リフォームしてみる
「とりあえずこのアパートを住み良いようにリフォームしよう」
一緒に暮らし始めてから三日目。
淳がそんなことを言い出したので、あたしは正直耳を疑った。
リフォーム……? 材料を売っているような場所はすでに朽ちているか食人鬼の住処だろうし、変に音を立てたら見つかるに決まっているのに。
「本気?」
「そりゃそうだ。ふざけたことを言っても意味がないだろ。……この部屋、俺とあんたの二人だけだからその、なんというか……寝床を共有したくない」
うちの家族は今まで、床に布団を敷き川の字で寝ていた。
女子高生が父親と母親に挟まれて眠るのはおかしなことだったかも知れないが、まあそれが常態化していたのでそこまでは考えていなかった。
そういうわけで淳とあたしも隣り合って二晩寝たのだが、同年代の異性と眠るのはさすがに淳は嫌だったらしい。
「そうだね。でも、ベッド買うにしてもお店もないし……」
「とりあえずベッドは隣の家から持ってくればいい。それと、このアパートにバリケードを貼ることにする」
「バリケード?」
「うっかり俺たちの声を聞きつけて他の食人鬼が入って来ないよう、改造しよう。あいつらの大抵は理性がないから、多少の物を置いてれば乗り越えられない」
確かにそれは妙案と言えた。
食糧の調達などに行く間や夜間などにうっかりアパートの中へ侵入されたら困る。あたしだったら絶対にそこまで気が回らなかった。意外とこの子、あたしより賢いんじゃない?などと思いつつ、あたしは頷く。
「そうだね。じゃ、早速やろう!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベッドを運び入れるため隣の部屋へ足を踏み入れる。
あの死んだおじさんの部屋は嫌だったので、もう片方の部屋。こちらは確か若いお姉さんが住んでいたはずだが。
「おーい、誰かいませんかー?」
一応ドアを叩いてみる。
……返事がない。おそらくは逃げ出したか、餓死などしてしまったのかも知れない。
あたしたちは顔を見合わせ、淳が扉を蹴破ることになった。
バァーン、と大きな音が響き、扉が倒れる。
咄嗟にあたりを見回して殺人鬼の声が聞こえないか確認。どうやら誰にも気づかれていないようだ。ここはアパートの七階、高い階で良かった。
「一応用心して行こう。中に新鮮な死体があったらいいんだがな……」
「あたしは死体、見たくない」
そう言いながらそっとドアを開けると――。
そこには、首を吊った女性の死体が揺れていた。
「ひっ」
声にならない声を上げ、あたしは固まる。
その女性は間違いなくあのお姉さんだった。あたしが登校する時、いつも大学に行く彼女と鉢合わせていたのを思い出す。「おはよう」と当たり前のように言葉をかけてくれていた彼女が、今、あたしの目の前で死んでいる。
急に恐ろしくなって足から力が抜けた。
しかし、隣に立っていた少年は嬉々として目を輝かせ、彼女に齧り付いていく。
やはり彼とて殺人鬼なのだ。どこかぼんやりと考えながら、淳が死体を食らい尽くすのを見ていた。
彼曰く、『死んだ人間はもう戻らない。だから遠慮なく食べることにしている』のだそう。でも、顔を知っていて言葉を交わしている人の亡骸がこうやって失われていくのを見るのは、仕方がないとわかっていても辛かった。
おじさんの時はまだいい。もうあれは殺人鬼だったから。けれど今回は違う。また、吐き気がした。
――あたしはまだまだひ弱だ。
この終末世界ではこれが当たり前。死する者は食われ、また生きる者も食われる運命。
あたしは生きながらえていることだけで感謝しなくてはならない。お姉さんはきっとこの世界に絶望し、自殺したのだろう。あたしはその二の舞にならないようになんとしても生き抜かなければ、と思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの後、なんとかベッドの移動を済ませた。
今は亡き嘗ての隣人が眠っていたであろうベッド。一つしかなかったが、淳は床で寝るのであたしがベッドで寝ろと言う。
そういうことなら、と、あたしは今夜からベッドで眠ることになった。……男の子の隣で寝るのも悪くなかったんだけどなぁ。
それからあたしたちは、隣人の部屋から家具を引き摺り出し、机やら椅子やらでバリケードを作った。
これでもう安心だ。
「よし、リフォーム完成……! これで住み心地は少し良くなった……かな」
「そうだな。――でも、ここにも何日住めるやら」
肩をすくめる淳を見て、あたしが小首を傾げる。
彼は言った。
「この街にある食料もいつか尽きる」
「うーむ。それは重大問題」
どうしよう? 結構悩むところだ。
そのうち引っ越しせざるを得ないのか。そうしたら安定して住める場所はあるのだろうか……考え出すと不満が止まらないが。
まあ後二週間くらいはここで過ごせるだろうとのことだ。
とりあえず、それまでの間この終末ライフを楽しもうではないか。いちいち悩んでいても、なるようにしかならないのだから。
とりあえずその日はリフォーム祝いに残っていた肉を焼いて二人で食べた。焼肉とは程遠かったが、それなりに美味しかった。




