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受け止め方を知らない謝罪と姿を見せる不安

他者との向き合い方を知らないが故の戸惑い。


欲を言うと感想が欲しい白蜜なのでした。

 5月19日(土)14:30 トレーニング後半戦

 山間サッカーコート


 休憩時間が終わり、前半でトレーニングを行ったグループが今度は見学組になった。

 サッカーコートを見ると、そこには真剣な顔をしてトレーニングに励む幸大くんの姿が見える。誰よりも一生懸命に励む彼に負けて堪るかと、周りに居る下級生や上級生達もトレーニングに励む。


「…以外と普通のことをやっているのね」

「サッカー強豪だからって何も特別なことはしていないよ。そこにあるのは基礎の積み重ねだけ。応用はまたその先のほんの少しだ」


 後半は久米井に代わって小森が私と組んで当番となった。

 ことサッカーに関しては久米井よりも仕事が早い彼が居たお陰で、私達担当したグループはあっと言う間に準備が終わってしまった。

 それもあって時間が出来た私達は、本当は良くないことなのだが、ただ何をするわけでも無く時間が来るまで駄弁っている。


「しかしアイツってスゲぇな」

「どの子?」

「今最後尾に戻っていったあのチビ」

「あぁ幸大くん」


 今は部から離れている小森だけど、サッカー推薦で入学した彼から見て、幸大くんは凄いと言われている。

 何だか自分のことみたいに誇らしい。


「今日の試合。もうちょっと早く動けてたら負けてたのは俺達の方だった訳だよな」

「そうかもね」

「正直さ。俺今のサッカー部ってなんか嫌何だよな。なんか…」

「ふーん」


 ──興味ない。


 殆ど小森から提供された話題で会話を繋いでいた私達。それもここに来て完全にネタ切れらしい。何かを話したそうに顔を上げて、でも言い出し辛くて顔を俯けて、それでも意を決して話そうと顔を上げて、と同じ動作を交互に繰り返す小森がそこに居た。


「なあ、唐竹…」

「何?」


 漸く私に話し掛ける小森。最初の頃にあった饒舌さは無く、迷子の子供のように辺りに視線を彷徨わせて『あー…』だか『その…』と言った意味があるようで無さそうな品詞が繰り返されているだけだ。


「…?」

「その…だな…」


 そうしてサッカー部の方を向いて意を決した様な表情になり──


「済まなかった唐竹!」


 ──腰の角度を見事に90°以上曲げて私に頭を下げてきた。


「…え?何?何のこと?」


 ──いや、何?ホントなに?ちょっと訳解んない。


「灰田センパイが亡くなった後のあれこれ…まだ謝れてねぇと思って……」

「……」


 ──あぁ。そう言うことか。


「ずっと変だって思ってたんだよ!何か変だって…でも周りは唐竹を悪者扱いで…気が付いたらそうしないと部にも居られ無くなってて…俺もうどうしたら良いか分かんなくなって…だから……だから……!」


 一度口にし始めたら蛇口を捻った水のように次々と小森から言い訳とも懺悔ともどちらとも取れそうな言葉が溢れてくる。

 私に対して妙にフォローが多かった理由が解った。

 ずっとこの機会を待っていたんだろう。


 ──でも私は…


「…謝らなくても良いわよ。全ては私の不注意が招いた…徹頭徹尾自分にしか興味が無かった私が招いた不幸よ」

「でもそれだと俺が──!」

「この件については私が自分なりに決着を付ける。

 話してくれてありがとう小森」

「あ…」


 トレーニングを行っているキンダーズの面々がヘルプを求めてた。今の小森から離れる口実には丁度良い。少し申し訳ないと思いつつ私はその方向へ向かう。


 ──今更よ。本当に今更。そんな謝罪を今の私がどう受け止めたら良いのよ…


 ◆ ◆ ◆


 ある者から排斥すべき魔女と言われ。

 ある者からは思い人を略奪した悪女と言われ。

 ある者からはそれを傘に良い思いをした卑怯者と言われ。

 そしてある者達からは恋人を見殺しにした人殺しと罵られた。


 彼等の顔を憶えていない。先輩と付き合ってた頃の私に対して愛想を振り撒く女子や、その私を必要以上に持ち上げてた男子のこともまるで憶えていない。

 世界にあるのは自分とそれ以外。そんな区別を付けていた私は周りに居た何かには本当に無頓着だった。


 考えてみたら、最初に灰田先輩の存在を意識したのは夕暮れの校門での告白騒動だと思う。

 そこで初めて彼と話し、思わず殴り飛ばしてしまって、そこから意識したのだろう。


 そして彼の告白を受け入れたその日を境に、私の世界に対する見方が変わった。

 見ているようで見てなかったモノ。普段見えなかったモノが見えるようになったこと。同じモノでも突然見方が変わったモノ。

 挙げ出せば切りが無い。人生薔薇色とはこう言った瞬間のことだろうとさえ思った。

 小中学校では終ぞ叶わなかった『仲の良い友達』も出来た。勉強を教える機会も出来た。部活でも先輩方から一目置かれるようになった。

 良いことの何もかもが私に向くようになった。これがずっと続くと信じて疑わなかった。


 しかし先輩が亡くなってから全てが変わった。


『お前のせいだ!!』


 この一言が全ての始まり。

 これを境に私に対する悪意は学校中に伝播する。

 羨望は嫉妬に。賞賛は罵倒に。好意は憎悪に。

 全生徒から私に向けられたあらゆる好意的な視線や感情が反転した。


 そこまで来て漸く私は理解した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。


 ◆ ◆ ◆


 同日15:30 明日見と那由多の休憩時間

 スタッフ集会場


 団体でのトレーニングが終了し、あとは夕飯まで自由時間となった。

 ここまで来ると臨時スタッフの手もそこまで必要なくなり、グループを決めてそれぞれ交代で休憩することとなった。

 私と久米井は虎魚監督からの配慮なのか、ここでもまたコンビを組ませて貰っている。


「さてと。待ちに待った私達の休憩時間だが、大丈夫かい明日見くん?」

「……え?何が?」

「話が上の空だったみたいだが…本当に大丈夫かい?」

「えっと…何の話だっけ?」

「ハァ…じゃあまた一から説明するから最後まで聞き賜え」


 例の如く纏めると以下の通り。

 折角の公的な自由時間だ。このタイミングで森について調べられることをとことん調べ尽くす。

 以上の二言で纏まった。


「念の為想装は何時でも取り出せるようにしておくと良い。では行くぞ!」

「おー」


 掛け声と共に右腕を突き上げたので、私もそれに習う。

 ちょっと楽しい。


「まず確認するべきはどこだと思う?」

「先ずはここの管理人さんとかじゃ無い?アンタの身分証明書?みたいな物が有ればある程度は聞き出せると思うのだけど」

「やっぱりそれ位しか無いよなぁ」


 私と久米井は管理人の詰めている小屋へと向かう。

 しかしそこに有ったのは意外な光景だった。


「え?居ない!?」

「この様子だとちょっとトイレにーとかそんな様子でも無いみたいだな」


 まだ日が高い中、受付の窓口はシャッターが降りている。そこには『暫く休業します』の張り紙が一枚貼り付けてあった。


「ちょっと…いきなりこれってどう言う事よ!?」

「……今上に確認を取って貰ったが、この休業それ自体は行政にキチンと届け出ている正当な物で間違いないらしい。再開日は未定。そんでもって土地代などは自腹で全て賄うつもりだそうだ」

「どこにそんなお金があったのよ…」

「知らん。しかし初っ端から出鼻を挫かれたな。この事態は流石に予想外だ。ここで行われてきたあれこれを一番把握していた立場の筈なのに、その情報源が丸っとここから消え去ったか?」


 私もお手上げかもしれない。でも何か考えないと。なにか…


「あ、監督」

「ん?あぁ確かにここを借りたのは監督だな。なら話を聞くことは出来るかもしれない」

「ちょっと探してくる!」

「私はここでやることがあるからあとで合流しよう。場所は集会場で」

「了解!」


 胸騒ぎがした。

 久米井の話を聞いている間の私は、何処か遠い出来事の話のように聞いていた。テレビの向こうで報道されている何処かの国の戦争や何処かの地域で起きた事件のように。

 つい最近まで自分が一番当事者に近い立ち位置に居たのを忘れていた。

 キャンプ場管理人の明らかに早すぎる退勤と突然の休業。

 森の入り口にあった明らかに向こうに居る何かを意識したような有刺鉄線付きフェンス。

 そして最近になって起きたキャンプ場敷地周辺の傷害事件。

 しかしそれらは一般には知らされず、また関係者から正式に注意喚起もされていなかった。


 ──馬鹿だ私は。久米井はずっと警告していたのに。


 これが私や久米井だけだったらまだ良い。でも万が一この合宿関係者に何か有ったらどうすれば良い?

 責任を負わなくて良い立場に居る私でも何かを知っていて、行動するべきだったときっと後悔する。


 ──もう私の周りで誰かが傷付くのを見るのはゴメンだ。


 事態は既に動き始めている。今はまだ大丈夫でもいつか必ず何処かで綻びは生じる。そうなってからでは遅い。

 私は自分の中で膨れ上がってくる不安を振り払おうとひたすら走る。

 せめて監督にはこの事を知らせる必要があると思うから。

side NK


「行ったか。なら此方も仕事に入ろう」


 この先はガチ犯罪だから明日見くんには見てほしくなかったからね。彼女の方から離れてくれて丁度良い。


「テレレレッテレ~♪ピッキングツ~ル~♪」


 ホイヨここはこうしてあそこはカチャカチャ。


「む?以外と手強いな?となるとここは…」


 アッソ~レこっちをクチュクチュっと。


 ──カチャン


「ふ~…やっと開いた」


 しかし妙だな。人里離れているとは言えここは立派なアミューズメント施設だ。セキュリティーがしっかりしているのに越したことは無いが、それにしたって頑丈すぎる鍵だった。

 一体何を隠してる?


「まぁ入れば解るさ。と言う訳でお邪魔しま~す」


 さ~て家捜し家捜し。某RPGの勇者の如く家捜し家捜し~っと。


「……特に何の面白みもねぇな。あと気になるのはそこにある如何にもな金庫だけだが…」


 管理人詰め所の休憩スペースの奥の奥。まるで見つかると不味いと言わんばかりに隠された小型の耐火金庫が見つかった。


「鍵は無しで番号の入力だけと…でも手掛かりも何も無いし…うーん…」


 ──うん、解らん!


「取り敢えず部屋を元の状態に戻してっと。あとは明日見くんを頼るか」

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