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まだ誰も居ない新しいクラス

スマートフォンにて失礼します。

「えーっと私の場所は…」


 校舎に入り、玄関で中が空な自分の下駄箱を見つけてその中に脱いだ靴を仕舞う。

 上履きを取り出そうと鞄を開いて私は鳥肌が立った。


「何…!?どういうことこれ!?」


 開いてまず最初に見えたモノは、刃渡り約20cmの両刃の短剣だった。これといった装飾は特に無く、全体的に透明な剥き身の刀身を晒している。もちろんこんな物騒なモノは入れた憶えが無いし、かと言って家族の誰かが入れたとも思えない。


「何なのこれ気味が悪い…」


 そう言いながら柄を握って鞄から取り出す。幸い中身が傷付いている様子は無く、最初からそこには何も無かったようにキレイなままだった。


「どういうことなのよ本当に…」


 言ったところで正体がわかることは無い。諦めて鞄から上履きを取り出してそれを履いた。


「っでどうしようこれ」


 やはり問題なのはこの短剣だった。カバンの中が無事なのは幸いだったが、今後も無事だとも思えない。


 軽く刀身に触れてみると、見た目通り金属では無いようで冷たさは感じず、どこか温かみを感じる。切っ先に触れてみると刃物としての鋭さは無かったみたいで、模造刀に触れているみたいな感触がした。


「変な感じね。本当になんなんだろう?」


 光に当ててみる。けれどそれはただ通過するだけで反射や屈折はしなかった。

 周囲に誰も居ないことを確認して何となく構えてポーズを取ってみる。刀身を目の高さまで持ち上げて切っ先を正面に向かせ頭の横に構えるアレだ。確か霞の構えだったか?見よう見まねでやってみた。


 ……ちょっと楽しい。


「何やってるだろう私…」


 一気に冷静になる。今まで過去を振り返って気持ちが落ち込んでいた反動で、こんなアホみたいな真似をしたくなったんだろうか。ちょっと楽しかったけど冷静になるとすごく恥ずかしい。周りに人が居なくて良かった。


「はぁーっ…職員室行こ」


 短剣を鞄に入れて歩き出す。少しだけ馬鹿になってみたおかげか、先程より気分が楽になっていた。


 ◇ ◇ ◇


「失礼しました」


 そう言って職員室から出る。この時間は既に担任が出勤しており、今日から授業に復帰する旨を伝えた。

 相手にも予め事情を説明しており、手続き自体はそれほど時間は掛からなかった。


「このシステムがある以上、私みたいなのは何人か居るんだろうなぁ」


『特別支援遠隔学習システム』と呼ばれているモノがある。

 元々は日本全国にその門戸を開いている月校が、ここに入学する力があるのに通えない生徒達に向けた救済措置である。まぁ、言ってしまえばただの通信教育なのだが、この月校はそう言った人達にもその手を差し伸べていた。

 今では開校当時ほど距離の壁という物は無いため、全国から挙って生徒が殺到した。そのため、現在では不登校生の為の救済措置として変わり始めた。

『せっかくここに入学できたのに勿体ないでは無いか、ゆっくりで良いから自分のペースで学習してくれ』

 と言うある意味温かい言葉と共にシステムに登録する。もちろん受ける内容はそれなりにハイレベルな課題が用意されるが、特に苦では無かった。


「担任にも挨拶はしたし、行くととしますか」


 まだ朝の早い誰も居ない教室に入る。席は担任の配慮による物か、窓際の一番後ろに用意されていた。4月とは言え、この時間はまだ肌寒いので日光が差し始めた教室の隅はかなり温かく感じられる。


「そういや、誰が一緒のクラスかまだ見てなかったな」


 言って教卓から名簿を取り出す。知っている名前が一つも無い。これも配慮された結果と言うことだろうか。でも顔合わせや自己紹介はもう既に終わってある程度のコミュニティは出来ていそうだ。今更混ざるのは困難だろう。ましてや私がそれらに入ることは誰も好としないはずだ。


「はぁーっ…」


 退屈だ。考えてみたらいつもはこの時間は朝練をやっていて外で走ってた。それしか無かったけど時間が少ないと感じていたと思う。今はこうして暇を持て余している。時間の使い方が解らない。振り返るのは少し疲れた。


「ほけー…」


 アホの子っぽい声を漏らして窓の外を眺める。4階建ての3階にある教室なだけに、まぁまぁ高さは感じる。けれど特別高いと思うわけでも無かった。落ちたら痛いでは済まないだろうけど。

 窓を開けると外から朝練に励んでいる運動部達の掛け声が聞こえてくる。前は私の声もそこに混ざっていた。私の声は周りにはどう聞こえていたのだろうか。

 手持ち無沙汰となり、机に教科書を広げる。年度初めに郵送されてきた真新しい二年の教科書だ。けれど貰ったその日に全部読み終えてしまい、内容も一通り頭に入ってしまった。これ以上の知識はここからは得られそうに無く、少し物寂しい。

 席の後ろにあるロッカー群を眺める。個人個人のロッカーは閉ざされており、中を見ることは出来ない。私の物を開けてみるとやはり手付かずの状態で少し埃が溜まっている。

 黒板は特に何か代わり映えのするものではなく、右端に今日の日付と日直の名前が書かれているだけだ。

 最後に黒板右脇に下げられた掲示板を見る。特に重要な連絡事項は無いらしい。


「………」


 カバンの中に残った物は残りはアレしか無い。誰も居ないことを再度確認してそっと中身を取り出す。


 先程と何も変わらず全体的に透明な短い刀身が露わになった。


「見た目はキレイ何だよね」


 何と無しにスマートフォンのカメラを向ける。

 そこで更に驚いた。


「映ってない?」


 画面にはただし分の机の木目しか見えない。


「いやいやいやそんなはずは」


 無いと思いたかった。でも最近のモデルはカメラも高性能で、試しに撮影した机も木目の一つ一つがしっかり写っているためカメラの不調はあり得ないと思った。


 ならこの短剣は一体何だ?

 入れた憶えも無いのにいつの間にかカバンの中に有り、抜き身を晒してたのに鞄の中身は傷一つ無く、極め付けはスマートフォンに写らない謎の物質で出来ている。


「………」


 手に取って眺めると、今まで家で使っていたような包丁の様な刃物とは大分違う物だと思い知らされる。金属のような冷たさは無く、寧ろ仄かに温かい様な気がする。


 まるで生きているような…。


「……っ」


 思えばこれを手にした時から頭の奥がざわつくのを感じる。見たくない物を直視している。でも目を逸らしてはいけないモノだと解っている。私の中にズケズケと何かが入り込んでくる感覚。


 そう解った瞬間に私は短剣を手放した。


「やめよう、やめやめ!」


 カバンの中に乱暴に放り込む。どうせ傷は付かないんだ、なら少し乱暴にしても問題あるまい。


「いやな感覚だったな」


 あれはいったいなんだったのだろう。興味はあるが今日はもう懲り懲りだ。

 少し仮眠を取るかと思って机に突っ伏した瞬間。


「んなタイミングで人が居るたぁな、誰だおめぇは?」


 教室の入り口に男子が立っていた。

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