第四話
少し進むと看板のようなものが見えて来た。
それによると、街はもうすぐそこみたいだ。
「良かった、やっと森を抜けれる!」
レットが僕を振り向く。
「思ったより長かったけど、もうお別れだね」
少し寂しげだが、安心したような声色だ。
「そうだね」
僕も少し寂しげに返事をする。
すぐに抜けられると思っていた森に閉じ込められて不安だったが、レットがいてくれたおかげで安心して進めた。
僕だけだったら死んでしまっていただろう。
「もし街に行っても忘れないでね!この勇敢な私が森で凶悪なモンスターを狩ってること!」
約束だよ?、とレットが指切りを交わそうと小指を立てる。
僕はその小指に自分の指を絡めた。
____ここは……?
瞬きをした瞬間、僕は見たことがない場所にいた。
辺りには鳩が血塗れになって息絶えており、綺麗だったオリーブの木は手折られている。
そこはぐちゃぐちゃになった森の中だった。
さっきまであった看板も見当たらない。
レットもいなくなってしまった。
……レットって誰だっけ?
とりあえず、と辺りを歩いてみる。
不思議と不安や恐怖は湧き上がってこなかった。
僕がレットという名前を知っているのなら、きっと知り合いなのだろう。
「レット?」
名前を呼んで探してみる。どうやらここら辺にはいないようだ。
何分もかけて歩いてみたが生物自体がいないような、何も息をしていないのだ。
森の木々も、普段は走り回っているリス達も、禍々しく彷徨く魔物達も。
いつもの森ではない。
「オンド……?」
遠くから声が聞こえる、どこか聞き覚えのある声。きっとこの声はレットのものなんだろう。
声がした方に駆ける。
すると、女性のカタチをした影がいた。
「レッ……ト?」
僕が名前を呼ぶと、影は振り向いた(ように見えた)。
「え?オンド?どうしたの、そんなに黒くなって……。まるで影みたいだよ」
いや、こっちもレットが影になってるけど。
この影を見ていると、なんとなくだが以前のことが思い出されて来た。
「レット、ここの森どうしちゃったんだろうね……。血生臭いし、何もいない」
辺りを見回しながらそう言う。
「血生臭い……かなぁ?別に変わったことはないけど……。しかも今平和の象徴である鳩飛んでったし」
うーん、という仕草をしながら考え込む。
何も変わってないは嘘だ。だって、木々はさっきと変わらずに手折られて、生き物全てが地面に転がり、生きていない。
「もしかしたらだけど、私の今いる世界とは違うのかな?こんな奇怪な話聞いたことないけど、それしかあり得ない……ような気がする」
確かに他に言いようがない。
レットの場所のこの森が普通なら、僕の方が違う世界、と言うものに迷い込んでしまったのか?
何か心当たりがあるような気がした。
遠い昔に、何かあったような……。
そう思った瞬間に"境目"ができた。
僕とレットなる影が離れていく。
僕の中では諦めのような感情が不思議と湧き上がってくる。
これはもしかしたら夢なのかもしれない。
もし……、もし夢なら覚めてしまう。
ずっと覚めなければ良いのに。
僕は底知れない闇の中、一個体として存在していた。
他は顔もわからない浮遊物ばかりで、人間のようなものはちらほらとしか見えなかった。
夢を見ていたんだ。幸せだと思えた夢が。
確かに見たはずなのに、内容は何も思い出せない。
今日も僕は僕のやらなければならないことをする。
森の中に迷い込んだ人を殺すんだ。
それが僕のやらなければならないこと。
あの闇の街では僕が全てなんだ。
血塗れになったまま森の中を探し回る。
一人の子供を見つけ、すぐに斬り殺す。
もう5人か、早いものだ。
街に行った方がもっと多くを狩れることだろう。
けれど、なぜかそれだけはしたくなかった。
なぜだろうか。
「あれ?オンドじゃんか〜。何……、何してるの?」
聞き覚えのある少女の声が聞こえる。
振り向いてはいけない気がした。
僕自身のために振り向いてはいけないんだ。
汗が流れ落ち、手が少し震えてしまう。
あれは夢ではなかったのか?
一瞬の殺気を感じ、横に跳ね除ける。
僕のいたところを横目で見ると、剣の残像が見えた。
急いでレットに向き直る。
レットは僕を鋭く睨みつけ、剣を構え直す。
僕も自身の身を守るために剣を構える。
「まさか君がこんなことをしているとは思わなかったよ。私も落ちたなぁ」
そう言い、口元だけの笑みを見せる。
一瞬でも気が緩めばきっと斬り殺されるだろう。
昔の彼女とは大違いだ。
こんな顔はしなかった。笑いながら話しかけてくれた。
僕が悪だからか?
彼女は昔からそうだった。
レットは責任を持って行動する人だった。
悪に屈することはなく、いつも正義の側につき、冷静に。
ひょっとしたら僕は、斬り殺された方がいいのかも知れない。
やらなければならないことと言っときながら、なぜやらなければならないのかがわからない僕は、ただの殺人鬼でしかない。
今まで疑問を持たなかった。
レットと出会ってこの脳は動き出したんだ。
レットが剣を僕めがけて振り下ろす。
今度はもう避けない。
この世界は、僕だけが要らなかったんだから。