自己紹介だ!
自己紹介だ!それ以上でも以下でも無い。
5月19日(土)07:00 合宿開始
十六夜山間キャンプ場
「よし!みんな到着したぞ!ここが今回の合宿所になるキャンプ場だ!この後は君達に今日の僕たちの寝床となるテントを建ててもらう!年長組は率先して取り組むように!何か困ったことがあったら、僕やスタッフの皆さんに訊いてくれ!全員のテントが建て終わったら休憩する!それじゃあ開始!!」
『よろしくお願いします!』
テント設営スペースに合宿主催者の張りのある太い声と参加メンバー達のよく通る大きな声が響く。掛け声と共に指定されたスペースに向かって走り出していった。
「ふぁ~…どうしてこうなった…」
「教師覚えの良い己を呪いえ」
眠い眼を擦ってこれまでの経緯を簡単に振り返る。
確か私は今週の初め。その放課後にのりこ先生に通常枠でスタッフの応募をすることを話した。そうしたら何故かその日の内に採用されて本日朝5時に学校へ向かって今に至る。
──うん。最高に意味が解らない。
「まぁ給料はしょぼいが充実した二日間になることは間違い有るまい」
「これで給料ショボいって、バイトなんて大体こんな感じよ?アンタどんだけ高給取りなのよ?」
「ざっと数えてこれ位」
そう言って久米井は右手をパーにして私に見せる。
「えっと…五万円?」
「桁が一つ増える」
「たっか!?ってそこから所得税やら保険料やらが引かれたらもうちょっと低いか?」
「諸々差し引いた結果がこれだ。求人票に記載された場合、基本給はこれよりもう少し多い」
「嘘でしょ!?」
「おまけに成果次第では諸々手当も付いて更に多くお金が入る。
その代わり休日は不定期で常に命の危険が付き纏う。私としてはこれでも安いくらいだ。その癖上に居る管理職組はもっと高い給料を貰っていると来た。不平等この上ないぜ全く…」
「あ…あー…はい…」
秘密組織の光と闇を見た。
「おいそこの二人!あっちでヘルプだ!こっちは今手が離せないから対応してくれ!」
「あ、はい!」「了解した」
◇ ◇ ◇
同日07:30 テント設営後
スタッフ集会スペース
テントの設営が終わって、スタッフ達による確認が全て取れた。それを合図にちびっ子達とサッカー部員は自由時間に入り、私たちは数名のスタッフを残して集会場へ集まっていた。
場所はお昼と晩御飯の調理を行う炊事場。その近くに在るテーブルスペースで行われていた。
「さて、決して多くは無いが数々のトラブルは有ったが、月校生サッカー部やスタッフさんの力添えも有り例年より早くに設営が終わった。
この場を借りて感謝を。本当にありがとう!」
そう言って今回の合宿の主催者が頭を下げた。
「では、ここからは行きで出来なかった挨拶などを進めたいと思う。何せ何人かのメンバーが遅れて到着してしまってかなりバタバタしたからな。お陰でああして全員を迎えることが出来たのはよかったとは思う」
そう言って彼は、休憩時間なのを良いことにテント周りで好き勝手遊び回っている小学校低学年くらいのチームメンバーに視線を向ける。
よく見ると幸大くんが彼等を追い回している。何でだろう?
「行きでは名簿確認程度しか出来なかったからここで自己紹介と行こう。僕は虎魚龍一。今回の合宿の主催者にして望月キンダーズ監督を務めている。呼び方は呼びやすい方で良い。困ったことが在れば何でも訊いてくれ!」
彼の自己紹介を皮切りにそれぞれスタッフの自己紹介が始まる。
彼等は何度もこの流れで始まっているのに慣れているのか、スムーズに事が進んでいった。
本職のスタッフの皆さんは、皆が皆プロって言う雰囲気を放っている。彼等の足手まといにならないよう気を引き締めなくては。
「月ヶ峰高等学校から臨時スタッフとして参りました二年の藤原蘭です。本日から二日間、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」
「あ、えっと同じクラスの小森楽ッス!えっと…ホントはサッカー部なんスけど、今日から二日間スタッフとしてお世話になります!」
本スタッフの自己紹介が終わって臨時スタッフの自己紹介に入った。因みにテーブル事に自己紹介を行っているため、私たちの順番は後の方だ。
「最初の二人は君と同じクラスだったな。そして一人はサッカー部員。何か有ったのか?」
「私に訊かれても困るわよ…」
「だろうな」
「なら何故訊いた…」
こうして段々自己紹介が進んでいき、最後に私たちの番が来た。
「月ヶ峰高等学校から臨時スタッフとして参りました、唐竹明日見です」
「因みにレズです」(滅茶苦茶可愛い舌足らずな声)
「ちっげーよ!余計な茶々入れんな久米井!…ゴホン。今日から二日間よろしくお願いします」
「いやレズじゃ無いにしては君の妹に向ける視線は少々──」
「それ以上言ったらその口縫い合わす…!」
「ゴ…ゴメンナサイ…ヤベーよこの女本気だ…」
私の自己紹介に余計な物が混ざったせいで一瞬場が冷え切った気がする。
「あ、あー…明日見くん。そのー…愛の形は様々だからな!うん!ただこの期間は少しだけ自重して──」
「いやだから違いますからね!?私は至って普通です!ノーマルです!!」
「ハハハハ!冗談だ。気を悪くしたなら申し訳ない。しかし第一印象は中々クールそうに見えたが、意外とそうでも無いのか。ふむ?よく見ると君からは何かの熱意を感じる。中々見所がありそうだな…今日から宜しく!」
「あ…はい!」
なんだろう?どうしてこの人は私にそこまで反応するんだろう?私の中にある熱意?考えたことも無かった。もしかして私の持つ想装の答えがそこに?
「よし!後は君で最後だ」
「はい。朝にも軽く行いましたが、改めて自己紹介をします。
月ヶ峰高等学校から臨時スタッフとして参りました、一年の久米井那由多です。本日から二日間よろしくお願い致します」
──この場では猫を被るのか。どう言う基準だ?
「明日見君とは仲が良いようだが、学年も違うのにどうしてだ?」
「実は私、5月に編入したばかりでして、校舎に入った途端に迷子になったのです。その時に助けて頂いたのが先輩でした。先輩からは楽に接して良いと仰って貰いまして、それ以来お互いにタメ口で罵り合うことの出来る仲となりました」
「待て。お互いタメ口なのは確かにそうだけど、罵り合うことはあったか?」
流石にそこには物申したい。
「偶には喧嘩もするだろう?」
「主にお前が余計なことを言うせいでな…」
「いやぁ失敬失敬。と言うことなのです」
「ハハハハハハハハ!良いなぁ!本当に面白い!今回は明日見君と一緒に?」
「まぁそんなところです。出来れば先輩と同じところでお願いしたいのですが、可能でしょうか?」
多分私と今後のことについて色々話し合いたいのだと思う。私と同じ場所に居ればこっそり抜け出しても誤魔化しが利くだろうという打算もきっと込みだ。
「うーん…今回は広いスペースをとっているから、一緒というのは難しいだろうな。まぁこっちでもまた調整はしてみる。あまり期待はしないでくれると有り難いかな」
「元々は此方が無理を言ったことです。最終的にはお任せします」
「そう言ってくれて助かる」
そうして私たちの自己紹介は終わり、これからのことについての話し合いとなった。
注意事項の共有。練習時の配置。火の熾し方。煤洗い等々様々な事項に渡り、それらを終える頃には自己紹介を終えてから時計の短針が半周していた。
「コラーー!!そっちに行くなーーー!!」
「幸大が来たぞ!逃げろーー!」
「待てーーー!!」
──10分後。
「「「ぜぇ…ハァ…ぜぇ…」」」
「ふぅ~…やっと終わった…」
「また幸大に負けたー」「なんかいつもよりはりきってね?」「どうして?ねぇどうして?」
「ヘヘン♪今日と明日はおれのいいところを見せないとだからな!」
「どうしたんだホントに?」「すきな子でも来た?」
「バッ!?ちげーし!?」
「「「ずぼしだー!」」」
「ちげーっての!!」
「幸大がおこった!」「つかまるぞー!」「にげるぞー!」
「待てーーーー!!!!」




