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何かに目覚めそう

 思うようにお話がすまないと思うのもまたなろう小説の一興。

 そんな風に考える白蜜でした。

 5月19日(土)19:30 就寝準備

 十六夜山間キャンプ場テント設営スペース


 夕御飯を食べ終わって地獄の後片付けの後。合宿参加者達はそれぞれの班で建てたテントへ荷物を取りに行く。これから入浴の時間だ。

 私達は交代で見回りをしている。そんな最中のこと。


「キャンプファイヤーをしたい」

「いきなり何言い出してるんだこの子は?」


 久米井の唐突さは今に始まったことでは無いが、流石に脈略が無さ過ぎて反応に困る。


「既に食後の片付けは済んだ。就寝準備だって各班は既に完了。残すは少し離れた場所にある浴場への入浴。一日のスケジュールはこれで全部だ」

「まぁ…そうね」


 そう話した久米井は徐に就寝と入浴の準備に入っている生徒達に視線を向ける。


「だがお前達はどうだ?流石に物足りないだろう?折角ここまで来たんだ。もっと非日常感が欲しいとは思わないか?」

「いや全然」

「明日見くんには訊いてない。どうだお前等!もう後は風呂に入ったら寝る時間だ!!でもお前等はそれで今日を終えて良いのか!?」

「ちょ!ちょっとアンタ何を!?」


 何となくだが少しずつ久米井那由多という人物が理解できたと思う。


 ──コイツはアレだ。きっと調査が進まない腹いせにただ馬鹿騒ぎをしたいだけだ。


「ちょっと久米井!それは流石に──!」

「確かにこの合宿の目的は君達のスキルアップにレベルアップだ。実際君達は今日の合宿を通して確実に強くなっている。自覚のある者も多いはずだ。けれど…」


 そこで一旦久米井は溜を作った。

 私はハッとして周りをよく見るといつの間にか周囲の生徒は静かに久米井の演説に聴き入っている。


「それだけで終わって本当に良いのか?この都会から離れた自然溢れる山奥で、ただサッカーの練習をして皆でご飯作ってテントの設営をして寝るだけで本当に良いのか?折角普段の日常から離れたこの辺り一面に溢れる非日常感の中でやる事なす事が日常生活の延長線だけで終わって本当に良いのか!?」

「いや、もう十分特別感は有るんじゃ…」

「明日見くんは黙り賜え!私は彼等に話している!」

「それは良いんだけど…そもそもここは…」

「さあもう一度問うぞお前達!このまま今日を終わらせてしまって良いのか!?」


 問いかけられた生徒達は顔を見合わせる。

 前より強化された私の聴覚が彼等の小さな呟きを聞き逃すはずが無く、同様に普段から鍛錬を怠らない久米井も聞き逃さない。


「確かに」「そうだよな」「やっぱ何かあって良いよな?」「嫌でも疲れたしなぁ」「何言ってんだよ明日には帰るんだぜ?」「もうちょっと良いよな?」etc.


 薪を入れられた火のように話が大きく広がっていく。それを見届けた久米井は鷹揚に頷く。

 流石に収拾を付けられそうに無いと判断した私は大急ぎで監督を呼びに行った。

 後からは扇動者による演説が続いている。


「君達の心はこの私に全て伝わった。さぁ君達も一緒に今日という特別な日を最高な形で締められるように監督へ直談判しに行こうぞ!」


『応!!!』


「ちょっと待ったーーーーー!!!!」


 特に事情を話さず『兎に角早く来て下さい!』と監督の腕を引っ張ってきた。騒ぎに気が付いた監督は駆け足で久米井の下へ向かう。


「監督!丁度良い所に!実は──」

「本っ当に申し訳ない!!!」

「──はえ?」


 監督がまず行ったのは頭を下げることだった。

 流石の久米井もこれには面食らったようで、普段はしないような可愛いリアクションをしてくれた。


「走りながら明日見くんから話を聞いた。その上でもう一度言う。本当に申し訳なかった!」

「え?いやあの、ちょっと話が見えないんですが…」

「キャンプファイヤーをしたいと言ってたそうだな?」

「え?はい、そうですが…」

「実はこのキャンプ場…キャンプファイヤーは全面的に禁止なんだ…」

「……え?」


 何でも近年になって一般層へ向けて解放した結果、勝手に焚き火をして後始末をせずに帰る客が増えたらしい。その他にも、直火でやった結果周囲に火が燃え広がって危うくキャンプ場全体が火事になりかけた例もあるとのこと。それらを踏まえた結果、大規模なキャンプファイヤーは全面的に禁止となったらしい。

 例外として、炊事場での利用は認められているとのこと。


「そん…な…」

「炊事場で楽しそうに火起こしをする那由多君を見て話す機会を逸していた…何より僕も率先して楽しんでいたから君達に水を差すようなことを言え無いと思っていた…だから本当に申し訳ない!この埋め合わせは必ずするから少しだけ待っていて欲しい!」

「あ…ぁぁぁ…ぁ……」


 そうして久米井は絶望と空虚が綯い交ぜになった表情で膝から崩れ落ちた。

 余談だがこの久米井の様子を見た一部の聴衆は謎の高揚を覚えたとのこと。小学生の内から変な性癖を植え付けないで欲しいと思う。


 ◇ ◇ ◇


 同日19:40 入浴時間

 スタッフ集会所


「キャンプなんて滅べばいい…」

「さっきとの落差が凄いわね」


 ここに来てすっかり定位置と化した私達のベンチで久米井は不貞腐れていた。


「明日見くんは知ってたな?」

「そりゃ…まぁ…」


 ここへ来るに当たって一通りの注意事項は頭に入れてきたつもりだ。てっきり久米井もそうなのかと思っていたが、調査でそれどころでは無かったらしい。


「何でもっと早く教えてくれなかったのさ…」

「いや、ちゃんと解ってる物だと思って」

「ううぅ…ちくしょう…」


 取り敢えず殆どが彼女の自業自得なのでフォローはしない。恨むならキチンと確認しなかった自分を恨めと言いたいところだが。


「うぅ…うぅ…」

「………」


 ガチ泣きである。あの久米井が。玩具を取り上げられた幼子のように泣いてらっしゃる。

 いやまぁ彼女にとっては実際そうなんだろうけど。もう高1の筈なのにそんなんでいいのか心配になってくる。


「うぅ…スンッ…うぅ…」

「……あー…」


 ──面倒臭い。


 実際こうして誰かが泣いているのを目にするのはこれがきっと初めてのことだ。

 思い返してみれば未来が小さかった時は大体がお母さんが何とかしてくれてた。私はそれを遠巻きに不思議そうに眺めていただけで、未来の世話らしいことは一切やらなかったと思う。

 あ、いや違うな。未来の世話は一切やっていないけど、未来の遊び相手は毎回やらされてた。


『だって貴女と居ると一切泣かないから楽なのよ』


 とのことだった。流石にオムツやご飯の時はギャンギャン泣いてたが確かに私と遊んでいるときの未来はずっと笑顔だったのを今思い出した。


 ──イヤイヤ何で今そんなことを思い出すのよ……ハッ!?


「……久米井ー?」

「スンッ……何だね?」


 きっと今の私は何処か箍が外れている。先程の久米井の演説では無いが、普段の日常から解放されて少しばかり変な行動を取っても気にならない状態になってるんだろう。

 だからこれはきっと私の気の迷い。他意は一切無い。


 私はベンチの端にに深く座って自身の太腿を軽く叩く。


「……どうぞ?」

「……うん…」


 不気味なほど素直になった久米井がベンチの上で横になって私の太腿に頭を乗せる。


 ──膝枕。初めてやった。未来にもしたこと無いのに。


「暖かい…」

「そりゃ良かった」

「なでなでして?」

「うぉぅ…了解…」


 ──何!?なにこの背中がゾクゾク来る感じ!?


 初めての感覚だが決して嫌な物では無い。寧ろもっと感じていたいような何かだ。

 一体これは何だ!?何だというのだ!?


 ──確かめたい…いや、確かめなくちゃいけない!


 私は太腿に乗ってる久米井の頭に軽く手を乗せる。そして壊れ物を扱うような手付きで優しく撫でる。思った以上に柔らかな髪質で驚いた。


「ふぇぁ~…」

「おぅふ…」


 ──どうしよう!?あの久米井がなんか可愛く感じる!アレ!?何で!?私ってどうかしちゃったの!?


 誰にとは言わないが今一度確認する。

 私は、レズじゃ、無い。いいね?


 それはそれとして膝上の久米井を見下ろす。

 今まで話していた印象が印象だったから忘れていたが、久米井那由多と言う女の子の見た目は私から見ても可愛い方だと思う。

 年齢不相応の低身長。それに見合う幼げな顔立ちに肌の艶。少し間延びした舌足らずな声。しかしこれに見合わない大人びた雰囲気。

 クラスでは勉強一筋の変わり者の印象らしいが、持っている素材はとても質が良い。もう少し磨けばクラスの人気者となるに違いないと思う。


 ──まぁ私からすると『得体の知れない何か』って印象が強くなるわけで。


 でもこうして私に膝枕をされている様子を見ると、またガラリと認識が変わりそうになる。

 もしかしたら連日激務でその間に勉強をしないといけないから、今日というこの日が彼女にとっては初めての休暇だったのかも知れない。

 彼女の安らかな表情を見てそう思う。

 だからこそキャンプファイヤーの取り止めは彼女にとっては相当ショックなことだったんだろう。


「…お疲れ様」


 自然とそんな言葉が口から出た。


「うぅ~ん…ママァ…」

「誰がママだ。私はアンタの母親になった覚えは無い」

「うぅん…じゃあお姉ちゃん」

「私の妹は未来だけだ。断じてアンタじゃ無い」

「ケチ」


 どうやら少しずつ調子が戻って来たみたいだ。


「世話を掛けたな」

「良いのよ。ずっとあんな状態だったらこっちまで調子が狂いそうだし」

「しかしもう少し強く撫でても良かったのだぞ?妹にはしたことが無かったのか?」

「…アンタが初めてよ。意外なことに」

「そうか。それは、何だか嬉しいな」


 その時の久米井はいつも以上に柔らかな笑顔を浮かべて私を見上げていた。


 ──ペキッ


「っ!?」「え?うぇあ!?」


 後から聞こえた物音に驚いて私は勢い良く振り返り、久米井は私のその勢いに耐えきれずベンチから落ちた。


「あー…えーと…大丈夫か?」


 そう声を掛けてきたのは小森だった。


「シャーーーー!!!!」

「ステイ。ほら落ち着きなって久米井。…見ての通りよ」


 突然の闖入者に久米井は大層ご立腹だ。

 まぁ気持ちは良く解る。


「シャーーーーーー!!!!!」

「なんか悪いことしたな…」

「この子は私が何とかしておくわ。それで何か用事が有ったんじゃないの?」

「あ、そうだった。監督がお呼びだ。正確には臨時スタッフ全員をお呼だ」


 ──監督が?しかも本スタッフでは無く、態々臨時スタッフを?


「一体何かしら?」

「何かこの時間から割と手軽に出来るレクリエーションの案を考えて欲しいらしい。その為にお呼びだとよ」

「解ったわ。場所はどこかしら?」

「炊事場だ。適度に屋根や壁があって密談には最適みたいだ」

「了解。久米井を宥めてから行くわ」

「シャーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 さっきから久米井は小森に対してずっと威嚇している。しかもクレッシェンドしている。


「お…応…ワリぃ…じゃあ俺は伝えたから行くな」

「うん、ありがとう」


 小森は一足先に集合場所へ向かって行った。

 私は少し時間を掛けて何とか久米井を宥めてから向かった。

 今頃お姉ちゃんは何をしているのだろうか?

 最近になってからお姉ちゃんと遊ぶ機会が増えたため、気が付いたらそんなことをよく考える。


 那由多さんと楽しくやっているかな?

 それともクラスの友達でも出来たかな?

 もしかしたら彼氏さんとか出来たかな?

 大穴狙って小学生との禁断の恋とかかな?


 新学期になってから誕生日を迎えたのを境に何かを吹っ切ろうと思い切ったお姉ちゃん。

 その日の内に隣接世界に迷い込んで生死の境を彷徨ったお姉ちゃん。

 退院してから、今度は私と隣接世界に迷い込んだお姉ちゃん。

 気を失ってから直ぐに目覚めたと思ったら、なんか急に強くなったお姉ちゃん。


 殆ど直接見たわけでも感じたわけでも無いのに、私から見ても目が回りそうな変化がお姉ちゃんの身に起きていた。


 お姉ちゃんは少しずつだけど変わり始めてる。

 あ、いやちょっと違うかも。

 うん、そうだ。

 これは変化とは少し違う。

 これはきっと成長。

 小学生の頃から止まってたお姉ちゃんの時計が今、漸く回り始めたんだ。

 切っ掛けは何だったのかはまだよく解らないままだけど、いつか話してくれる日を心から待ってます。

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