訪問者は突然に
最低限の荷物だけをまとめ、アパートを出ることになった。
リュックサックに残りわずかな食糧と、懐中電灯等々を詰め込む。ずっしりと重いがこれがなくては移動もままならないだろう。
後は簡易の毛布だの、洋服だの。本当は色々と暇つぶしのものも持って行きたかったが、さすがにそこまでは持ち出せなかった。
「これで準備オッケー?」
「そうなるな。次の安定した居住場所が見つかるのはいつになるかわからないが、とりあえず出発しよう」
生まれてこのかたずっと暮らしてきた我が家を離れる。もう、二度と戻ってくることはないだろう。
あたしは少し寂しく思ったが、ここでは生きていけないのだ。さらば、あたしの漫画たちよ。「――行ってきます」
そうして、覚悟を決めてドアを開けた瞬間のことだった。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
絶叫と共に突然何者かが胸に飛び込んで来て、あたしは吹っ飛ばされていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
床に横たわるあたしの胸の上に、何かが載っている。
すごい勢いで衝突したので全身が痛い。一体それが何なのか、あたしがそれを理解する前に更なる乱入者が現れる。
「うぉう」
「がぁっ」
「うああああ」
そいつらは人間であって人間でない。……間違いなく食人鬼だった。
なぜ? どうして? バリケードを張ってあったはずなのに。
しかしそんなあたしをよそに食人鬼は部屋の中へ乗り込んで来てしまう。
胸の上の奴が「うわあっ」とまた叫んだ。今になってようやく、それがまだ幼い少女であることに気づいた。
あたしに必死でしがみつく右腕からは真っ赤な血が流れ出している。
あまりのことに硬直してしまうあたし。
それに反して、淳は冷静だった。
「出てけ、食人鬼ども!」
荷物の入ったリュックサックをぶん回し、目を血走らせて走り込んできた二人の食人鬼を一気に吹っ飛ばす。
……なんという威力だろう。驚いている間にもさらに三人を轟沈させてしまった。
十人ほどいた殺人鬼たちの半分はあっという間に昏倒。
それなのに怯みもせず無謀にも襲い掛かって来る残りの五人も、目にも止まらぬ速さで瞬殺されていた。
「すごい……!」
「はぁ、はぁ。なんとかな……。それより、そこに乗っかってる子は」
そうだ。そうだった。
喜んでいる場合ではない。一瞬で多くの出来事があったから頭が混乱しているが、とりあえずは一刻も早く止血を。止血? 流血、どうして血が。
「た、助けて、助けてくださいっ……」
少女が泣きながらに懇願している。
一体この子は、どこの誰なのだろう?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「わ、私は……。私は、茉麻。茉麻です」
肩を震わせながら、俯き気味に女の子――茉麻が言う。
改めてじっくり彼女を見れば、目も当てられないとはこのことかと思うような姿だった。
着ているTシャツは赤黒く汚れ、ジーパンがビリビリに破けている。長い黒髪もバサバサで、可愛いと言ってもいいような顔は真っ青だ。
何よりも深い傷を負った右腕が痛々しかった。
「茉麻ちゃん、ちょっと待ってて。今淳が包帯を取って来てくれてるから」
「あ、ありがとうございます……。う、うぅ」
今にも泣き出してしまいそうな彼女の頭を撫でながら、あたしは考えていた。
どうして彼女がここまでやって来たのかはわからない。だが間違いなくあの食人鬼たちに追われていたのは確かだ。
そして、腕の傷が彼らに噛まれてできたのだということも――。




