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もう一つの仕事

過去は突然やって来る

 5月6日(日)15:00 大型連休最終日・バイト上がり

 ステラガルテン


「お疲れ様でした!ちょっと早いですが、挙がらせて頂きます!」

「お疲れ様ー」「おつかれー」「ほーい!」「お疲れ様~♪」


 今日の私の分の終わりを厨房に告げると各々の作業をしていたパートの人達と佳奈美さんの返事が聞こえる。それらを背後に更衣室で普段着に着替え、更に奥の方にある居住スペースにお邪魔する。そこから更に階段を上がって目的の部屋に到着すると軽くノックする。


 ──トントン♪


「「はーい!」」「いらっしゃいませ!」


 中から三人分の声が聞こえたのを合図に扉を開ける。


「お待たせ。美々(みみ)幸大(こうた)くん、稀姫(まれき)ちゃん」

「いえいえとんでもありません!」

「明日見ねえちゃん!今日の試合俺たちのチームが勝ったぞ!」

「この前のテスト満点だったの!」


 私の次に喋った順に、星野美々、星野幸大、星野稀姫。

 何れもこの喫茶店兼バーのオーナー夫妻の実子だ。

 そしてとても可愛い!これ重要!


「はいはいそれはまた後で聞くわ。じゃあ先ずはみんなで自分の勉強道具を用意してね」

「「「はーい!」」」


 そうして三人は学校の教科書や塾のテキストをそれぞれ持ち寄ってくる。

 私のもう一つのバイトに“家庭教師”という物がある。

 事の発端は、彼らの宿題を軽く手伝ったのが始まりだった。

 カフェでのバイトの休憩時間で偶々帰ってきた幸大くんと稀姫ちゃんが家にあるもう一つのリビングルーム感覚で休憩室に入り、そこで軽く彼らの勉強を見たのが最初の繋がりだ。

 その後、偶然なのかそうで無いのかは定かでは無いが、次の日に授業の初めに抜き打ちテストが行われ、それぞれのクラスでこの子達だけが満点を取ったそうだ。

 話を聞いた佳奈美さんは旦那さんとも相談して私に二人の家庭教師をして欲しいと頼んだ。

 流石に私の一存で決めることは出来なかったため、月校に連絡を入れたらあっさりOKが出てしまったためそのまま引き受けた。

 それ以来、星野チルドレンの勉強を見ている。(因みに美々は後から私の存在を知って生徒に加わった)


 ◇ ◇ ◇


 同日16:30 ブレイクタイム

 ステラガルテン居住スペース・美々の部屋


「はい、それじゃ一旦休憩にしようか」

「お疲れ様です!」「なあなあ!明日見ねえちゃん!今日なんだけどさ!」「つかれたー…」


 集中していた空気が一気に弛緩して、各自が思い思いの方法で休憩の態勢に入る。


「それで、どうしたの幸大くん」

「へっへヘー今日の試合は俺たちのチームが圧勝だったんだぜ!」

「圧勝!凄いな~何点差?」

「聞いて驚け!5対1で勝ったんだ!しかも全部俺のシュート!」

「凄いじゃない!頑張ったね」


 幸大くんは地域でも有名な少年サッカーチームに所属している。

 その中でもこの子は特に優秀で、中学まで続けば月ヶ峰高等学校への推薦も夢じゃないと言われる程に期待を寄せられている。


「いやー見せたかったなー今日の試合!」

「凄い凄い。この調子で頑張りなさい」

「あ、そうだ!実はスゲー話がウチのチームに来てんだぜ」

「へー、どんなどんな?」


 幸大くんがこういう話し方で何かを言い出すときは、彼にとって凄く良いニュースが入ったときだ。私が特に興味を抱いていない話題でも凄く楽しそうに話すから、聞いているとこっちも楽しくなってくる。


「次の次の土曜日と日曜日で合宿するんだ!場所は──」


 聞けば、全国出場レベルのサッカー部との合同強化合宿が行われるらしい。場所は夏の行楽シーズンでよく話題に上がるそれなりに有名なキャンプ場。そこを拠点に近くのサッカーコートを借りて猛練習に励むとのことだった。


「なんか凄い話になってるわね、それでどこの学校と行うの?」


 何となく。本当に話の流れで何となく訊いただけだった。


「それがなんと!月ヶ峰高等学校サッカー部!」

「──っ!?」


 月校。サッカー部。あれ?そこって確か──


「近い内大きな試合があって、それに向けて俺たちとトレーニングするんだって!」

「へ、へぇー…そうなんだぁー…」


 ──ダメだ。ちょっと思考が纏まらない。


「それで──ってあれ?明日見ねえちゃん大丈夫?」

「え?大丈夫。大丈夫よ、どうして?」

「ぐあいわるいの?顔が青いよ?」

「本当に大丈夫。別に大したことはないわ」

「???」


 ──落ち着け。冷静になれ。もう昔の話だ。戻れない過去だ。


「さてと、そろそろ休憩は終わり!今日の分を終わらせに掛かるわよ!」

「「「おー!」」」


 平常心。何かに打ち込んでいる間は問題ない。丁度休憩も終わる頃だったし、申し訳ないけどみんなには私の精神安定の出汁にさせて貰う。


 ──大丈夫だよね?バレてないよね?


 先程の動揺は上手く誤魔化せたつもりだ。だけどここの兄妹達はかなり鋭いところがある。それでも上手く誤魔化せたと思うしかない。


「……」

「ん?どうしたの美々」

「あ、いえ何でもありません。それよりここなんですけど──」

「あぁそこは──」


 今の私の状態を見て漸く理解できた。


 私は何一つ過去を乗り越えられてなんか居ない。


 ◇ ◇ ◇


 同日18:00 勉強会終了

 美々の部屋


「さてと、丁度良い時間みたいね。今日はこれで終わりです。みんなお疲れ様!」

「「「おつかれさまでしたー!」」」


 本日分の仕事が終わり、帰り支度をする私。

 幸大くんと稀姫ちゃんは自分の勉強道具を持って直ぐに部屋を出て行った。


「さてと…後は何か忘れてなかったかしら…」

「明日見さん。今お話しして大丈夫ですか?」

「ん?美々?どうかしたの?」


 荷物の点検をしていると美々が話し掛けてきた。


「今日、何か有りましたか?具体的には後半の授業から」

「んぇーと、どうしてそう思ったの?」

「明日見さん様子が変でしたよ」

「あらら…私は隠してたつもりだったんだけど…」


 星野美々。星野チルドレンの長女で、アイドル志望の水泳少女。今の私のクラスにも一人アイドルをやっている女子がいて、美々はその子と同じ事務所の後輩だ。

 奔放な幸大くんと気紛れ体質な稀姫ちゃんを制御できる圧倒的お姉ちゃん体質の女の子。

 実は彼女の目があるところでは下の双子は非常に大人しい。それだけの風格が彼女には備わっている。


「コウと話していたときからだと思うんですけど、何が有ったんですか?」

「…ちょっと前に色々とね。吹っ切れたと思ったんだけど、そうでも無かったみたい」


 月ヶ峰高等学校サッカー部。灰田先輩が居た部活。別に先輩が居なくなったからと言って弱くなった訳では無い。去年もいつも通り全国へ行き、そして優勝を飾った。今回の強化合宿の話も納得は出来てる。

 でも──


「それにしても明日見さんがサッカー部に縁があるなんて意外です」

「え?それってどう言う意味?」

「ウチの学校では、既に卒業したトンデモ陸上部員の唐竹明日見さんは有名ですから」

「あー…そう言えば美々の学校って私の母校だったわね…」


 もう卒業してそれなりに経って部員の代替わりも進んだだろうに、まだ私の名前が残っているか。


「明日見さんの影響で陸上部も全国常連。それどころかいっそアジア大会も!?みたいなことになってるらしいですよ」

「やめろー!もうそれ以上後輩たちのハードルを上げるなー!!」


 ごめんなさい顔も知らない後輩達。私のせいで君達に課せられた使命が大きくなってしまって本当にごめんなさい。


「っでそんな陸上女子だった明日見さんが、どうしてサッカー部と?」

「…まぁ単純な話で、前に付き合ってた先輩がサッカー部だったのよ」

「へー、そんなんですかー…ん”ぇ”え”!?!?」

「驚きすぎて凄い顔になってるわね…」

「だって!?え!?いやちょっと…え?あれー?」

「おーい、戻ってこーい」


 そんなに私が誰かと付き合ってたのが意外だったか。


「あ!で、でも!今までそう言う話は聞かなかったし、そんな気配も無かったし、それに…それに…」

「単純な話よ、美々達と会う前に別れたってだけの話」

「…どうして?」

「まぁ…色々と」


 色々。本当に色々あった。彼が亡くなる前も後も。

 私はそれに耐えられたのだろうか?それとも耐えられなかったから今の私なのだろうか?


「さーて、この話はお終い。復習忘れないでよ?」

「…はい、今日はありがとうございました!」

「あ、今度また踊りを見せてよ。普段テレビとかまじめに見てないからさ。今日は幸大くんに付き合ってたから、次来たときは美々の話が聞きたいな」

「はい!では次の機会に!」


 他にも色々聞きたそうな美々から強引に話を打ち切る私。美々の部屋を出るときに少しだけ振り返ると、やはり何かが気になるのか静かに訴えるような視線を向ける美々がいた。

 私はその視線から逃げるように、けれどそれを悟られないように対外的にはいつも通りに部屋を出て行った。

「…やっぱり気になる。でも確かめる方法も無いし…どうしたら良いんだろう…」


 ──ガチャ


「おねーちゃーん、消しゴムかしてー」

「マレ?自分の分はどうしたの?」

「わが消しゴムちょうこくの柱となりました」

「…本当は?」

「ベッドの下に落としちゃった…」

「コウのは?」

「物をなくすたつじんから物を借りることができると思う?」

「……」


 ──バン!


「明日見ねえちゃんもう帰っちゃった!?」

「ドアは静かに開けなさいよコウ。明日見さんに用事だったの?だったら帰っちゃったわよ?」

「クソー…これ見てほしかったのに…」

「なになに?」


 ──望月キンダーズ・月ヶ峰高等学校サッカー部合同強化合宿臨時スタッフ募集のご案内


「コウちゃんどうしたのそれ?」

「なんかこんどの合宿は前よりずっときぼが大きくなるってことで、スタッフが足りないんだって。そんで明日見ねえちゃんの学校にこれが配られるんだって」

「へー…」

「姉ちゃんは明日見ねえちゃんに会うことはできそう?」

「…ちょっと無理かも。まず学校が違うし、連絡先も交換してないし」

「そっかー…」

「また来週の日曜日に来てくれるからその時に訊いてみようよ。それに多分明日見さんのクラスにもそのプリントは配られると思うし」

「あ…そうだな!よし!じゃあな!」


 ──バン!


「だから静かに開け閉めしてって…」

「んーと…ヨシ、消しゴムはっけん。バイバイ」

「あ!ちょっとマレ!勝手に持ってかないで!」

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