突然の事件
物資の調達が終わった。
食料以外にも、夜に必要なライトやら寝袋やら、そういった道具。
スーパーでもこのようなキャンプ道具が売っているのだなと驚くと同時に、これさえあればもう大丈夫だと思い心強かった。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
「うん」
あたしと桜田は肩を並べ、高校へ帰った。
行き道に話したことが忘れられないが、でもやはり諦めるつもりはない。数日後には西の大学へ向けて出発する。その用意は整いつつあった。
ただ一つ、淳はまだ目覚めないことだけが心配だが……。
そうして拠点の学校まで戻り、校舎の中に入る。
とりあえずは今日持って来たカレーのレトルトを分けて夕食にするのが一番だろう。電子レンジがないからカセットコンロで湯を沸かして温めなければ。非常食ばかりも辛いなあ。もっと美味しいもの、食べたいなあ。
かつての平和な日々の食べ物に想いを馳せながら廊下を歩いていた、その時だった。
銃声と高い悲鳴が、一階の保健室から聞こえて来たのは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「嫌、助けて……。お母さんっ。お母さん……!」
小さく震えながら、私は叫んでいた。
私は今、銃を向けられている。いくら鈍感な人でもわかるような鋭い殺気と共に。
殺されるのだということがわかって、私は怖くてたまらない。
お母さんはどこ? ……そうだ、お母さんは死んで。
私を一人で一生懸命育ててくれていたお母さんは死んで、私は今、たった一人。
呼んでも、誰も来てはくれない。ちょっとでも油断したことがダメだったんだろう。
私は、ここ数日一緒にいるお兄さんの看病を、同じく行動を共にしているお姉さんから頼まれていた。
お兄さんは銃で撃たれて気絶していた。本当に生きているのかわからないくらい何日も何日も眠っている。
だから私がこの保健室で、お兄さんの面倒を見てあげていたら。
突然外から怒鳴り声と銃声がして、それからしばらくしてあの男の人が入って来た。
確かあの人は……この学校の先生。私の担任だった先生みたいに優しくなくて、なんだか怖そうな人。
この世界は平和だった時と違ってみんな怖い顔をしている。でもその人は誰よりもすごく私を睨んでいて、恐ろしかった。
でもそれだけじゃない。さらにその人は、銃まで持っていたんだから。
「食人鬼……! 覚悟しろ」
男の人が銃の引き金に手をかける。狙っているのは私だ。
どうして? 私、殺されないんじゃなかったの? そういう約束だって、あのお姉さんが言っていたのに。校長先生も言ってくれたのに。
でも、私とお兄さんは今狙われていて、もうすぐ殺される。
それがわかった時、私は自然に動いていた。
怖くて怖くて仕方なくて、無我夢中だった。
銃を持っている男の人に飛び掛かって押し倒す。子供の私じゃ男の人には敵わないはずなのに、まるで大人みたいな強い力が出た。
「――や、やめろっ、化け物っ」
私は化け物じゃない。
そう思って、でも、やはり化け物なんだと思った。私はあの時、お母さんから逃がされた後、噛まれてしまった。あの怖い人たち――食人鬼に。
だから私も食人鬼になった。今も人の肉が食べたくて食べたくて死んでしまいそう。頭では嫌だと思っているのに、思わずよだれが出て来てしまう。
私はその時、押し倒した男の人を見て、美味しそうだと思った。
男の人が銃を向けてくる。でも構わない。だって彼の首は、とてもとても甘そうに見えたから。
怖い、と思った。涙が出た。でも殺されるのは嫌だったしこの食欲はどうしても抑えられなくて。
私は口を開けて、その人の首筋に噛みつこうとして――。
「茉麻ちゃん!」
声がした瞬間、私は顔を上げる。
するとそこにはあのお姉さんがいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
駆けつけた保健室の前には死体があった。
倒れているのは老人だ。脳天を見事なまでに撃ち抜かれたそれは、ここの高校の校長に違いなかった。
「……っ!」
一体、何があったのか。
それを考える前に、咄嗟に保健室の中へ飛び込んでいた。
そしてその先にもまた、目を背けたくなるような光景があたしを待ち受けていた。
地面に倒れ伏す男。そしてその男が手にするイカツイ銃。そして――。
「茉麻ちゃん!」
その男に思い切り馬乗りになった幼い少女の姿だった。
あたしは叫ぶなり茉麻を止めに入る。
はっきり言って何事かはわからなかったけれど、彼女が男へ噛みつこうとしていたのだけはわかったから。
茉麻の体は歳相応に軽く、引っぺがすことができた。彼女の口からはよだれが垂れ、驚きに見開かれた目がまっすぐこちらを見つめている。
一方の男はと言えば失神して泡を吹いていた。
後から入って来た桜田がこの状況を見て顔面蒼白になった。「これは一体どういうこと!?」
そんなのあたしにわかるはずがない。
直後、ものすごい勢いで泣き出した茉麻を抱きながらあたしは思った。
これは大変なことになった……と。