作戦会議
「……ふむ。では約束通り、君たちを仲間として迎え入れようじゃないか」
校長もきちんと認めてくれた。
ボロボロになって奮闘した甲斐があったというものだ。他の生き残りである職員とも顔合わせをし、その度に疑うような視線を向けながらも、なんとか受け入れられたようである。
今日からはここを拠点として過ごす。懐かしの我が家とは過ごしやすさが天と地の差だが、拠点があるのはとても助かることだ。
あたしは再び治療を受け、なんとか命拾いした。しかしまあ大量の血を流したせいでふらふらではあるが。
「お姉さんはじっくり休んでてください。私、ちゃんと他の皆さんとお話ししてきます」
「茉麻ちゃんありがとう。気をつけてね、誰が狙ってくるかわからないから」
「……はい」
食人鬼を妬み、密かに殺そうとする人間がいないとも限らない。
桜田と校長は大丈夫だと思うが、それだって断言できることではないのだから。
そうして保健室に残されたのはあたしだけになった。
「はぁ」と大きく息を吐き、ベッドの方を見る。そしてそこに眠る少年の方を見た。
「淳、起きてる?」
「…………」
「そうだよね。あんな大怪我したんだもんね。生きてるだけで奇跡なんだよね」
淳は背中を撃たれていた。
当たりどころが良く、どうやら内臓は傷つかずに済んだらしい。でも当然ながら出血は大量で、一命を取り留めたこと事態喜ぶべきことなのだ。
……なのだけれど。
「許せない、よ。あたし、だって」
別に、撃った校長を恨むわけではない。
しかしどうして彼を撃ったのか、と責めたい気持ちがないと言ったら嘘になる。世界の理不尽をまた嘆きたくなった。
「淳……。明日には元気になってね。お願いだから、死なないで」
もしも。
もしもこの世界に平和が戻ったら、必ず告白するから。
心の中でそう誓い、あたしは再び吐息を漏らした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ということで、食人鬼を殺さないであげてください」
とある会議室にて。
そう言い切ったあたしに、そこに集まっていた教員たちから驚きの視線が注がれた。
「それはどういうことだね?」校長があたしに問うてくる。
「この終末世界でこんな甘いことを言うのはいけないと言われるかも知れません。でも、それでも言わせて。あたし、食人鬼を救いたいんです。だからその知恵を貸してください!」
食人鬼を殺さず、人間に戻す方法。
それがあたしたちが求めているものであり、希望であった。
もちろんそんな簡単な話があるわけがないというのも理解している。しかしそれでも諦めるわけには行かないのだ。
「何か知ってる人、聞いたことがある人がいたら教えて! あたし、この世界を平和に戻したいの」
普通にホラー映画を見て笑って、一緒に買い物をして、のんびり外を歩いて。
そして思う存分キスができるような……そんな世界になってほしい。
それがあたしの願いだとこの場の全員に知らせ、手伝ってほしいと懇願する。
桜田をはじめとした教師たちは顔を見合わせ、そして茉麻がそれを不安げに見回している。
この場に淳の姿はまだない。彼は今日も目覚めなかったのだ。
それはともかく、
「私たちは命を繋ぐので精一杯。そんな夢物語みたいなことができるとはとてもとても思えないわ」
「わかってる。でも逃げ続けても勝てないでしょ? だから、作戦会議をしたいんだ。どうやったら人間を、そして食人鬼たちをあたしたちの手で救うことができるのか」
あたしの大好きな人のために、あたしは戦う。
けれどそれは彼のためだけではなく、この世界のためでもあるのだ。だから彼らにもどうか協力してほしいと頭を下げた。
大勢の異議の声の中、しかし校長はあたしの意見を跳ね除けたりはしなかった。
少し唸った後、こんなことを言ったのだ。
「ラジオが途絶える少し前のこと、確かこんな話を聞いた気がする。……西の方の大学で、『反食人鬼ウイルス』の生産を始めたと」
「『反食人鬼ウイルス』?」
「寄生虫を殺すウイルスを人の手によって作り出し、人間に投与すると食人鬼の病が治るとか言ってましたなあ。しかしそれが完成する前に、おそらくはそこの大学は潰れてしまったことでしょう」
これが本当に確かな情報なのかはわからない。
しかし、希望が一つ見えたとあたしは思った。『反食人鬼ウイルス』なるものが本当にあるのだとしたら、それは。
「ありがとうございます。西の大学……か」
行ってみるしかないだろう。
「お嬢さんは数少ない生き残りの一人だ。我々もできることなら力を貸そう」
「ありがとうございます。じゃあ、その西の方の大学まで行ってみませんか?」
「この安全な場所を捨てて? それはできないわ」
桜田含む多くの教員がまたもや反対。
しかし、
「時間はある。嫌な人は嫌でここに留まってくださって構いません。ただし、いずれここの食糧も尽きます。いつまでもここにいるわけにはいかないのです」
行動しても死、留まっても死。
それを突きつけられた彼らは、前者を選ぶしかなかった。
こうしてあたしたちは、準備を整えてから西の大学へ向かうことを決めたのだ。