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私の事件のその後の展開

朝は賑やかに、教室では静かに

 5月9日(水)07:00 登校中

 月校正門付近


 例年より少し短めの大型連休が終わり、通常授業が始まった。と言っても特に私の身の回りで変化したことは無い。

 いつも通り私は学校中の生徒の嫌われ者で、誰も彼もが私から遠巻きにひそひそ噂話に花を咲かせている。

 特に最近は魔物を倒したことで感覚が前より更に鋭敏になっており、その話の内容も容易に聞き取れた。

 最もそれら全ては私の人生の記録に残すに値しないため、一々憶えてなどいない。


「なんか今日はグラウンドがいつもより賑やかね」


 教室に誰も居ない時間を独占するために早めに登校している私だが、今日のグラウンドはサッカー部や陸上部の朝練の掛け声とはまた別の騒がしさを放っている。


「この時期って何か有ったかしら?えーと…」


 徹頭徹尾自分のことしか興味の無かった一年生の頃を必死で思い出そうとする。


「ダメだ思い出せない。ちょっと見に行ってみるか」


 グラウンドを見渡せる場所に行くと、そこには私服姿の月校生が思い思いのグループで集まって賑やかに会談している。著しく強化された視力で彼等の顔を見るとまだ幼さの残る顔立ちの生徒ばかりだ。


「あの感じからして多分一年。そんでもってこの時期だと確か…あぁそう言うこと」


 そう言えばこの前告知されていた。

 今日は一年生は日帰りの遠足。朝早くから学校から出るバスに乗ってキャンプをしに行くのだった。付き添いで教員が何人か学校から消えるため、部活動や相談のある生徒は注意して欲しいとこの間のりこ先生から知らされたばかりだった。


「一年ということはアイツもいるのかな」

「いるぞ」

「うぇあ!?」

「素晴らしいリアクションをありがとう明日見くん」


 グラウンドを見下ろしてた私の直ぐ後に私服姿の久米井が立って居た。


「…学校行事なんて行くんだ」

「君は私を何だと思っているのかね?」

「え?そりゃ秘密組織のエージェントってそう言う集まりには参加せず、何処かへ仕事に行ってるイメージがあったりするから、何となく」

「君が我々にどんなイメージを持っているかが何と無く解った。否定してやりたいところだが、今回は君が想像する通り秘密組織の仕事だよ。今日のは下見といったところだがな」

「え?」


 久米井が説明するにはこういう事らしい。

 何でも近年になってキャンプ場付近に不審人物を目撃することが多くなったそうだ。森に入った客が怪我をしたことも有り、警察にも捜索の連絡が入ったらしい。

 幸にも死者行方不明者は今のところ確認はされていないそうだが、中には重傷を負った者も居るため捜索は大規模な物になった。

 ところがそれだけの規模の捜索にも関わらず件の不審人物の発見できず、それどころか捜索に関わった警察官にも怪我人が出るという始末に終わった。その結果捜索態勢の見直しの名の下に計画は一時凍結となったらしい。

 その間も警察達は何もしなかった訳では無く、今度は意識を取り戻した患者達から誰に襲われたのかの聞き込みをした。

 すると殆どの患者達は『何も見ていない。いきなり凄く痛いのが来た』と答えていた中で一人だけこのように答えた患者が居たそうだ。


『武器を持ったトカゲに襲われた』


「流石にこの時は錯乱した患者の妄言だと思ったそうだが、少し前に起きたとある事件が切っ掛けでこの話に信憑性が帯びた」

「…それって?」

「君だよ。君が最初に見て体験した事件である月ヶ峰(つきがみね)繁華街路地裏で起きた暴漢三人の不審死と君自身が致命傷を負った事件」


 今でもまだ記憶に新しい。思えば私がコイツに会うことになる切っ掛けとなった事件で、私自身の中で何かが回り始めた気がする事件でもあったと思う。


「浅田と言ったか。君の担当をした刑事は君から聴取した内容の殆どを包み隠さず上司に報告したらしい。その結果この事件は表沙汰にはならず、徹底した情報規制が敷かれた。

 未来くんから聞いていると思うが、君は大型ダンプに轢かれたことになっていたな」

「何度聞いても思うけど、普通死ぬでしょそれ…」

「そうで無くても当時君が負った怪我も普通は死んでる」


 ごもっとも。


「それで話の流れから察すると…秘密裏に共有された情報を元に新たに捜索の体制が組まれたって事で良いのかしら?」

「まぁ概ねそんなところだ」


 背中に背負った鞄からキャンプのしおりを取り出して久米井は話し出す。


「あまり詳しいことは言えないが、署内では色々反発があったらしい。捜索に参加した全員が復帰できたとは言え、またその森に入るのは抵抗があるのは当然だ。そこで声を掛けたのが我々だったらしい」


 久米井はそこで一拍置いた。


「状況が状況のためあまり事を公にしたくない警察と元々公の組織では無い我々。利害が一致するのにそう時間は掛からなかったが、今度は此方から割く人員に問題があった。

 あの手のレジャー施設を利用したことがある物が一人も居なかったんだよ。大の大人になってもさ」


 久米井はそう言って肩をすくめる。


「そうして現役高校生だから良い感じに初心者ムーブをかましてくれそうな見た目で、あの世界へ渡って何度も生還した実績のある私にお鉢が回ってきたと言うことだ。丁度良いタイミングでこの『新入生入学おめでとう交流キャンプ』なる行事が開かれる。良いように活用させて貰うさ」

「ふーん…因みに今回は何て言う場所なの?」


 キャンプのしおりを片手に読み返しながら久米井は私にこう返した。


十六夜(いざよい)山間キャンプ場。ファンの間では『深緑の湖畔(こはん)』なんて洒落た渾名が付けられている。夜には湖に映る月が綺麗なキャンプ場だよ」


 そう言って彼女はグラウンドへ降りていき、他の一年の輪の中に入っていった。


 ◇ ◇ ◇


 同日08:30 ホームルーム

 明日見の教室


「おっはよう諸君!そして今日も良い天気だね☆みんな大好きのりこ先生だヨ♪ハイ日直から挨拶!」

「き、起立!礼!着席!」


 朝礼のチャイムが鳴ってクラスの全員が自分の席に着席した直後。扉が開くと同時に何とも形容しがたいポーズと共に挨拶をするのりこ先生。

 自分で言っててもう訳が解らなくなりそうだ。


「ハイ皆さん今日も元気そうで何より何より。まぁ私はこんなでもあまり元気は無いんだけどネ…昨日は失敗したからさ~フフフ…」


 先生また合コンで失敗したのか。私がどうこう言える立場では無いけど、取り敢えず強く生きて欲しい。


「まぁそこは今は置いておきましょう。今日伝えることは昨日も帰りのホームルームで話したと思うけど、今日は一年の皆さんとその担任と主任。後は保健室の山田先生が交流キャンプのために不在となります。何か伝えることがあったら職員室の先生に伝言を頼んでおいてね~。

 あぁ後それと今日の帰りのホームルームで大事な話があるから、部活の先輩や顧問の先生達にはちょっと遅れることを話しておいて欲しいの。

 以上です☆ハイ本日の朝はこれで終了!日直号令!」

「え!?あ、はい!きりーつ!」


 怒濤の情報伝達だったが、概ね内容は理解できた。部活に身を置いていない私にはあまり関係の無い話だけど。


「……」


 何となく小金井の席を見てみる。

 今日は学校に来ていないらしく、席は空っぽだった。だからといってそこには誰も近寄ろうとしない。

 話し相手が一人、いや今日は久米井も居ないから二人居ない。


「……フゥ」


 周りから突き刺さる数々の視線。

 嫌悪、侮蔑、嫉妬、嘲笑、困惑、恐怖。

 最近は前よりずっと減った。それこそ最初の頃は罵声も浴びせられたから、今は本当に大人しい方だ。

 それに今の私はこれらに対して特に思うところは無い。精々耳元でハエが飛んで居ると感じる程度だ。

 もっと恐ろしい物を知ったせいでもあるが。


「~♪」


 普通のメンタルの持ち主なら針の筵と言えそうなこの場所で私は鼻歌を歌いながら次の授業の支度を始めた。

 気に食わない。

 アイツが私より上にいるのが気に食わない。

 アイツが私に興味を示さないのが気に食わない。

 アイツが灰田先輩と付き合ってるのが気に食わない。

 アイツが何も感じて無さそうなのが気に食わない。

 アイツが急に居なくなったのが気に食わない。

 アイツが突然復学したのが気に食わない。

 アイツの何か悟ったような態度が気に食わない。


 アイツに関して私の目に映る全てが気に食わない。


 嫌いだ。

 アイツの容姿も。声も。性格も。業績も。経歴も。何もかも。

 私が持つはずだった全てをアイツが持っていったことが何よりも嫌いだ!!!!


 死ね、死ねよ、死んでしまえよ。


 なんで事故に遭ってるのに生きてるんだよ。

 なんで病院に行って直ぐに復活してるんだよ。

 なんで灰田先輩を見殺しにしたんだよ。

 なんで灰田先輩が死んでお前が生きてるんだよ!!!!!


 返してよ。みんなが大好きで私も大好きだった先輩を返してよ。

 出来なきゃ死ねよ。先輩の代わりにお前が死ねよ。

 死んでその席を私に譲れよ。

 私の全てを返せよ!!!!

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