【6 feet under】
――おめでとう。延命技術の進化の末に貴方達の寿命は延びました。よかったね。
rip標準時よりおよそ6年と66日前。雨降るその日、仮想世界『R. I. P.』の電光掲示板を賑わせたのは、淡白な、しかし人を小馬鹿にしたようなメッセージだった。
「仮想世界『R. I. P.』へようこそ。当サービスでは理想の永眠を提供致します」
砂嵐を映し続けるモニター以外に何もない部屋に椅子が一つ置かれていた。
「当社の『R. I. P.』に登録する際には必要事項に同意していただく必要がございます。まず初めに…」
電子音が書類の上の言葉をなぞる。
「当社の規定に則り身辺整理を行い、該当する財産に関係する物を処分しましたか」
「はい」
「当社の規定に則り個人情報の消去、該当する自身に関係する物を処分しましたか」
「はい」
「当社の規定に則り人間関係の整理、該当する間柄に関係する物を処分しましたか」
「はい」
当社の規定に則りその他エトセトラ――。
その後何度「はい」と口にしたかは憶えてはいない。
「最後に。18歳未満の場合は保護者の同意が必要となります」
これは『R. I. P.』に登録する際の最後のひっかけ問題。
「両親はいません。また保護者に該当する者もいません」
一言一句丁寧に言葉にする。画面の向こうの声は暫く間をおいて「承認しました」と一言添えた。
また暫くして灰色の砂嵐だった画面が揺れた。
「仮想世界『R. I. P.』へようこそ。当サービスでは理想の永眠を提供致します」
先程の砂嵐とは打って変わって、モニターには近未来的な建築群を基とした街並みが映し出されている。徹底的に現実が排除された街はどこか不気味だ。
「姓(苗字)、名(名前)、字(登録名)、号(呼称)を登録してください」
「姓と名は登録無し。字はナナシノで。号は無し」
「承認しました。姓無し、名無し、字名無、号無しで宜しいですか」
「はい」
鏡に映したように画面の向こうの景色に自身の姿が生成される。軽く挙げた右手に呼応するように、画面の中の自分が手を振った。
「それではいってらっしゃいませ、名無様」
「うん」
こうして姓無し、名無し、字名無、号無しの誕生を最期に、仮想世界『R. I. P.』のサービスは終了した。