昼休みの談笑
スマートフォンにて失礼します。
昼休み。ある意味一番警戒するべき時間がやって来た。が、それは去年の話で今年は教室でボッチ飯となる程度には待遇は改善されていた。クラス替えの担当には感謝しかない。
「いただきます」
早速お弁当箱を開ける。二段構造になっており、下段はお米が敷き詰められて中心に真っ赤な梅干しが入る所謂『日の丸弁当』なるもの。上段は朝のおかずがそのまま入っていた。
…次からは自分で用意します。
「よぉ唐竹、早速ボッチ飯か?」
「わかっていてその掛け声なのはすごく質が悪いと思うんだけど?小金井くん」
「応、わりぃわりぃ」
全く悪びれる様子も無く小金井は私の隣の席から椅子を持ってきた。
「同じボッチ同士仲良くしようや」
「…勝手にして」
こいつは疲れる。人のパーソナルスペースに勝手に踏み込みやがって。優雅なボッチ飯が台無しだ。
だけど…。
「…ありがとう」
「あんだ?急にどうした?」
「私を庇ってくれてるでしょ?」
「…ンな風に見えるか?」
実際、本来なら私の扱いはこの程度の訳が無いはずだった。身体的な物は無くても、精神的な嫌がらせや虐めは多かったと思う。主犯はただの八つ当たりだとは解っていたみたいだけど、問題はその周りだった。大義名分を得て学校を巻き込んで大暴れしたんだ。当然事態は教師達の目に届くことになり、緊急で学校集会が開かれた後それは収束するに至った。
教師達も馬鹿ではないので事を起こした生徒達は漏れなく処罰の対象となった。けれど私はその時のことを逆恨みされる事が解っていた。だから逃げたのだ。
「多分今日平穏なのはあんたのおかげ。だからありがとう」
「…ま、感謝するなら勝手にしやがれってんだ」
「うん、ところで何であんたもボッチ飯?」
ふと気になって訊いてみた。すると意外なのかそうでも無いのかこんな返答が帰ってきた。
「俺は最強だからな」
「…さいきょー?」
「そう最強だからみんな俺を恐れて近寄らない」
何て事無く、3時のおやつをつまむ感覚で言ってのけた。
「え、どういう意味?」
「言葉通り、当時ガッコの先輩全員を相手に盛大にやり合って、そして一人を除いて勝った」
「ちょっとなに言ってるか解んないです」
マジで意味がわからない。え?そんなことあったの?私が知らないだけ?
「何だ?知らないのか?」
「いったいいつの話?」
「お前が灰田パイセンが付き合い始めるちょっと前」
「全く知らない」
「おめぇを巡って」
「本当に知らないんだけど」
「おめぇ意外と世情に疎いのな」
「うぐっ」
図星だ。だってしょうが無いでしょ、あの頃は必死だったんだから。
「全パイセンの注目の的だったんだぜぇ~おめぇはよ」
「ど、どうして?」
「そりゃーイロイロよイロイロ」
言って小金井は私の躰を嘗め回すように上から下へと顔を動かして見つめた。酷く気分が悪くなり、思わず腕で躰を隠す。
「そーそーそう言うところよー」
「ヒッ嫌!」
目の前のキモチワルイ物から離れるために右手を繰り出した。…が。
「残念、見え見えだ」
「っ!?」
今まで生きてきた中で一番速いと思える拳だったのにキャッチボールをする感覚で止められてしまった。
「んで、もっと色々聞きたいか?」
「私についてはもういい、貴方の目的は?」
小金井の手から拳を引く。受け止めていただけみたいで、あっさり離してくれた。
「気に入らねぇからブッ飛ばす!これに尽きる」
「…あぁー、なんか思い出してきたかも」
いたわそう言えば。当時の女子陸上部の間でも話題に上がってたわ。
何でも私達が入学して数ヶ月経ったある日、『大抗争』なる出来事が有り、当時学校で幅をきかせていた派閥や勢力が軒並み壊滅したという内容だ。
まさかこいつがやってのけたのか?一人で?
「あんた一人で先輩達と戦ったって言うの?」
「あぁその通りだぜ、あの人を除いてクソ雑魚だったよあいつらwww」
「?あの人?」
その言葉を出してきたときの小金井の顔はどこか懐かしそうで、けれどどこか悔しそうで。
「灰田優人パイセン、この俺が唯一ケンカで勝てず、結局そのまま負け続けちまった相手だ」
「あ…」
そして、とても寂しそうだった。
◇ ◇ ◇
特に何事も無く放課後が訪れる。あの後もクラスでの私の扱いは『居ても居なくても変わらない』と言うようなモノだったが、『それでも無視は出来ない存在』という認識にもなっていたそうだ。
私は良くも悪くも目立つ。授業中も教師に指名されてもよどみなく答え、グループを作って行われた授業でも私の発言でスムーズに事が進んだのは一度や二度では無かった。
でも周りはそんな私そのものが気に入らないみたいで、どの授業でも私に対してマウントを取ろうと必死だった。結果としていつもより授業がスムーズに進んだと帰りのホームルームでのりこ先生が話していたのを聞いて何だか笑ってしまいそうになった。小金井は膝を叩いて大笑いしていた。
「………」
何となく、本当に何となくそのまま家に帰る気にはなれなかった。
私は今朝のホームルームで聞いた内容に注意を払いながら駅前の繁華街へと足を運んだ。