心境の変化
Let's! Fireeeeeeeeeee!!!!!!!!!!!!!!
その後も私達はキンダーズとサッカー部のアシスタントを続けた。
これが中々の重労働で、走り込みはキンダーズとサッカー部とがごっちゃになって出来てたから良かった物の、そこからの基礎鍛錬は両グループとで全く異なるため、それぞれの為に練習道具を急いで持ってこなければならない。
わがクラス委員長である藤原さんとサッカー部だが復帰試験(?)だとかでスタッフとして来ている小森君はかなり手慣れた様子で準備をしていた。
二人の見様見真似で何とか私も準備が出来たものの、お世辞にもうまく出来たとは言い難く、それに気が付いた小森君に手伝って貰って何とか準備が出来た。
お礼を言ったら彼から『別に…』と言う返事を頂いた。ふむ?これは一体どう言う事だろうか?
一方の藤原さんからは侮蔑満載の眼差しを頂きました。わっかりやすーい。
その事を久米井に話したら『ほう?何も言わなくても手伝って貰えたとはいいご身分だ。こっちは最後までやり方が解らず途方に暮れていたところ、監督直々に指導を頂いたよこん畜生め』と言う悪態を貰った。
5月19日(土)11:30 昼食作り
キャンプ場炊事場
「良い子のお前等、良く聞け。今から私こと久米井那由多が正しい火起こしという物を見せてやる。これを憶えとけば、山や無人島で遭難したときも迅速に且つ効率よく火を起こせるようになる。そうなれば救助も早くなるし、何よりその辺で採ってきた食材を美味しく調理できる。お前等は今ここに人類が持った原初の叡智に触れるのだ。ただしやるからにはお前等には最後まで責任を取って貰う。それでも良いか?」
『よろしくお願いします!!』
「粋やよし!やるぞ!」
「何なのこれ…」
予め断っておくと、火起こしについては義務では無い。これは全くの予定外の行動。しおりにはこんな事は一言も書かれていない。全て久米井の独断による物だ。
午前のトレーニングを終えてキャンプ場に戻ってきたサッカー部とキンダーズは、合宿の目玉の一つであるお昼のカレー作りに取り掛かろうとしていた。
貸し出しのコンロも有るし、食材も問題ない量が揃っていた。後は家でカレーを作る延長線で行けると思った矢先。何をトチ狂ったのか久米井は速攻で薪を採りに行き、火まで起こし始めた。
後は何となく解ると思うが、キンダーズの面々がその様子をキラキラした目で見ていた。本格的なところが何となく大人っぽかったのかも知れない。しかも見た目だけは私達よりも遙かに幼いから、余計に親しみが湧くのだろう。
こうしてあれよあれよと言う間に人は集まり、ついにはサッカー部やスタッフの一部までもが彼女の火起こし講習に参加していた。
「ほう?面白そうだな!僕も入っても良いか?」
「これは監督。此方は来る者は拒まずのスタンスだ。ただしやるからには出来るようになって帰って貰うぞ」
「望むところだ!」
ついには監督まで抱き込んだぞアイツ。って言うかお昼は?ありゃ何も考えて無さそうだ。
「あー…なぁ唐竹」
「小林?どうかしたの?」
午前のトレーニングで仕事を一緒に熟した辺りから話す機会が増えた小林が私に話し掛けてきた。
「あの久米井って言ったか?アイツっていつもあんな感じなのか?」
「知り合って日も浅いアイツのことを私が全部知ってるわけ無いじゃない。寧ろ私が知りたいことが多いわよ」
──まぁ、それについてはアイツから話すのを待つか。
「そっか。そうだよな…」
「知りたいと言えば、どうして小林は私に話し掛けてきたの?仕事なら兎も角、こういうタイミングで話し掛けてくるのはちょっと意外ね?」
「え!?あー…まぁ確かにそうだな」
「教室ではそう言うことは無かったのに、どう言う心境の変化かしら?」
「…そんな大したことじゃねえ。ただいつになったら昼飯にありつけるのか、みたいな世間話だ」
「確かに…私達はいつになったら食べられるのかしら…」
──グルルルゥ…
「考えてみたら私達今日一日ずっと動きっぱなしだったのよね…」
「俺は改めてトレーナーやインストラクターのありがたみを実感した…」
炊事場の方を見ると、竃からちらほら灯りが灯っているのが見えたり、煙が出ているのが見えた。それに伴って美味しそうな匂いも漂ってくる。
「私達も行きますか」
「ああ…」
そう言って私達は班ごとに分かれて調理を行う合宿メンバーを尻目に久米井の下へ向かう。
「おや?明日見くんも参加するかい?」
「しない。ところでその薪ってどこから調達してきたのよ」
「受付で一束300円で売ってたぞ」
「急に夢が無くなったわね…」
「で、そんなことを聞きに態々私の所に来たわけでは無いんだろう?」
「まぁね」
調理場に置いてあったカセットコンロにガスボンベをセットしながら久米井に訊く。
「最初にアンタの持ってきた燃料。アレってどこから採ってきたの?」
「ちょっと森の方までな。フェンスの手前でも割と落ちてる物だよ」
──やっぱりか。
「入る方法でも探してた?」
「この短時間で更に人目の多いところでそんなことを気にするのは難しいな。精々穴が開いていないかをそれとなく見回すことしか出来ない」
「アンタほどならそのフェンスも楽に飛び越えられそうな物だけどね」
「君は私を何だと思っている?」
「超人」
「剣聖だ」
「どう違うのよ?」
「今に解る」
水と具材を入れた鍋をカセットコンロに乗せて火を点ける。暫くして煮立ち始めた。
「さっきアンタに子供達が付いていって薪を採りに行ってたけど、あの子達を危ない目に遭わせることだけはしないで頂戴」
「私は十分注意しているさ。それに日常には危険が一杯だ。今更一つや二つ増えたところでそう変わるまい」
「ああ言えばこう言う…」
「何とでも言い賜え。私は私の思うように生きて居る」
具材が煮立ったところでルーを溶かす。
「しかし一から火起こしをした後でそれを見てしまうと…」
「何?便利すぎて泣きそう?」
「そうなんだよなぁ…」
「え?」
そうして私達は自分達の分のカレーを作り終え、美味しく頂いた。
午前の疲れが嘘のように取れ、更に午後に向けての活力が沸いてくるのを感じる。
先程の久米井の言葉はこの時点で頭からすっかり飛んでいた。
◇ ◇ ◇
同日12:30 後片付け
キャンプ場炊事場
私達は忘れていた。
便利な生活に。
手間の掛からない生活に。
冷たくて痛い思いをしなくて良くなった生活に。
文明の利器にドップリ浸かって育った私達はそれを忘れていた。
その名を『煤洗い』と言う。
「うわ!黒!」「落ちねえ…全然落ちねぇ…」「うわっ!?石鹸が真っ黒!?」「もう洗剤が無いよーー!!」「うおぉおおおお!!!僕はやるぞおぉぉぉおお!!見ててくれ天国の婆ちゃあああああん!!!!」etc.
「君達はちゃんと私の話を聞いていたのかね?『やるからには最後まで責任を取って貰う』だぞ?見ていてやるから最後まで頑張れ」
「アンタが招いたことなんだからアンタも責任取って最後までやりなさい」
「自分の分は終わらせた」
「せめて難しそうなところは手伝ってあげなさいよ…」
現在、当初の予定を大幅に遅れている。
理由は見ての通り食後の後片付けで大苦戦しているところだ。
これが思いの外時間が掛かり、まだ全体で見ても半分も終わっていないという有様で、終了の予定は約1時間後となってしまった。
幸だったのは虎魚監督が率先して行っているお陰で全体の士気が落ちていないところだろう。
そうで無いと今日はトレーニングどころでは無くなる。
「明日見ねえちゃーん!ちょっと助けてー!」
「解った今行くー!」
幸大くんから名指しでヘルプが来たので私はそっちへ向かう。
「…ん?あれ!?ちょっと待て明日見くん!君は事ここに限っては絶対に手伝っちゃダメだ!!」
後から久米井が何かを言っているがどうでも良い。
「ここのススがぜんぜん落ちないんだ」
「あぁここかぁ。ここはこうやって力を入れると…」
「待て!明日見くん待って!止まって下さい明日見さーん!!!」
──メリッメキッ
「あれ?」
「うわぁー!明日見ねえちゃんスゲー!」
「守れなかった…」
家で洗う鍋やフライパンとは勝手が違うせいか、一つをダメにしてしまった。具体的には取っ手が曲がったり鍋の底が尖ったり。
「あれれ~?なんか失敗しちゃった~。アハハ…」
「兎に角明日見くんはここから離れろ。今のは誰かに見られて良いものじゃ決して無い」
「わ、解った」
そうして私は炊事場から追い出され、スタッフの集会場を兼ねたテーブルスペースに戻った。そのテーブルの一つに
「あら。唐竹さんじゃない。こんな所でどうかしたのかしら?」
藤原さんが居た。
「やれやれ…えっと君は確か幸大と言ったか?」
「うん!ねえちゃんは明日見ねえちゃんの友達?」
「如何にも。私は唐竹明日見の親友第一号久米井那由多一年生だ。以後よしなに」
「おれは明日見せんせいのせいとだい一ごう星野幸大三年生だ!よろしくな!」
「うむ、よろしく。所で君は明日見くんとはどこまで行っている?」
「いってる?この後いっしょに遊ぶ予定だぜ!那由多ねえちゃんは?」
「私か?私は暇を持て余しているな」
「じゃあいっしょに遊ぼう!」
「良いのか?二人きりになれるようにセッティングも出来るぞ?」
「おれならだいじょうぶ!」
「そうかい」




