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月の綺麗な夜に《那由多》

安息なんて無い。

 5月19日(土)23:00 業務連絡

 キャンプ場炊事場


 Side NK


「──以上で本日分の業務連絡を終了する」

『了解。ご苦労だった』

「それで、質問したいことが有るが良いか?」

『良いぞ。ここからは自由だ』

「ここはそもそもなんだ?」

『随分アバウトな質問だな。もっと要点を絞ってからにしてくれ』

「じゃあもう少し踏み込んで。まずこのキャンプ場の原型はいつから存在する?」


 幾つかある疑問の中で特に聞きたいこと。捜査をしていく上でここが元はキャンプ場などでは無いことは何となく解った。

 であらば政府高官が避暑地として使っていたこともそれを隠れ蓑にした別の用途が存在することになる。皇族でも無いのにこれ程の規模の土地を有しているのは何かが変だ。


『それについては現在捜査中だ。ただ、お前が見て感じたことは今後の捜査で重要な手掛かりとなることは間違い無い』

「ユカリちゃんはどうお考えで?」

『私からは何とも言えん。一部判明したことを答えるとするなら、そこは元々土着の信仰が盛んだったことか』

「どちゃく?」

『意味くらいは分かるだろう?』

「いや言葉の意味じゃ無い」

『冗談だ』


 ──コノヤロウ…


 いくら育ての親だとしても、そうやって馬鹿にするのは違うんじゃ無いか?


『詳しいことは解析班があれこれ知恵を出しているところだ。判明するまではもう少しかかりそうだな』

「りょーかい」


 ユカリちゃんが言うならこれ以上話しても意味は無さそうだ。


『こんなところか?』

「そうだな、ありがとう」

『わかった。ところで今日は楽しかったか?』

「どしたの急に?そっちとこっちで板挟みになって大変だったよ」

『そうか。楽しめたならそれで良い』

「何も答えてねぇよ」

『何年お前を見てきたと思ってる。お前の考える事なんて手に取るようにわかるぞ』

「プライバシーも何も有ったもんじゃねぇな」

『まぁそっちは頑張れ。お休み』

「お休み、ユカリちゃん」


 そうして私はユカリちゃんとの通話を切った。


「あ“ぁ“っはぁ“ぁ“~づがれ“だ~…」


 およそ女の子が出す物とは思えない溜息をつきながら、私は近くのベンチに崩れるように座る。


「今まで任務で何日もあっちに行ってたことはあるし、それと比べたら全然大したことじゃ無い筈なのにマ~ジで疲れた~…」


 ──でもそれが何だか嫌では無い。


 ユカリちゃんに言ったことそれ自体は嘘偽りの無い本音だ。大変だったし、どこまで話して良いかわからなかったし、中々みんなと打ち解けられないし(コレについては半ば自業自得)。

 でもそれ以上に──


「──楽しかった…って事なのだろうか」


 夜空を見上げてふと思う。月の光が弱いのを良いことに、吾こそはと輝きを増す星々に埋め尽くされた空。


(考えてみたら、世間一般で言うところの《学生らしいこと》とやらに殆ど触れないままここまで育ってしまったな)


 別にそのことに対して不幸に思ったことは無い。

 私の選んだ道だ、私の人生だ。

 その中で自分のやりたいことを、とことんまでにやり通す。その為に学生である必要はどこにも無い。事実、私が今まで行ってきたことは学生という身分では決して出来ないことばかりだった。


 しかし今になって思う。


「父さん母さんも、私に今日みたいな日を楽しんで欲しかったのだろうか…」


 10年前に死んだことにされている両親に思いを馳せる。一流のダイバーとして隣接世界に挑み、行方がわからなくなった両親だ。

 私と接しているときは十分に人の親をしていたように見える。隣接世界の話になると、子供のように目を輝かせて色々な話を聞かせてくれた事を今でも憶えている。

 そんな両親が私は大好きだった。


「私の幸せを見付けなさい、か。さて、今の私はどうだかなぁ…」


 沢山の話を聞かせてくれた両親だけど、その幸せを私に押しつけるようなことはしなかった。


『那由多は那由多の幸せを見付けなさい。父さん/母さんは応援してるよ』


 いつも両親の話はこの言葉で締め括られてた。

 それから何度目かの話の後で行方不明になり、何年か後に死亡届が受理された。

 その頃私はユカリちゃんの下に身を寄せておりそのままの形で引き取られ。それからAWSAのダイバーとなるべく訓練を重ねた。

 私の想装が顕れたのもその頃だった。


「コイツとも随分長い付き合いだなぁ」


 視界の片隅に自身の身の丈以上ある長大な日本刀を視る。手を伸ばせば直ぐに手に取れる位置にそれはある。


「今じゃ父さん母さん以上の実力者なんて言われてるよ。良いことなのか悪いことなのか今でも解らないけどねぇ」


 ほんの数年の出来事の筈なのに昔と比べて遠い場所に来てしまったと思う。昔の自分を思い出すことが出来なくなるくらい。

 それでも今日は──


「──あぁ。すっごく楽しかったとも」


 今このタイミングなら、未だ何処かをほっつき歩いているであろう両親に対して胸を張れる気がする。


 ◇ ◇ ◇


 同日23:30 異変

 キャンプ場テント周辺


「む?」


 唐突に自身に掛かっているリミッターが外れる感覚。この感じは心の準備が無いまま隣接世界に入ったときのもの。空気が変わったのを肌で感じる。


「周辺の安全を確認。ヨシ。合宿参加者の安否確認に入る」


 スタッフに配られた合宿参加者名簿を片手にテントを順番に開けて人数を確認する。

 サッカー部とキンダーズは全員居る。


「念の為スタッフの方も見てみるか」


 臨時スタッフのテントを一つ一つ開けて中を確かめる。こっちは顔合わせもしているから確認は大分楽だ。


「明日見くんが居ない?」


 テントの中には空のシュラフが一つ敷いてある。恐らくコレが明日見くんのだろう。

 外出中か?


 ──明日見くんなら大丈夫だ。


 情報が正しければここに居る魔物はリザードマンだけだ。明日見くんの自動再生能力を過信しているわけでは無いが、廃工場で見せてくれたレベルならここでも問題なく通じる。

 想定外が無いことを祈ろう。


「そうだ、電波は…やっぱダメか」


 コレは早くスタッフに報せる必要がある。

 私は急ぎ足で本スタッフの詰めるテントへ向かった。


「監督!寝てるか!?」

「どうしたんだ那由多君?僕はこの通りまだ起きているぞ?」

「今すぐスマホの状態を確認してくれ!」

「あ、あぁ…」


 訝しげな目で私を見ながら監督は自身のスマートフォンを取り出す。画面の明かりに照らされた監督の顔が少しずつ困惑の色を見せ始めた。


「こ、これはどういうことだ?」

「時間が惜しい。今は本スタッフだけでも情報の共有をしておきたい」

「たまたま機材のトラブルでも有ったんじゃ無いか?」

「今までアンテナが3本も4本も立つくらい良好だった通信環境がいきなり壊れる事なんてあるか?」

「そう言うことくらい──」


 監督は言葉を続けようとして突然驚愕の表情を浮かべて固まった。


「どうした監督?」

「那由多君。今日の月の形を憶えてるか?」

「?上弦の月。三日月から少し経ったくらいだろ?」

「なら、アレは一体何だ?」

「っ!?」


 言われて気が付く。

 空に輝くのは魔物が見開いた眼のような見事な形の満月。そしてそれを認識した途端、私の周辺の気温が一気に下がった感覚が奔る。


「那由多君!コレは一体どう言う事なんだ!?」

「…不味い…囲まれてる」


 キャンプ場周囲に無数の気配。徐々に範囲を狭めてきている。このまま行けば逃げ場が無くなる。


「監督は急いで全員を起こしてくれ」

「わ、わかった。その後はどうすれば良い?」

「とにかく頑丈な建物に。ってこの周辺にあるのって…」

「明日の昼食に使うレストランがある。何故か24時間営業している」

「それは良い。とにかくみんな避難させよう」

「那由多君、今一体何が起きているんだ?」

「監督の言葉なら皆なんだって従うだろうよ」


 キンダーズの皆の様子を見れば監督がどれだけ慕われているかよくわかる。たまにもう少しトレーニングを優しくして欲しいなんて言葉も聞くが、どれもこれも冗談めかして言っているような物だ。

 そんな訳で私は強引に監督を動かして全員を避難させるように依頼した。


(とは言え、もうあまり時間は無さそうだ)


 包囲網は今も少しずつ狭まってきている。広場に出現するのも時間の問題だ。


(ここは少し派手に暴れるか)


 軽く準備運動。身体機能に問題なし。


(行くなら、そこ!)


 跳躍。傍から見たら飛翔とも見られそうだが、私からしたら跳躍。何体かが私に対応すべく動く。


(遅い)


 その間に私は想装を出し終え、何体かの懐に肉迫。同時に斬擊。


(3体。結構密集してるな)


 続け様に近くに居た1体を袈裟斬り。胴が斜めにずり落ちる音が後から聞こえるのを余所にまた近くに居た1体を斬る。


(5…6…7…後ここに居たヤツをまとめて斬ったから合計14か?)


 五つ数える間に斬った魔物はそのくらい。流石に周りも異変を感じ取ったのか、戦力が私に集中し始めるのを感じる。


(いかんな、私は兎も角合宿メンバーが心配だ)


 ある程度は広場から引き離せたと判断して密集地帯に突貫。固まっているところをまとめて斬る。


(5…11…ええい!数が多い!)


 ほぼ全てを私に引きつけたとは言えないが、コレを処理し終えたら直ぐに監督と合流することにする。

 増援が集まってきた。数が多いが私の敵では無い。


(監督達はまだ大丈夫そうだ。でもなんだ?何かおかしいような?)


 様子がおかしい。集まってきたヤツらは皆何かに興奮しているのか、怯えているかのどちらかだ。よく見ると真新しい斬擊痕があるのもいる。恐らく明日見くんの物だ。


(まったくどうして一人で動いているんだアイツは!)


 何処かその辺をほっつき歩いて運悪くコイツらとエンカウントしたであろう明日見くんを心の中で罵る。


(しかしこの感じは明日見くんから逃げてきたとかでは無いな。だとしたら──)


 そう考えてたときだった。


 ──■■■■■■■■■■■!!!!!!


 およそ我々の世界では聞くことの無い大音量の咆哮が轟いた。


(今のはまさか!?それに方角は増援が来たのと同じ…明日見くん!)


 一体何が起きているのか。確かめたいし明日見くんの安否も気になる。しかしここを離れるわけにもいかない。


(とにかく今は無事を祈るしか無さそうだ)


 敵を斬りつつ周囲を見渡す。先の咆哮で奴等の様子が一気に変わった。


(暴走してるな。早く戻らなければ)


 今の咆哮で恐慌状態に陥った奴等が何を仕出かすかわからない。私は強引に密集地帯を突破して監督達の下へ急いだ。

 大きな物音で目が覚める。

 いや、目が覚める、とはちょっと違う。

 元々目は覚めてた。

 ただ意識がハッキリしてなかっただけで、体は起きてた。


「何!?何なの!?」「雷…?でも音凄く近かった!?」「なんかヤバくない?」


 意識がハッキリすると周りで何かが起きていることは何となく解る。


「どうしたの?」

「蘭!なんか外がヤバいよ!」

「ヤバい?」

「とにかく逃げないとヤバい」

「一体何がどうしたの?」


 その返答が来るまえに。


「君達!無事か!」


 テントの外から監督の声が聞こえてきた。


「え?はい、無事です」


 テントの中を代表して私が答える。


「よし、なら今すぐここから離れる用意をしてくれ」

「え?それってどう言う──」

「説明している時間が無い、とにかく急いでくれ!」


 私は訳も解らないまま大事な物を持ってテントから出た。


(あれ?ここってこんなに寒かったっけ?)


 それに寒いだけじゃ無い。遠くからは何かの鳴き声や金属のような物がぶつかる音もする。


(何?どうなってるの?)


 訳も解らないまま私は監督の誘導に従って集会所の方へ向かう。周りが私を含めて緊張と不安で満たされているのがよくわかった。

 そんな中どういう訳か、私はアイツのことが気になった。

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