食人鬼たちを捕獲せよ
「私はかつてこの学校の教師をしていた桜田よ。あなたたちの見張りをさせてもらうわ」
「……よろしくお願いします」
あたしたちは保健室を出て、廊下を歩いていた。
一歩進むごとに撃たれた足がズキズキ痛む。どうやら銃弾は取り除かれているらしいが、傷がひどい。
それを隣を歩く茉麻が支えてくれ、あたしはやっとのことで進む。その様子を、こちらに拳銃を向けながら女――桜田が監視していた。
彼女の拳銃はあたしが投げ捨てたが、予備のものがあったらしい。
元々は警官が所持していたという拳銃だが、警官が食人鬼に噛まれて死んだことにより入手したのだとか。拳銃はこの校内に全部で五丁以上ある。
「この学校は避難所としてこの辺りの住民を受け入れていたの。数日は何事もなかったんだけど、ある日突然食人鬼が入り込んで来て、避難して来た人々や警官の多くはやられてしまったわ」
歩きながら、桜田が話してくれる。
「生き残ったのは私と校長、それから他数人の教師だけ。避難民は全員食われてしまった。後は校内をうろうろする食人鬼たちが口から血を流す、阿鼻叫喚の地獄絵図よ。だから、私たちは拳銃を手に彼らを排除しているの」
「こ……殺したんですか?」震えながら茉麻が質問する。
「当然よ。小学生のあなたには怖いかも知れないけど、もうそういう世界だから。本当ならあなたも殺されるべきなの」
「ひっ」
「それにしても驚いたわ。理性を保てる食人鬼がいるのね……」
桜田はどこか遠い目をした。
おそらく、この学校も平和な時代はたくさんの生徒で賑わう楽しい場所だったに違いない。けれどそこへ食人鬼の脅威が忍び寄り、果ては全てを喰らい尽くした……。
もしもその様子を目にしていたら、あたしはきっともしも言葉を話せるとして、食人鬼などを受け入れようとは思わないだろう。だから彼女たちが食人鬼を恨むのも当然だった。
だから、ありったけの力を振り絞って、あたしたちが何の悪意もないのだと信用してもらわなければならない。
せっかく見つけた生き残りの人々だ。嫌われたくはなかったし、それはすなわち死を意味するのだから。
「――来るわ」
桜田がポツリと呟いた。
「雨だわ」とでも言うような、そんな何気ない口調。しかし……、
「ぐあああああああああっ」
ものすごい奇声を発しながら、廊下の曲がり角から子供が飛び出して来た。
大体茉麻と同じくらいの年頃と思えるその子は、しかし口から真っ赤なものを吐き出していた。その姿はホラー映画のゾンビに他ならず、つまりは食人鬼だった。
これらと対峙し、制すること。これがあたしが出した条件であり、ここで生き残る唯一の方法だった。
足の負傷がかなり邪魔だがやるしかない。あたしは手にするナイフにありったけの力を込めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今、あたしたちは全速力で逃げ惑っている。
あの後、あの子を殺すことはしなかった。ナイフで自分の身を守りながらむしろ飛び込んでいき、囮として奔走し始めたのである。
ナイフで迫り来る食人鬼の子供を避け、学校中を駆け回るあたし。
ああ、足が痛い。包帯を巻いたところから血が出てきた。耳の傷からも出血もひどい。早くしないと倒れるかも知れないとぼんやり思った。
桜田と茉麻があたしの後を追ってくる。まあ、彼女らには銃があるから大丈夫だろう。弾丸もかなりの数あると言っていたし。
あたしはその一歩先を進みながら、今度は手洗い場から躍り出て来た食人鬼の青年を挑発。次に食堂へ飛び込み、そこに屯していた何人かの食人鬼に己の姿を見せつけ、わざと追いかけられていた。
「はぁっ、はぁっ。後どれくらいだろう……」
必死で走りながら、食人鬼をどんどん集めていく。
音楽室、理科室、校庭……。足を踏み入れる度、食人鬼たちの歓迎を受けた。盲目的にこちらを追う姿はまるで理性が感じられない。淳と茉麻とばかり付き合っていたから感覚が麻痺していたが、食人鬼とは本来こういうものなのだ。
元々は全員まともな人間だったのだろう。そう思うと悲しくなってしまう。
などと考えているうちに、全ての教室を回り終えた。
これであたしの仕事も最後だ。ナイフで追手を退け、遠くの銃声を聞きながら、体育館に身を投げた。
「茉麻ちゃん閉めて!」
「は、はい……っ!」
大量に押し寄せる食人鬼の群れ。あたしはそれに逆らうようにして、再び外に向かって駆け出した。
ドアをくぐり抜けた瞬間、体育館の扉が勢いよく閉まる音がする。――これで体育館は密室となった。見事に食人鬼群団を閉じ込めたわけだ。
「やった……! やった、やれたんだぁ……」
ボロボロになったあたしは地面に崩れ落ち、ため息を漏らす。
あたしは無事、この学校中の食人鬼を捕獲するというミッションをクリアしたのだ。
「お姉さんっ、ありがとうございます!」
「こっちこそありがとう。茉麻ちゃんのおかげでなんとか乗り切れたよ」
血まみれの姿で抱き合って、あたしたちは安堵に涙を流す。
その様子を見ていた桜田は「ふぅ」とため息を吐くと、言った。
「本当に全部閉じ込めたようね。……わかった、じゃあ保健室に戻りましょう」
彼女は静かに銃を下ろし、こちらに微笑みかける。
どうやらあたしたちは助かったようだった。




