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今日の終わりにお楽しみ

導くのは大人の仕事。

いつか私もそう在りたいと願う白蜜です。

 5月19日(土)19:50 緊急企画会議

 炊事場


「急な呼び出しに応えてくれて本当にありがとう。今回臨時スタッフである君達を呼び出した理由は既に僕や伝言を頼んだ一部の者から話されているとは思うが改めて僕の口から伝えたいと思う。が、その前に…」


 そう言って監督は私に視線を向ける。


「…一体何が有ったのかね?」

「気にしないで下さい。ただ猫が甘えているだけです」

「待て、流石に私を猫扱いするのは承知した覚えが無いぞ」

「だったら私の膝から退きなさいよ」

「それはイヤだ」


 私の膝枕に味を占めた久米井は、私が椅子に座ったのを見たらその上に座るようになった。

 同年代の女子にしては割と高身長な私と、比較的小柄な久米井の体格は相性が良く、久米井の頭は見事に私の胸より少し下の高さに収まっている。

 私としては、久米井の頭が丁度良く手を置ける場所に来ているため腕が疲れにくいという利点がある。何より彼女自身の抱き心地が非常に良い。

 しかし一体彼女の何が刺激されたというのだろうか。


「と言う事ですので、そのまま続けて貰って構いません」

「あ、あぁ…解った。ゴホン!」


 そうして監督は気を取り直して話を切り出した。


「今回、君達臨時スタッフに集まって貰ったのは、この時間から直ぐに出来て尚且つそんなに準備も要らないレクリエーションを考えて貰いたい」


 曰く、今までは本当にサッカーの練習だけして後は適当に過ごして終わり、何て言う敢えて時代に逆らっているとしか思えない運営を行っていたらしい。

 勿論、そう言う場所ならではのトレーニングメニューも用意されていたため、決して退屈というわけでは無かった。


「例年ならこのような運営を行っても何ら問題は無かった。しかし今回は色々と毛色が違った」


 その最たる例が臨時スタッフの雇用。そしてその中に居た久米井だろう。

 良い意味でも悪い意味でも合宿参加者達を焚き付けた。


「え?もしかして私何か色々やらかしてた?」

「もしかしなくてもアンタのせいよ」

「今までは文字通りの“強化”が目的の合宿だったが、今回那由多君が率先して行ったアウトドアスキルの披露を初めとしたレクリエーションが選手達に大変好評だった」


「聴いたか明日見くん!好評だってさ!やるじゃないか私!」

「はいはい」


「しかし恥ずかしながら、我々にはそう言ったことに関するノウハウがまるで無い。そこで今回は月校から来た君達に『この位の時間からそれ程準備時間を必要とせずに手軽に出来る』レクリエーションのアイデアを出して貰いたい」


 何とまぁ無茶を仰る。

 しかしこの一言からこの場に集った若者達はここぞとばかりに数々の意見を出していった。

 クイズ大会。プレゼント企画。鬼ごっこ等々。

 しかしいざこれらの意見を纏める段階に入ると準備時間と予算、そして何より開催する時間帯の関係でこれらは実現が難しいとスタッフ一同で結論が出てしまい、議論は暗礁に乗り上げてしまう。


「すまない…我々が最近の若者達のトレンドに疎いばかりにこんな事になってしまって…」


 そう言って項垂れる監督の姿は何処か哀愁が漂っていた。

 そうこうしている内に入浴時間の終了が迫ってくる。

 残された時間はあと僅か。

 そんな窮地の中で私達は篝火が灯されるのを見た。


「だったらもういっそ肝試しとか夜散歩とかでも良いんじゃないかね?」


 またしても久米井の一言だった。


『散歩』


 それは普段学校生活や予備校通い、そしてアルバイトなどで一日の時間を使っている我々にはあまり縁の無い単語だ。

 月校に置いてそれは特に顕著で、そもそもここへの入学を考えている生徒は、皆高い志を持ってその門戸を叩く。

 貴重な休日は勉学や部活、そして恋愛などに使われる。

 ただ目的も無く宛の無い散策に時間を浪費する余裕は彼等には無かった。


 しかし今この状況に置いてその一言は正に福音だった。

 その後の高校生スタッフの行動は早かった。

 監督から借りたキャンプ場周辺地図から比較的安全なルートの割り出し。

 キンダーズやサッカー部の面々との交流を考慮しての班編制。

 監督から助言を受けての注意事項の共有。

 引率するスタッフの割り当て。

 その他多岐に渡る案件がほんの10分前後で一気に纏まった。


「いや、これは本当に凄いな…流石は月校生と言ったところなのか?」


 監督はそう感心していたが、実際の所はきっとそれだけでは無いだろう。

 ここに臨時スタッフとしてやって来た月校生達は勉強や部活、バイトなどを初めとした変わり映えのしない日々や、何をやっても上手く行かない鬱屈した毎日、そして都会の娯楽に飽きた者達が自分の中に有る何かを変えてくれる切っ掛けを求めてここに来ている。

 強化された私の五感が朧気ながらその輪郭を捉えていた。


「よし!では皆が戻る前に早速準備に取り掛かるぞ!」


『おー!!!!』


 監督の後押しで臨時スタッフ一同の心が一つになる。

 皆の力で何か大きな事をなす。

 一つの目標に向かって進むその心は誰が見ても尊く眩しい物だろう。


「……」

「明日見くん?」

「何でも無いわ」


 私はそれを何処か冷めた目で見詰めていた。


 ◇ ◇ ◇


 同日20:05 夜散歩

 キャンプ場広場


「風呂上がりにこのような呼び出しに応じてくれて本当にありがとう」


 監督は風呂上がりのほくほくした顔をしている面々に頭を下げる。


「先程スタッフの何人かがキャンプファイヤーをしたいと言い出した。しかし残念ながらここでは炊事場以外の場所ではそう言ったことは禁止されているのは皆も知っての通りだ。だがお前達も本心ではやりたかったことだろう。そこで僕達はキャンプファイヤーに代わる誰もが楽しめそうな企画をスタッフ達の手を借りて考えた」


 余り物の段ボールにデカデカとマジックペンで『夜散歩』と書かれたボードを出す。尚、この段ボールは翌朝の朝食作りの燃料と消える予定だ。


「時間の関係で距離があると見えない者も居るだろうから声に出しても言おう。今回我々が一日の〆に企画したのは『夜散歩』だ」


 これに対する聴衆の反応は様々だった。

 そもそも最初から聴いてない者。眠そうな者訝しげな視線を寄越す者。興味がありそうな素振りを見せる者。


 ──そりゃそうよね…時間も時間だし。


「時間も時間だから今この場で参加者を募集する。参加する者は手を挙げてくれ」


 そう言って監督は右手を挙げる。

 それに伴って聴衆達からもチラホラと手が挙がるのが見えた。


「よし。大体決まったな。参加しない者は寝仕度を済ませてテントに入るように。ここから先は彼等が説明するから良く聞いとけ」


 こうして十数人のキンダーズと一桁後半くらいのサッカー部が広場に残った。

 その中には幸大くんの姿も見える。


「ここからは私が司会と進行を務めます。私は臨時スタッフの藤原蘭です。初めましてとそうで無い方もよろしくお願いします」


 藤原さんはそう挨拶して参加者達に注意事項の説明を始めた。

 例によって纏めると以下の通り。


 ①必ずスタッフの言うことに従うこと。

 ②なるべく集団から離れないこと。

 ③ライトを必ず点けておくこと。

 ④絶対に森に入らないこと。


「以上です。何か質問は有りますか?」


 するとサッカー部の方から手が挙がった。


「スタッフの言うことに従うのは解ったんスけど、森に入ってはいけないというのはなんなんスか?」

「ここの森は私達の知るそれとは違い、足場が悪く視界も不明瞭なため一度入ったら脱出するのが難しいと判断したためです。そうで無くてもキャンプ場に大きなフェンスが設置されているのが見えてたはずです。なので絶対に森へ入ってはいけません。

 他に何か?」

「いえ!大丈夫ッス!」


 その後は幾つかの班に分けて時間に差を付けて出発し、スタッフ達で考案したルートを元に夜散歩が行われる。一番手は藤原さんとあと一人私とは特に接点の無い学生によって先導されるグループだ。私と久米井はもう何手か後。

 地図を片手に出発する彼等を私達は見送る。

 こうして私達の今日一日の〆となるイベントが始まった。

「灯りは見えるが背中はもう見えなくなったな」

「この辺りは街灯とか無いもの。日が落ちれば一瞬で真っ暗になるわね」

「お?見てみろ明日見くん。星が凄い」

「本当ね。晴れていて良かった」

「おい、お前等も見たか?こんな夜空は都会じゃ絶対に拝めないぞ?今の内に目に焼き付けておけ」


『はーい!』


「ふむ?返事をしたのはちびっ子達だけか?オイオイ張り合いが無いぞ高校生。現代の娯楽になれすぎて感覚が麻痺したか?」

「辞めろ、煽るな久米井。…でも本当に綺麗ね」

「キャンプファイヤーも捨てがたいが、これも良いものだな。因みに星や星座に詳しくなると女子にモテるぞ?」

「どこから来た情報よそれ…」

「え?大体の女子はそうやって落とせるとか言ってたヤツが居たぞ?」

「オーケーそう言うヤツには今後一切近付かないことにするわ」

「明日見くんは心配ないだろう。どうせボッチだ」

「KO☆RO☆SU!」


 そうして出発まで私と久米井に様鬼ごっこが始まる。

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