その日々は平和だった
食人鬼の少年――淳と過ごす日々は、穏やかなものだった。
この終末世界の中でも人と一緒にいられる。それがどんなに嬉しいことなのかをあたしは日々実感する。
ただ、彼の肉欲……性欲のことではなく、食肉の欲求を込めた視線でこちらを見てくるのが少し怖いのだが、しかし決して手を出してきたりはしない。
彼の死体を貪る姿にももう慣れてしまった。アパート中の死体という死体は全部食らいつくしていき、その姿をあたしは見ていた。
人肉を食べる気持ちは、どんなものなのだろう。
まだ狂ってしまっていたならいい。でも彼にはまだ人間としての理性がある。それでも彼は肉を食べるしかないのだ。
食人鬼は、人肉以外を食べられなくなってしまう。そしてそれはより新鮮なものを求めるのだそう。
それでもそこら辺を歩けば死体はゴロゴロしているし、しばらくは大丈夫とのことだった。
そのまま、一週間ほどが過ぎていく。
まるでそれが当たり前のことであるかのように。
「淳くん、おはよう」
「……おはよう。今日は何をするんだ?」
「そうだな〜。漫画でも読んで、ダラダラするかな」
「そうか」
そんな何気ない会話が、楽しい。
漫画を読んで過ごすと次は調達したもので食事をする。そしてあたしはベッドで、淳は床に布団を敷いて寝るのだ。
夜にはこの世界を生き抜くために、と言って一緒にパニック映画を見る。
それが意外にハマってしまい、家にあるだけのホラーやパニックの映画をあるだけ見て楽しみ、話に花を咲かせたりした。
……ああ、幸せ。
そしてこの頃には、あたしは気づいてしまった。
そう。この生活を喜んでいる。いいや、淳と暮らすことを心から嬉しく思っている。
あたしはいつの間にか、彼のことを、好きになった……らしい。
もちろんのこと、このご時世に愛だの恋だの言っている場合でないことはわかっている。けれど、あたしは人間。たった数週間前までごくごく普通に生きていた女子高生なのだから。
あたしと彼も二歳しか離れていないので、歳の差恋愛というほどでもないだろう。
いいやでも、やはりこれはダメだ。口にするべきではないし自覚するべきでもなかった。あたしは人間だが、彼は食人鬼。人しか食べられないような奴と結ばれるというのはあり得ない話すぎた。
「あぁ〜。でもなぁ。すっごく楽しいんだよなぁ。結婚して結婚旅行したいな〜」
それが無理なことなんてわかっている。
でも、あたしは平和ボケしていた。平和ボケをし過ぎていたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ある日、物資が完全に尽きた。
どうしようもなく食料もなければ水もなかった。最初は水道から流れ出していた水も、インフラが完全に壊れてしまったのかして出なくなってしまっていたし。
町中を探したがやはりどこにも何もない。その代わりに溢れ返るのは無数の食人鬼たち。
……手詰まりだ。これ以上ここでは過ごせない。
あたしたちはそう思った。
「荷造り、するしかないんだね」
「ああ」
この楽しく穏やかな生活は、しかし長くは続かなかった。




