人手が足りない
真面目で不真面目。どっちもやるのは大変だ。
5月9日(水)16:00 帰りのホームルーム
明日見の教室
「YAHOO☆みんな元気かな~?んー?元気が無さそうだな~もう連休は終わってるぞ~?五月病も大概にしとけ~?それとも宿題そっちのけで遊んでたとか?あ、それは月曜日に全員提出したのは確認されてたか。失敬失敬♪みんなゴメンね☆」
「ウザ…」
帰りのホームルームで、五月病真っ只中の私達を盛大に煽るのりこ先生。それと誰かは分からないが、心で思ってもそう言うことは口にしてはいけない。でないと…
「ん~?誰かな~?今私の悪口言ったのだ~れ~か~な~?」
声のトーンはそのままで、真顔になってゆっくり教室を見回すのりこ先生。下手なホラー映像よりも怖いと感じる絵面だ。うっかり口にしてしまった生徒は気が気では無いだろう。何度も死の恐怖を経験した私ですら怖いと感じている。
──コツコツ…
「君かな~?それとも君かな~?はたまた君かな~?あーやっぱり君かな~?」
教室内を歩きながら生徒ひとりひとりの顔色を確認して回るのりこ先生。
あ、次私だ。
「んー?君かな~?あれあれ?この感じは違うかな~?…飽きた」
急に声を低くして私の下から立ち去るのりこ先生。ここで急に顔と声を一致させるのはやめて欲しい。いやマジで。
「まぁ何となく当たりは付けてるからこのままホームルームを始めちゃうわね。
朝にも伝えてたと思うけど、今日はちょっと大事な話があるのよ。と言う訳で前の席に座ってる子達は今から配るプリントを後ろに回してね~」
クラスの人数分のプリントの束から列毎に枚数を分けて一番前余席の生徒に配られる。順番に回ってきて、最後に窓際一番後ろの席に居る私に回ってきた。
『望月キンダーズ・月ヶ峰高等学校サッカー部合同強化合宿臨時スタッフ募集のご案内』
プリントの見出しにはそう書かれていた。
「みんなにプリントが回ったみたいだから説明するよ。
プリントには長々と色々書いてあるけど、まぁ要は『人手が足りないから助けて!』って言っているのよ。ただ、チームの運営元が元だからボランティアとか言ってタダ働きさせると何かと外聞が悪いみたいなのね。
っで君達の知り合いや家族の方に向けてこうして臨時のスタッフバイトの募集が来たって訳。枠はそれなりに設けてるけど限りが有るから早めにね♪是非!って子は私に声を掛けてね~。
あぁ因みに小森くんは強制参加よ」
「え!?いきなりなんで!?」
小森。確か名前は小森楽と言ったか。
「君は去年の騒ぎで謹慎処分を喰らってたわよね?サッカー部推薦とは言え、あんな騒ぎに加担した以上は普通だったら退部物なのよ?でもここはある意味では普通じゃ無いから君は退部にならず謹慎程度で済んでた。これはいわば復帰試験のような物よ」
「あー…なら納得っす…」
アイツサッカー部の推薦で入学してたのか。でも掲示板に張り出される定期テストの順位表には名前が見当たらなかったから成績はそれ程では無いのかもしれない。
「っと言う訳で、お知らせは以上!終わり!日直号令~♪」
「起立!」
そうして今日の分の授業とホームルームが全て終わり、私達の一日が終わりを告げる。放課後の喧噪が学校中を満たしていき、積極的に輪に入る生徒とそれらに背を向けて目的のために歩を進める生徒とで別れていく中、何となく私はそのどちらにも入らず先程のプリントをもう一度見返していた。
◇ ◇ ◇
5月10(水)12:00 昼休み
明日見の教室
「ハァー…何なんだいあれは…」
「昼休みが始まるや否やいきなり教室に入り込んで隣の席に勝手に座って開口一番それかい…何か有ったの?」
「昨日が終日集団行動なんて聞いてねぇよ。お陰で碌な調査が出来なかった…」
「それは…なんと言うか…ご愁傷様?」
今までの会話で何となく状況は理解できると思うが一応説明しておく。
今日は久米井が日帰りキャンプへ行った翌日と言うことになっていて、私はその時の成果報告という名の愚痴を聞いている。
いきなり自分達の教室にやって来た尊大な口調で話す後輩女子とそれの相手をする私は周囲から奇異の視線で見られていた。
「テントの設営、炊事の面倒、その後片付け、更におまけでクラス対抗レクリエーション。それが終わったら自由時間という名の撤収作業と帰り支度。
抜け出す暇が禄に無かった…」
「あぁーそんなことやってたわねぇ~」
「君が禄に説明してくれなかったからこんな事になってるんだぞ!?」
「そもそも私は何をやったか憶えていないし、それにそんな理由で責められる言われも私は無いと思うんだけど?」
「…スマン…八つ当たりだった」
一旦区切りになったところで自分のお弁当箱を取り出す。
「ほう?今日は弁当か。手作り?」
「一応手作り。未来のお墨付き」
「成る程、それは期待できそうだ」
朝早く起きて朝食のついでに作ったお弁当。未来からも美味しいと言われて楽しみにしていたお昼。
お弁当箱の蓋を開けるとそこには楽園が広がっていた。
「煮物、生姜焼き、季節の彩り野菜にそれに掛かった唐竹家特製ドレッシング、カットフルーツ、それと白米にこれもまた手作り振りかけ。
自分で見てラインナップを口にしてみたが、ホントに全部手作りなのかこれ?」
「なんか、練習してたら色々出来ちゃった」
最近はまた食べる量が増えたため、これで満腹になるかどうかってところ。
「では私も頂くとしようか」
久米井はどこに仕舞っていたかが謎な大きめの弁当箱を取り出して私と同じように蓋を開ける。
「コンビニ弁当詰め合わせ?」
「買った方が早い。最近は忙しくて自炊する暇が無いのだよ…」
中身はその辺のコンビニで売っていそうな物がかなりの量で詰め込まれているだけだった。
「「いただきまーす」」
昼休み特有の喧噪に包まれた教室に嫌われ者と尊大な後輩の食事の挨拶が響く。
かなりの量があったはずなのに、瞬きする間に弁当箱の中身が減っていく。全てが無くなるまで10分と掛からなかった。
「「ご馳走様~」」
あっと言う間の昼食だった。
「あぁそう言えば聞いたぞ。ここのサッカー部の合宿でスタッフを募集してるんだったな」
「耳が早いわね、行くの?」
「昨日行った場所と同じだからな。今度はもっと踏み込んだ調査が出来そうだよ。明日見くんもどうだい?」
「私はあまり考えてないわね。第一あそこかなり倍率高いと思うわよ?この学年だけでも一体どれだけ集まることか…」
今年のサッカー部もかなりの数の新入生が入部した。元々居た部員も数が多かったし、そこに新入生が加わってまた数が増えた。
ただ、新入部員の目を見れば何を目当てにしてたのかは容易に想像が付く。アレは色に狂った目だ。
男子も女子も皆引き締まった肉体の美形揃いだからで、運動部特有の何か青春フィルターのようなものも掛かっていそうだ。
あそこで扱かれればヒョロガリもポッチャリも誰であれ嫌でもああなる。そうなれば見事な肉体の完成。人生勝ち組まっしぐら。彼氏彼女にも困らなそうだ。
「うわぁ…明日見くんアイツらをそんな目で見てたのかよ…正直ドン引きだわ…」
「まぁだって私が陸上部に入った動機も“運動不足解消”よ?最初の内は兎も角、成果云々は後から着いて来たわ」
「うーわ、そりゃ嫌われる訳だわ」
「今思えば最初から嫌われてたわよ」
そんな他愛の無い話をしていると、久米井は何かを思い出したように話し出す。
「あぁそう言えばあのキャンプ場で思い出したことがあった」
「禄に調査が出来なかったみたいだけど何か解ったことがあったの?」
「まだ報告書にも書いてなかったから後で急いで書き上げないとな…キャンプ場と森の境目に背の高いフェンスが設置されていた。上部には有刺鉄線。反しもあってかなり本格的だった。だが…」
「また殺意の高そうな…ん?どうしたの?」
「そのフェンスの反しの向きがな、森側に反ってたんだ」
「森側?」
何となくは解る気がするが、それにしたって何かキナ臭い。
「まるで森から来る何かを警戒しているみたいだった。事件は毎回森に侵入してから起きてたから、利用客が入らないようにフェンスを設置したのは解る。
でも有刺鉄線は明らかにやり過ぎだ。相手がもし人間だった場合訴訟問題になりかねない。何か隠してるのか?」
「または森の中から来る何かを恐れて?でないと有刺鉄線を森側に反らすなんて事はしないはず…」
何か妙なことになってないか?あそこで合宿なんかして大丈夫なのか?そもそもあのキャンプ場自体何なんだ?
「いずれにせよ、私は臨時スタッフに応募するつもりだ。ちと面倒だが、こればかりは組織の力で強引に捻じ込んで貰うほか有るまい」
「…ちょっと疑問に思ったんだけど…どうしてそこまでするの?」
私には久米井がどうして例のキャンプ場に拘っているのかが解らなかった。態々臨時スタッフの枠に入ってまでそこに行きたい理由がわからない。
「大した理由は無い。強いて言うなら少し気になるところが多くて、それらをじっくり調べてみたかっただけだ」
「そっか。気を付けるんだよ」
「ただ…ちょっと…良いだろうか?」
「…念の為答えを言っておくけど、私は行く気は無いわよ?」
どうせ『着いて来て』とかそう言う内容だ。
「いやまぁそうなんだけどさ…これは本当に切実な問題でな…」
「…一応聞くけど、どうして?」
「私編入生じゃん?授業に遅れないために休み時間も一生懸命時間を使ってるのさ。でもそんな学校生活を一週間続けたらさ。誰とも話す機会が無くなる訳なのさ。結果どうなると思う?」
「…ボッチ街道まっしぐら?」
「そう!そうなんだよ明日見くん!いつの間にか私はガリ勉編入生というある意味不名誉な称号を与えられていて、しかもそれ見合わず授業に殆ど着いて行けてない残念月校生になってしまったのだよ!!」
「な、なんか大変そうね?」
久米井の声が大きいせいで私達に向けられる視線が奇異から憐憫に変わってきた。と言うかお前ら昼飯はどうした。私達は気にせずさっさと食べれば良いのに。
「そうなんだよ大変なんだ!このままだと私も大願の成就がままならない中で一人寂しく卒業かもしくは惜しくも留年してしまうかのどちらかなんだ!!なぁ~頼むよ~私を助けてくれよ~…」
後半では涙混じりの声になっていてちょっと引いた。
「一年で授業に付いていけない中で卒業か留年かの二択なのがなんか凄いわね…取り敢えず百歩譲って貴女に付いていくとして、どうして私なの?」
すると久米井は私に顔を寄せて先程よりもずっと声を潜めて話してくる。
「元々私が何でここに来たのかは憶えているな?」
「えっと確か…スカウトだっけ?」
「ついでに学校自体の調査も含まれてる。そしてそれをするためにはある程度の実績と交友関係を広げる必要があってな。ほら、今は5月だろ?もう殆どのクラスは生徒同士のグループが出来ている頃だ。私が知る中で交友関係が広そうなイケイケ陽キャコミュニティは中々の成績と容姿の持ち主が多くて、とても今の私では馴染めそうに無いんだ」
「貴女の容姿はともかく、その為に成績を?」
「せめて次の中間試験でクラス内上位10位に入りたい。それを目指して勉強していた矢先にこれでな…
因みに件のグループもスタッフに応募するらしい。明日見くんの見解通りならサッカー部のイケメン狙いだろうし、私もあのグループにお近づきになれる良い機会だ。付き添いと言うほどでは無いが、知り合いが一人も居ないというのは流石に心細い。
私が明日見くんと一緒に来て欲しい理由は以上だよ」
「そこまで言われたら流石に断り辛いわね。でも…」
「解っている。恐らくサッカー部だな。どうやら君とは何かしら因縁があるようだが…まぁ深くは聞くまい」
そう言って教室を見回す久米井。何人かが顔を逸らしたのが見えた。
「色々理由は話したが無理にとは言わない。理由はどうあれ君の人生だ。私に縛り付ける権限は無い。ただ、考えておいて欲しい。スカウトの件もだが、他ならぬ君自身のためにね」
そう言って久米井は席を立って私の教室を後にした。気が付いたら昼休みももう終わる時間になっていた。
○○○○年5月6日(日)
望月キンダーズ
総監督 虎魚龍一
月ヶ峰高等学校生徒様各位
望月キンダーズ・月ヶ峰高等学校サッカー部合同強化合宿臨時スタッフ募集のご案内
拝啓 桜がすっかり落ちて新緑が目立つ季節となって参りました。生徒の皆様も目標に向かって日々精進なされていることと存じ上げております。
さて、本日ご連絡させて頂く内容ですが、見出しにも表しました通り臨時スタッフの募集となります。
今回の合宿は非常に有り難いことに、月ヶ峰高等学校サッカー部との共同開催をさせて頂く事となりました。
しかしながらそれに伴い当初の予定を完遂するために必要な人員が不足するという事態となり、こうして急遽臨時で人員を募集する事と相成りました。
用紙の下記にお仕事の日程と場所。そして当日分のお給料などを記載させて頂きますのでお気軽にご参加下さい。
これから春の陽気は完全に消え去り、例年以上に気温が上がると思いますので、お体に気を付けてお過ごし下さい。メンバー一同心よりお待ちしております。
敬具
記
日 程 5月19日(土)07:00~5月20日(日)18:00予定
場 所 十六夜山間キャンプ場
待 遇 日当一律7,000円 宿泊所・食事付き
業 務 チームメンバーやスタッフの補助。
未経験の方でもご安心下さい。
枠 数 通常10。メンバー推薦5の合計15を予定。
選考は各教員と顧問とでお願い致します。
以上




