、短い幸せはあっという間に消えていく。私の身体が成長していないと気づいたオスカー様の視線が、どんどん冷めていく。会う回数は減り、見た目を罵倒されるように。
私の背をとっくに追い越していたエミリアから、幼女趣味王子と呼ばれていると何度も聞かされていた。オスカー様に相応しいのは自分だとも。
だから、どこかで、こんな日が来ることを予想していたのかもしれない。
「……ですが、聖女の私がこの国を出ていけば、実りが減ってしまいます」
見た目は幼女だけど、聖女なのは本当。女神に祈ると、ほわりとあたたかなものが湧き出る。私が聖女になって祈りを捧げるようになってから、アンス王国の豊作が続いている。
オスカー様の態度がどんなに冷たくても、私はオスカー様に救われた時間が確かにあった。その恩を返したくて、ずっと真面目に祈り続けている。
「往生際の悪い奴だ! 真の聖女のエミリアがいると言っている! お前の幼い見た目以上に、その縋り付くような瞳で見られるのが気持ち悪いのだ!」
「っ……!」
「ようやくわかったようだな。即刻アンス王国から、俺の前から立ち去れ!」
「ああ、お義姉様……っ! わたくし、お義姉様と離れるなんて、寂しくて仕方ありません。ですが、偽りの聖女としてこの国にいるのは、お姉様にとって辛いことになると思うのです……っ」
「ああ、エミリアはなんて優しいんだ……!」
オスカー様に抱き寄せられ、瞳を潤ませたエミリアがなにかオスカー様に囁いている。私のしてきたことが全て意味のないことで、聖女の祈りすらアンス王国に不要だったという事実。
その時、オスカー様がニヤリと口の端を引き上げた。
「オフィーリア、感謝するがいい。聖女エミリアの姉ということに免じて、元聖女としてベスティエ国へ嫁ぐことを許そう」
私は驚きすぎて目を見開いた。ベスティエ国は、狼獣人が治めている国。獣人を貶むアンス王国と交流は殆どない。人間より遥かに身体能力に優れているものの、野蛮な国だと噂されている。
突然、涙を浮かべたエミリアに抱きつかれた。それから、くすくす楽しそうに笑いながら、私の耳元で囁く。
「獣のお義姉様にピッタリでしょう? わたくしのおかげで国外追放されなくてよかったわね──せいぜい食べられないように気をつけてくださいませ。まあ、そんな身体じゃあ食べる気も起きなそうね」
私の反応を楽しむように意地の悪い笑みを浮かべた直後、私の手を取り、皆から見える時には慈愛に満ちた表情に変わった。ベスティエ国を勧めたのがエミリアだと思うと、心が冷えていくのがわかった。
父も継母も満足そうに頷いている。周りを見渡しても、蔑む視線ばかりで味方はいない。私の居場所なんてないのだと理解した途端に、全てがどうでもよくなった。
それに本来の私は、リス獣人。ベスティエ国ならば獣人抑制薬を飲む必要もないし、案外悪くないのかもしれない
「……分かりました。ベスティエ国へ向かいます」
私は偽りの聖女として、アンス王国を追放された。
◇
ベスティエ国の国境近くになると馬車から放り出され、そのまま歩いてベスティエ国に入るよう促された。ベスティエ国に入った途端、騎士に取り囲まれた。身構えると、騎士たちに跪かれて、目を丸くする。
「聖女様、よくいらしてくださいました! 陛下のところまで護衛を務めさせていただきます」
それから、あれよあれよと支度を整えられて、謁見の間に案内された。少しでも印象がよくなるように、背筋を伸ばして美しく一礼をする。
「アンス王国から参りましたオフィーリア ・シュライクでございます」
「俺は、レオン・ベスティエだ。ベスティエ国は、聖女であるオフィーリア嬢を歓迎する!」
明るく言葉をかけられ、驚いて顔を上げる。やや長めの銀髪にケモ耳、眉目秀麗、立派な体躯に髪と同じ色の尻尾が揺れていた。
「あの、陛下……?」
陛下の深い海のような瞳にまっすぐに見つめられる。
「ああ、書簡には『元聖女』と酷い間違いがあった。オフィーリア嬢が聖女だと言うことは分かっている。このベスティエ国で、オフィーリア嬢を聖女かどうか疑う者は誰ひとりいない。どうか安心して過ごしてほしい」
私は陛下を見つめ返す。陛下の言葉は、乾き果てていた心に染み渡る。私を聖女だと信じる人が目の前にいることに、胸が震えて涙が込み上げた。
「……ありがとうございます。ベスティエ国のために力の限り祈りを捧げます」
「いや、それは困る」
「え?」
陛下に即座に否定されてしまい目を瞬かせる。
「俺の妻になるのだから、俺との時間をしっかり取ってくれ」
「……え?」
「オフィーリア嬢は、俺の妻になるために来たのだろう?」
「えっ、あっ、はい……、ですが、私は、この通り、幼女の見た目です。妻の役割は果たせないかと……せめて、聖女の力でお役に立てればと思っております」
どんどん声が小さくなっていく。うつむくと目に入る幼女の姿が恥ずかしくて、情けなくて、陛下の顔を見ることができない。
「幼女?」
陛下の怪訝な声に、心臓が跳ねた。そっと窺うと、戸惑った表情をしていたが、すぐに納得したように表情を和らげた。
「オフィーリア嬢の飲んでいる獣人抑制薬は、長期間服用すると成長を止めてしまう。ベスティエ国では使用を禁止しているものなんだ。しばらく毒素を排出する薬茶を飲んでいれば、成長は始まる」
私はやっぱり驚きで目を見開いた。
「あの、陛下はどうして、私が獣人抑制薬を飲んでいるのを知っているのですか?」
「ああ、それは匂いでわかる」
「そうなのですか?」
「ああ、獣人は匂いに敏感なんだ。オフィーリア嬢の祈りで芽吹いた匂いがオフィーリア嬢と同じだから、俺たちは聖女だと分かっているんだ──それにな、オフィーリア嬢は食べたくなるような、いい匂いがする。ずっと会いたかった俺の番の匂いだ」
「……へっ!?」
いつの間にか目の前に立っていた陛下に髪を一房掬われる。青い瞳に窺うように見つめられると、かあ、と頬に熱が集まった。異性との甘い触れ合い免疫がなさすぎて、カチンと固まる。
「人間の姿の今は分からないかもしれないが、薬茶を飲んで獣人になれば少しずつ分かると思う。ゆっくり俺のことを見てもらえたら嬉しい」
「……っ、ひゃい」
色っぽく見つめられた後に茶目っ気たっぷりにウインクされた。動揺して噛んだことが恥ずかしくて、頬に熱が集まる。
「俺の妻はとても愛らしいな。長旅で疲れただろう? 今日はゆっくり休むといい」
返事をする前に陛下に抱っこされる。陛下の顔が間近にあって、熱が全身を駆け巡っていく。
「へ、陛下、自分で歩けます……っ!」
「暴れると落ちてしまうぞ。妻を抱っこするのは、ベスティエ国では普通だ」
「ええっ?! 本当ですか?」
「ああ、本当だ。今そう決めた」
「それって普通じゃないやつです──っ!」
慌てて身をよじって、陛下の胸板をグイッと突っぱねる。そんな私を愛おしそうに見つめる瞳と見合い、心臓が跳ね、緊張で固まった。
陛下は楽しそうにくつくつ笑いながら、突っぱねる腕を首に回すように誘導する。陛下と顔がグッと近付いて、頬の熱さが尋常ではない。見られるのが恥ずかしくて、陛下に埋めるように顔を伏せた。
陛下からひだまりとナッツのいい匂いがする。すごくいい匂いに力が抜けた。
◇
サクサクと土を掘る。パラパラと種を蒔く。ザアザアと水をかけると、土の中の種がぱあと光った。
──ふわり
甘い匂いがして陛下に抱き上げられる。もふもふな尻尾が揺れて陛下の頬をくすぐると、目を細められた。
薬茶を飲み始めて数週間。ムズムズする感覚で目覚めたら、リスの尻尾と耳が生えていた。
「オフィー、ありがとう。他に植えたいところはあるか?」
「あの胡桃の木の下に、種をいくつか植えたいです」
リス獣人に戻ったら、無性に土を掘りたいような、なにかを植えたいような、とにかく土いじりがしたくてたまらない。
アンス王国にいた頃も土いじりが趣味。義妹のエミリアには馬鹿にされていたけれど、実家の庭を畑にしていた。陛下に素直に打ち明けたら、ベスティエ国で土をいじるのにピッタリな場所に連れて行ってくれるようになった。
「種を隠したいのは、リス獣人の本能だからな。どんどん隠したらいい」
耳の付け根を優しく撫でられて、ふにゃりと力が抜けて陛下にしがみつく。首筋の匂いをこっそり嗅ぐとナッツとひだまりの匂いがして、落ち着いた。いい匂い。
「オフィー、頑張れ」
寝る前に飲む薬茶はドロドロの沼みたいで、飲むのが辛くて涙目に。ドロドロの沼色を恨めしく見つめる。それから、覚悟を決めて、鼻を摘んで一気に飲み干す。
「ううう……、美味しくない……」
「よく頑張ったな。ほら、おいで」
陛下が大きな銀色の狼に変わる。銀毛にきらきら輝く狼は、優雅にベッドに横になる。とても大きいけれど、陛下だと思うと怖くはない。誘うように尻尾をパタパタと動かすのが可愛い。
特製のブラシを手に持って、狼になった陛下の銀毛を丁寧に梳いていく。
「陛下、気持ちいいですか?」
「ああ、とても心地いいな」
私は、陛下のもふもふの毛並みに包まれて眠りに落ちる。陛下の安らぐ匂いに包まれて。
薬茶を飲み始めて一年が過ぎた。
今は、すっかり獣人抑制薬の毒素が抜け、背も伸びて見た目も女性らしくなったと思う。成長痛が辛い夜は、狼姿の陛下に慰めてもらい乗り切った。あの薬茶を飲まなくていいのが、なによりも嬉しい。
見た目が大人に近づいて陛下と私の関係はほんの少しだけ進んだ。ほんの少しだけど。
「オフィー、これも食べてごらん」
「ん……へいか、おいひい、です」
口もとに差し出された胡桃たっぷりのクッキーを頬張る。甘くて香ばしくて美味しい。リス獣人の頬っぺたは、どこまでも伸びてしまうくらいよく伸びて、美味しいものを食べていると頬に溜め込んでしまう。
「オフィーは、食べているところも可愛いな」
頬に溜め込むのは陛下と二人きりの時という約束。陛下の指で、ツンツンと頬をつつかれる。青い瞳が甘い。蕩けるように見つめられると心臓が跳ね上がり、固まって動けなくなった。
少しずつ慣らしていこうと言われているのに、予想外の甘い雰囲気になると、どうしたらいいか分からなくなってしまう。
「あー……すまない。可愛くて、じっと見てしまった……」
しゅんとした耳と尻尾。いつもは凛々しいのにかわいい仕草をする陛下に、ぶんぶん首を横に振った。
「えっと、びっくりしただけで、嫌じゃない、です」
「よかった。顔が見えないほうが驚かないんじゃないか?」
「あっ、そうかもしれないです」
「よし試してみよう。オフィー、おいで」
腕を引かれて膝の上にぽすりと収まる。陛下に胸にもたれて顔を埋めて、ひだまりとナッツの匂いに包まれた。甘くていい匂いをくんくん嗅ぐ。その間に、陛下の手のひらが耳を撫で、髪を梳く。もふもふのリスの尻尾も撫でられて、喉が小さく鳴った。
「きゅ……っ、くすぐったいです……っ」
「ん、嫌か?」
「や、じゃない……」
喉が小さく音を鳴らす。くすぐったいのに、もっと撫でてほしいような気持ちが胸の中でぐるぐる混ざる。どうしたらいいのか分からなくて、陛下を窺うと甘い瞳と視線が絡む。甘すぎる瞳に肩が跳ねて、固まってしまった。
「びっくりすると固まるオフィーも可愛い」
喉をくつくつ鳴らしながら陛下が頭を引き寄せて、胸もとに導く。背中を優しく撫でられて、ほお、と息を吐いた。陛下のひだまりの匂いがどんどん強くなっていて、落ち着くのになんだかソワソワしてしまう。
でも、陛下の匂いはずっと嗅いでいたい……。
◇
ベスティエ国で暮らして二度目の春。
雪もすっかり溶け、ふわふわ漂う花の匂い、ぽかぽかした陽気はピクニック日和なのに、なんだか熱っぽい。
「オフィー、なにか欲しいものはあるか?」
公務の合間に陛下が来てくれる。甘い匂いと優しいまなざしがもっと欲しくて、両手を伸ばす。陛下の膝の上にぽすりと収まる。ぎゅっと抱きついて、ぐりぐり胸もとに顔を擦り付ける。陛下の匂いに私の匂いが混ざっていく。
「熱っぽいけど、なにかしなくちゃいけない気がします……っ!」
「それはリス獣人の本能だから、やった方がいいな。オフィーの必要なものは、これか?」
「っ! こ、これです!」
沢山の綺麗な布がずらりと並べられているのを見て、陛下の膝から飛び降りた。布をいっぱい抱えてベッドに敷き詰める。丸く居心地よくなるように整えていくのに夢中になった。
「オフィー、巣作りが終わったら、すぐに教えてほしい」
陛下の声が聞こえた気がするけど、目の前の布しか目に入らない。言葉の代わりに、尻尾をぶんぶん振って挨拶をした。
「…………出来た!」
こんもり丸く積まれた布。天蓋を掛けてもらい落ち着く暗さ。ハッキリ言って完璧な出来栄えに喉が大きく音を立てる。きゅ。
すぐに陛下に見せたくて、会いたくて、きゅ、きゅ、と喉が鳴る。鼻をひくひく動かせば、陛下まで匂いの道が続いていて。初めはゆっくりと歩いていたけれど、気づけば小走りになった。きゅ、きゅ、と喉が鳴るのが止まらない。会いたい、会いたい。
「──陛下!」
扉を開けて、固まった。
陛下の匂いに気を取られていて、オスカー様がいるなんて思っていなくて。心臓がびくりと跳ね上がり、固まって動けなくなった。予想外の出来事に、どうしたらいいか分からない。時間が止まっているみたいに立ち尽くす。
「オフィー、大丈夫だから、こちらへおいで」
陛下の声にハッと我に返り、隣に並ぶ。オスカー様が目を見開いている。輝くような金髪は以前と比べてパサついて、くたびれたように見えた。
「……お前、オフィーリアなのか?」
リス耳から胸もとまで視線をねっとり動かすオスカー様に、尻尾が左右に揺れ出す。忙しなく動く尻尾を見て、オスカー様がニヤニヤと口をひらく。
「オフィーリア、婚約破棄は取り消してやろう。今すぐアンス王国に戻り、祈りの舞を踊れ」
「お断りいたします」
「直ぐに出発する──…? おい、オフィーリア、今なんと言った?」
断られると思っていなかったオスカー様の機嫌が悪くなる。
「お断りします、と。私は、もう陛下と結婚しております」
私が陛下を見つめると、優しく頷く。それから震える私の手に陛下の手を重ねる。私が緊張して固まらないように、体温を分けてくれていた。
「ふんっ、つよがることはない。お前の尻尾は素直なようだ。随分と嬉しそうに左右に揺れている」
「……っ!」
尻尾のことを指摘されて顔が赤くなる。今の陛下は、耳も尻尾も見当たらない。高位貴族になると、獣の姿にも人の姿にも変化自在。未熟な私は、リス獣人の耳も尻尾も隠せないのが恥ずかしい。
かあ、と顔を赤くした私を見たオスカー様が確信したように、手を差し出す。
「オフィーリア、帰るぞ! 急に実りが少なくなって、お前が聖女だと言う輩が多くなってエミリアが嘆いてる。側室にしてやるから、戻ってこい」
陛下の体温を感じる両手を強く握りしめた。背筋を伸ばし、真っ直ぐにオスカー様を見つめる。
「聖女の私がアンス王国を出ていけば、実りが減りますと言いましたが、偽の聖女の私は要らないと国外追放したのはオスカー様です──アンス王国には行きません。側室もお断りします」
「いい加減にしろ! 下手に出ていればいい気になって。お前は俺の言うことを聞いて、祈りの舞を踊ればいいんだ。行くぞ!」
見下していた私にハッキリ断られ、紅潮したオスカー様が怒鳴った。オスカー様の腕が伸びてきて、びくりと固まった途端。
「…………いい加減にしろ」
陛下から放たれる威圧に平伏しそうになる。オスカー様も紅潮していた顔が青ざめていく。
「俺の妻を侮辱することは許さん──妻の尻尾が揺れるのは、モビングという威嚇行為だ。喜びで尻尾が揺れる種族もいるが、リスはストレスを感じて威嚇するときに揺れるのだ。威嚇も可愛いなんて、我が妻は本当に愛らしくて困る」
「…………へ?」
髪を一房掬い上げて、唇を寄せる陛下に固まる。甘い匂いがグンと近くて、陛下に会いに来た理由を思い出して喉が鳴った。それから空気の抜けたような音がして、視線を動かすとオスカー様が呆気に取られた顔をしている。
「聖女が種をあちこちに隠して、聖女の祈りで芽吹く。獣人は聖女の種の匂いが直ぐに分かるから、本物の聖女を偽者だと思う馬鹿は誰一人いない──さあ、もう帰ってくれ」
陛下の言葉で、控えていた騎士がオスカー様の両脇を力強く拘束する。
「待て! 待ってくれ! 我が国はどうなるんだ?!」
「オフィーリアを蔑ろにしていた国に制裁も与えなかったのは、妻が望んでいなかったからだ。制裁をしなかったことを感謝して欲しいくらいなのに、これ以上、妻との時間を邪魔するなら容赦はしない。大人しく国へ帰るか、俺と妻の時間をこれ以上邪魔して滅ぼされるか、好きな方を選ばせてやろう」
陛下が巨大な狼になり、鼻先をオスカー様に近づけると腰が抜けて床にへたり込む。そんなオスカー様を気にする様子もなく騎士たちは引きずって行った。
オスカー様の後ろ姿を見送っていると、もふもふの感触を頬に感じて狼姿の陛下を見上げる。キラキラと煌めいて人間の姿に戻っていく。何度見ても神秘的で見惚れていると、愛おしそうに目を細められた。また喉が大きく鳴る。きゅ。
「陛下……、好きです」
「俺もオフィーが好きだ。愛している」
すっぽり抱きしめられて、陛下の匂いと体温に包まれる。甘くて香ばしくて、ひだまりとナッツの香り。幸せでいっぱいなのに、どうしようもなく天蓋を掛けて丸く敷き詰めた寝室を見せたい。そう思ったら、喉が陛下を求めるように震えた。きゅ。
「レオン……完成したの、見てくれる……?」
「ああ、もちろん。オフィーの巣が出来たんだな。これから、しばらく一緒に巣籠もりしよう」
「巣……?」
こてりと首を傾げる。子どもっぽい仕草が恥ずかしいけれど、なんだか熱っぽさが増していて、うまく話せない。喉が何度も音を鳴らしていく。きゅ、きゅ。好き、好き。
「オフィー、全部教えてあげるから、オフィーの全部を俺に頂戴。その代わり、俺の全部をオフィーにあげる」
こくんと頷いたら、嬉しそうに笑った陛下に抱き上げられる。
私の作りたくなったものが巣だったこと、喉が鳴るのはリス獣人の求愛行動なこと。私の気持ちが追いつくまで陛下がずっと待てをしてくれていたことを、蜜夜にとことん教えられた。
いくつもの季節を越えて、また春──
「おかーさまー、あたし、ここにタネをうめたいの!」
「ぼくも植えたい!」
「もちろん! 好きな種を選んで植えましょう」
陛下と陛下そっくりの狼獣人の息子と、私そっくりなリス獣人の娘。うららかな陽気に誘われてやってきたピクニックで、娘が種を隠したいと言いはじめた。好きな種を選ぶ様子を陛下と微笑んで眺める。
あれからオスカー様がどうなったか分からない。ただ、アンス王国から聖女がいなくなったことを知り、反乱を起こした民衆によってアンス王国の名前は地図から消えた。新しい国は、少しずつだけどベスティエ国と交流が増えてきている。
「私も種を植えましょう」
アンス王国にいた頃に感謝を伝えてくれた人達を思いながら、植えたばかりの種に祈りを込めた──
おしまい
読んでいただき、ありがとうございます♪
下のほうにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして、応援して下さるとすっごく嬉しいです୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
【2024.11.5追記SS】
⭐︎甘やかな巣籠りの終わった後の結婚式⭐︎
甘やかな巣籠もりを終えると、季節は初夏に近づいていた。初めてリス獣人になった日に連れられた何もなかった広大な土地は、木々の若葉から明るい日差しが降り注ぎ、鮮やかな花々が咲き誇る。
幾重にも重なったチュールと、立体的なパステルブルーのお花が散りばめられたロマンチックなウエディングドレス。柔らかなシフォンが動くたびに光りを透かして揺れる。大好きな陛下と一緒に花の道を歩いて、ウェディングアーチの前に立つ。
「レオン・ベスティエと、オフィーリア・シュライクは、お互いを生涯の番として永遠に愛することを誓います」
一緒に誓いの言葉を宣言すると、大司祭から育みの儀式のためのジョウロを渡される。育みの儀式は、二人がこれから愛を育むように、一本の若木に二人で水をあげる。大切に愛を育てて、家族になることを誓うもの。
陛下とジョウロを手に取る。目の前の若い木に慈しむように一緒に水をかけると、まぶしいくらいに若木が煌めき歓声があがっていく。
「オフィー、愛している」
「レオン、私も愛しています」
陛下の言葉と一緒に、甘やかなキスが落ちてきた。
おしまい
【追記2023.8.21】
みこと。様にオフィーリアを描いていただきました(∩ˊᵕˋ∩)・*
薬茶を頑張って飲んだあとの成長した姿♡
この大きな尻尾がぶんぶん横に動いていたら、好かれていると勘違いしちゃうかも……?
可愛い♡
すごく可愛くてニヤニヤしています……!
みこと。様、本当にありがとうございました!
イラスト/みこと。様
【追記2023.8.23】
夏乃様にレオン陛下を描いていただきました(∩ˊᵕˋ∩)・*
めっちゃ格好いいですよね♡
背景をみこと。様に合わせて、葉っぱを描いてくれたんですよ。
牙があるのもいい……!すごく強そうなのに、見守り属性。
オフィーリアが小さく鳴き始めた頃から、いつでも休めるように仕事を調節していました!
夏乃様、本当にありがとうございました!
イラスト/夏乃様