対峙
嫌な女ってどうやったら表現できる物か。
5月19日(土)12:45 食器・調理器具洗浄時間
スタッフ集会スペース
「……」
「……」
それぞれ違うテーブル席に着く私と藤原さん。
会話は無い。きっとお互いにそんな気も無いだろう。
それに加えて私はスマートフォンの音ゲーを起動して『話す事なんて無い』のポーズを取る。
藤原さんは何をするでも無く椅子に座ってぼんやりしていたようだ。
「……」
「……♪」
──良いぞ!その調子だ!今日の私は最高にノレている♪
今週になって配信された新曲。過去最高の神曲にして過去最凶の譜面とされる曲。サビに突入した途端にノーツが溢れかえって突破が困難とされる一曲。動画でもチラッと見たが、この世の終わりのような光景が見えた。あり得ない速度で、あり得ない量で流れてくるノーツは一枚の荘厳なタペストリーにも見える。正に『神』の一言で全て表現できていると言っても過言では無い出来だった。
でもこの調子なら初挑戦で最高難易度の譜面をパーフェクトでクリアすることも夢じゃ無い!
──いいぞ!いいぞ!
「ッシャアアアアアアアアアアイ!!!!」
「うわビックリした、何よ…」
──やった!勝った!仕留めた!私が一番だ!
「ふー…もう思い残すことは無さそう…」
「だったらそのまま死ねば良いのに…」
きっとそれは思わず漏れてしまった心の底からの声だったのだろう。慌てて口を塞いでいたが、それは私に対する怨嗟に塗れた声音だった。
「うーん…やっぱり生憎だけど、まだ死ねない理由は沢山有る。だから今ここで死ぬのは少し勿体ないわね」
「…っ!」
向こうで藤原さんが椅子から立ち上がる気配があったが、すぐに座り直したようだ。
暫くして再び彼女が口を開く。
「良くここに来ようなんて思えたわね」
「そうね。私もそう思う」
「逃げた癖に」
「そうね。本当にそう思う」
「私達が怖かったんでしょ?」
「今もそうよ」
会話とも呼べない何かの応酬は続く。藤原さんの言葉は私に対する怨嗟に塗れていて、棘も粘りも強い。しかもそれ等全てが私に思い当たることばかりなので余計に精神が苛まれる。
いつからだろう。入学したての頃はもっと優しい印象だったはずなのに。私は彼女に何をしたのだろうか。
「どうしてここに来ようなんて思ったのよ」
この一言と共に先の応酬は終わりを告げる。
「ここって?」
「サッカー合宿。貴女にとっては近付きたくも無い場所の筈なのにどうしてここに来られたの?」
「……」
その問いに対する明確な答えを、私はまだ見付けられていない。
ひょっとしたら見つからないまま終わることもあり得る。
それでも私が来た理由は…
「…ツケが回ってきたから。かね~」
「ツケ?」
「人間ってさ、面倒なことややりたくないことを後回しにし続けてたら、それがどんなものであれ巡り巡って纏めて自分に返ってくるの。
その精算をしに来たって感じかしらね。よく解んないけど」
「フーン…貴女ってそんなこと言う人だったのね」
それっきり私達の間に会話は無い。
久米井に追い出された手前、炊事場に戻ることは何となく憚られる。あんな事でこれ以上説教は喰らいたくない。
他に何か時間潰しになる物は無いかと考えたが、流石に超高難易度楽曲の譜面もクリアした後でまた別のゲームをする気は起きず、そう言えばとこの前未来に紹介されたネット小説を読んでみることにした。
時間を潰すことは出来たが、感想の方は言わずもがなである。
◇ ◇ ◇
同日13:45 トレーニング後半
山間サッカーコート
「少しばかりハプニングは有ったがこれは僕も含めて良い経験になった物だと思う。子供の頃に土間で火を焚いて美味い飯を作ってくれた天国の婆ちゃんに大いに感謝を!そして禄に手伝わずに遊んでた事を謝罪を!ごめんなさい!そしてありがとう!お前等も家の手伝いはキチンとやろうな!じゃないと僕みたいな大人になっちゃうぞ!」
『はい!』
「…だからこの入り方何なの?」
「あの監督の趣味が多分に入っているだろうが、恐らくは人心掌握術の一環だろう。最初の方でああやって親しみを持たせ、教え子達が自分に声を掛けやすい環境を作ろうとしてるんだろう。そうやって見ればあの監督は生徒思いの良い先生なんだろうよ」
想装持ちというのは、観察した人間の人となりを何となく見抜く力でもあるのだろうか?
だとしたら私は彼女にどう見られているのだろうか?
「さて、それじゃあ午後の説明に入る。午後はサッカー部とキンダーズはそれぞれでトレーニングを行って貰う。午前は最初の内は合同だったからな。午後はそれぞれのトレーニングメニューを前半チームと後半チームで別れて行う。
さっき見た所、やはり場所と時間が厳しかったからな。スタッフが非道く疲れてしまっててな。お前達にとっては少し物足りなく感じるだろうが、彼等の負担を少しばかり減らすためにこうして分けさせて貰った。
だが休憩チームもただ休むわけでは無い!
休憩中のチームにはトレーニング見学を行って貰う!そこで培われているノウハウを見て学び、そして盗め!それらはきっとお前等の糧となる!」
『はい!』
「さて、ではチーム編成の張り出しだ。前に張り紙を出すからその指示に従うように。何か有ったら僕に言え。では開始!」
こうして午後のトレーニングが始まる。
元々のスタッフやキンダーズの子達もこういうことには慣れているのか、張り紙を確認して直ぐに持ち場に着いていった。
私達臨時スタッフはそんな彼等の動きの良さに圧倒されながらも自分達の職務を全うしていく。きっと元々良い子達なんだろう。編成された内容に不満の声が漏れることは無く、それどころか皆楽しそうに談笑している。幸大くんの姿もその中に見えた。
「なんかこうしてみると訓練が行き届いた少年兵みたいな印象を受けるな」
「あんたが言うと冗談に聞こえないからやめて」
「すまん」
「まぁ気持ちは解らなく無いけど」
午前のときより速やかにトレーニングの用意が終えた私達は皆の飲料水の用意をする。
一生懸命に励んでいる彼等を支える命の水を作っていると思うと少々どころかかなり気合が入る。何故だろうか?
「明日見くんはひょっとしてロリコンかショタコンなのかね?」
「何故そう見る?」
「最初は気のせいかと思ったが、キンダーズの面々を見る君ってなんか鼻息が荒い気がしてな」
「それこそ気のせいよ」
因みに材料はスポーツドリンクと水。それをウォータージャグの中で混ぜ混ぜするだけで作れます。普通のスポドリだと糖分や塩分がちょっとだけ濃くて、水分補給が難しい。おまけに濃いと飲めない子も居るからこうやって薄めるみたい。私も結構好き。
「簡単とか言っておきながらかなりの重労働だぞこれ…」
「私達にはあまり関係ないでしよ?」
「まぁ本来ならそうなんだけどさ…」
隣接世界で魔物を倒せば。いや殺せば何故かその分だけその本人が強くなる。当然私達は既にその恩恵を受けているのでこの程度の力仕事は何ともない。
その筈なのに何故久米井はそこまで息が切れているのだろう?意識的に力を制御できている?だとしたらどうやって?
「君の顔を見るに『何故?』と訊きたいようだな」
「まぁ隠す理由は想像できるけど、どうやってるの?」
「あ、そう言うことか。うーん…困った。どうやって説明すれば良い?えーっとぉ…」
私の聞きたいことを察した久米井は説明する言葉を探すように唸る。やや時間が経ってタンク一つの中が薄めたスポーツドリンクで一杯になった頃。
「AWSAは一応秘密組織だからさ、ダイバー達を含めた実働員は市井に赴く際にある一定の安全装置のような物が掛けられるんだ。自分の意思で解除することは可能だけど、その為にはちょっと恥ずかしい事をすることになる」
「安全装置ねぇ。でもその割にはアンタって結構動けてるわよね?」
でないと昼休みのチャイムが鳴った直後に私の教室に来られるとは思えない。
「私の場合は年期が違うからな。あとは私の教室の真下が君の教室だったりする」
「嘘!?全然知らなかった!」
「あとは予め廊下の窓を開けておけばワンチャンそこから階下へ降りることも可能なわけだ」
「向かいの棟の教室から見るととんでもない物が映っていそうね…」
そこまで聞いてふと気になったことを質問してみる。
「その安全装置ってさ、他に外す手段があるの?」
「隣接世界へ行けばいやでも外れる。その瞬間はよく解る」
思ったよりも簡単だった。
そこまで久米井と話をして一旦会話が途切れる。キンダーズやサッカー部達の休憩時間が来たからだ。
キンッキンに冷えた薄味スポーツドリンク入り紙コップを片手にわいわい談笑している。私や久米井と遊びたいのか、頻りに手を引っ張ってくるキンダーズの子供達も居た。
流石に二人揃って持ち場を離れるわけにはいかない私と久米井は、それぞれ交代でベンチに残って彼等の相手をすることに。
その時にやった鬼ごっこでは、私が鬼になった途端ものの数分で決着が付いてしまった。
私は遊ぶときは全力を出すのだ!とちょっとだけ苦しい言い訳をして事なきを得る。久米井からは冷ややかな視線が寄越された。
久米井と交代したら、傍目には『良い勝負』をしているように見えた。けれどあれだけ長く速く走って息一つ乱れないところを見てると、本当に安全装置が機能しているのかと疑問に思わざるを得ない。
「いやぁ、ちびっ子共はどうしてこう見た目に依らず体力が多いんだろうねぇ…」
休憩終わりに私の所へ戻って来た久米井はそう言った。
「ところで久米井」
「何だ?」
「恥ずかしい思いって?」
「聞くな」
「え?でも──」
「聞くな」
「いやだって気になって──」
「聞くなと言っている」
「でもなんか気になって──」
「それに、ついては、何も、聞くな。OK?」
「お…オウケイ…」
「よし。この件は一旦忘れろ」
「でもやっぱり──」
「何も、聞くな。良いね?」
「ア、ハイ」




