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二人暮らしスタート

「しょ、食人鬼なら、どうして理性を保ててるの……?」


 目の前で自分を「食人鬼だ」と言い張った少年に、あたしは恐る恐るそう問うた。

 おじさんの遺体を食べたことから彼の言葉は間違っていないように思うが、でもおかしい。食人鬼となったあたしの母も、先ほどのおじさんも、それ以外のニュースで見たたくさんの食人鬼たちも、まるで理性がないように見えたからだ。


 首を傾げるあたしに、彼は言った。


「んーと、それはな……。ウイルスって、変異するだろ? 多分そんな感じじゃないかなと思ってる。寄生虫もウイルスみたいに進化してるんだろうよ。それで変異種が生まれた。変異種は人の脳に寄生し、どうしても人の肉を食べたいという感情を抑え切れなくなる……が、その力が弱かったんじゃないかな。俺はすでに寄生されてから一週間ぐらい経つけど、今まで死体だけを食ってなんとかやり過ごしてる」


 なるほど、言われてみれば納得しないでもないが……。

 まさかこんなにまともに喋ることのできる食人鬼がいるとは思わなかった。だが問題は、この少年が敵なのか味方なのか。

 いくら理性的とはいえ、いつ襲われるかわからない。あたしを騙した挙句に食べるのが彼の狙いかも知れないのだ。

 でもあたしには今、何もない。もしも彼から離れたとしてこの世界を生き抜けるとは思えなかった。それよりかは、彼に詳しい話を聞いた方が生き延びられるかも知れない。

 食われたら、それまでだけれど。


 あたしは再び覚悟を決めた。


「ねぇ。あなた良かったら、あたしの家へ来てくれない? 色々と、話したいことがあって」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 あたしたちはそれから、ささっと食料調達をしてアパートに戻った。

 もっとも、少年――(あつし)という名前らしい――は食人鬼なので人間の肉しか食べず、普通の食品はいらないらしかった。


 道端に落ちている死体をあたしの見ている目の前で貪るのは、決して気分がいいことではないが。


 そうして帰ってきた懐かしのアパート。

 まるで大冒険をしていたようなそんな疲労感がある。しかし実際は一キロも歩いていなかっただろう。


「へぇ。あんた、アパート暮らしなんだな。一人か?」


「ううん。母さんと父さんがいたよ、この前までは」


「……そうか。死体、ある?」


「うん。でも虫が集ってるし、それにあたしの前では食べちゃダメだよ」


「わかってる」


 両親の死体を食われるのだと思って少しゾッとしたが、せめてあたしの目の届かないところで食事をするのが彼のせいぜいの配慮なのだろう。

 本来であれば生肉、つまりあたしを食べたいに違いないのだ。死体で我慢してくれているのはむしろ温情と言えた。


「……ねぇ。なんで君は、人を食べないの?」


「当然だろ。俺もあいつらみたいに気が触れた方が良かったさ。まだ人間の脳が残ってる時点で生きた人間を食らうなんて俺には無理だ」


「そうだね。ごめん」


 あたしもきっと、彼と同じ状態になったとしたらそう思うに違いない。

 少なくとも彼があたしを騙して言っているんじゃないとなんとなく感じて、あたしは少し安心した。

 食人鬼でも話の通じる相手がいることは、今のあたしにはとてもありがたいことだったのだ。


 父と母が死んでからというもの、あたしは涙しっぱなしだった。

 もうその涙も枯れてしまったが、そんな絶望の中で見出せた光……と思えなくもない。

 まあ正直、こんな少年を拾ったところで何になるわけでもないのだけれど。


「どうせ、世界を終わるんだし……」


「それでなんだが」


 口の周りを洗って綺麗になった淳があたしに向き直る。

 こう見れば結構な美少年かも……。あたしよりちょっと歳下だけど平和な世の中だったら彼氏にしても良かったかも。

 もうそんなことはあり得ないか。


「俺をこの家に住ませてほしい」


「あ。いいよー?」


 あたしはあっさり了承。

 だって一度家に上げた彼を追い出すわけにもいかない。それにあのおじさんを倒したところを見る限りかなりの凄腕だし……!

 いてくれて助かる。むしろこちらがお願いしたいくらいだった。


 ――どうせ死ぬなら、最期は一人じゃない方がいいよね。


 ということであたしは、見ず知らずの、それも食人鬼の少年との二人暮らしを始めることになった。

 この先に一体何が待ち受けているかなど考えもせずに。

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