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抱える物

珍しくなくなりそうな別視点

 5月5日(土)07:30 大型連休三日目

 ステラガルテン


 side NK


「ウフフ♪あんなに楽しそうな明日見ちゃん初めて見たわ」


 何かを察してトイレへと逃げ出した明日見くんを見送りながらオーナーはそう言った。


「そうか?ここで働いている時の明日見くんも実に楽しげだった気がするが」

「あの子って誤魔化すのが結構上手いのよ。お陰で私も分からないことばかり」

「うーん…そうか?」


 ──アレで?アレで誤魔化すのが上手いのか?


 想装なんて心の形が丸見えになった物を見慣れている私としては、なんとも言えない気分だ。


「…あの、訊いても良いですか?」

「未来ちゃん?ええ。良いわよ。私に答えられることなら何でも答えるわ」

「その…お姉ちゃんがここに来た時って、どんな感じでしたか?」


 恐る恐ると言った具合で未来くんがオーナーに質問する。

 それは私も気になっていた。


「うーん…とても申し訳ないけれど、これについてはあの子の問題もありそうなのよね…だからおいそれと話すわけには行かないの。本当にごめんなさい」


 少しだけ意外な返答が来た。私はこのオーナーの人柄から、明日見くんのことを色々話してくれる物だと思ってた。

 しかし考えてみたら当たり前のことだ。来店理由やここで働く上での志望動機は、あくまで明日見くん個人の問題だ。それなら雇い主の立場としては、個人情報に該当しそうなこれらの事項について話せないのも納得できる。


「そう…ですか…」


 まぁ、未来くんは納得していないようだが。


「ただ、今ハッキリ言えることは、最近の明日見ちゃんは本当に明るくなったって事。最初の頃は本当に貼り付けたような笑顔だったのに、今は心の底から楽しそうにしている事よ」

「そうですか…そう言って貰えてよかったです」

「でも…」


 オーナーがそう言ったことで一先ず安心していた未来くんは、次に続いた言葉でまた不安げな物になった。


「また何か抱えている物が増えたのかしら。時々苦しそうな顔をすることがあるの。私も明日見ちゃんから話して貰おうと話し掛けたことが何回もあるんだけど、あの子は『大丈夫です。私の問題なので』って言ってそれっきり」

「ふむ…」


 明日見くんの抱えている物。

 願いや想いを形にする想装を知っている私から見ても、明日見くんのそれはかなり異質な物に映る。


 そもそも想装とは、願いや想いの程度やベクトルに差はあれど、それ自体“その人物その者を表す記号”となる。

 私のように長い修行の果てにそれを手にする者は、その段階から既に強い。所詮は今までの修行の延長に過ぎないからだ。

 ある日突然手にする者も居るが、そう言う者達の想装の形はとても歪で、目的や使用方法、果てはそれらがもたらす結果が不明瞭な物が多い。

 そう言う者達は自分の根底にある想いに気が付けないままその力の真価を発揮することも無く散っていくのが大半で、その中から大成するのはほんの一部でしか無い。


 しかし明日見くんは違った。


 彼女の想装の形は、突然手にした者宜しく多少歪ではあったが、その目的はハッキリしている。“よく斬れすぎる剣”に“威力の強すぎる銃”がそれをよく表していると思う。

 彼女の放った弾丸は重かった。いや違う。重いなんてレベルでは無い。確実に何かを成し遂げるという執念を感じる弾丸だった。

 しかもそれら全てが純粋に魔力を編んだだけで作られた実体を持たないはずの不可視の弾丸と来た。私の技量を持ってしてもあの剣銃から放たれる弾丸は弾道を逸らすのがやっとだった。

 弾いたというのは彼女を安心させるための嘘だ。本当は私でも危なかった。


 ──久しく忘れていた“死の恐怖”を思い出すほどに。


「…まぁ、人間なんてパッと見ただけで全てが解るのなら、世の中にカウンセラーなんて要らないだろう。そう言うのは専門家の仕事だ。オーナーが気に病むことでも無かろうて」

「あ…ウフフッ。そうね。確かにその通りだわ」


 そう言ってオーナーは居住まいを正して私に向き直る。


「学校や家での明日見ちゃんのこと、どうか私からお願いできないかしら?あの子の雇い主としても、子供の居る一人の大人としても心配で…」

「私は私の仕事があって四六時中は難しいが、まぁ気には掛けておこう」

「わ!私は何時でもお姉ちゃんと一緒です!何たって家族ですから!」


 私達は明日見くんに対するそれぞれの決意を表明する。彼女については私も気に掛けないといけないことが多く有りそうだ。それが何かはまだよくは解らない。ひょっとしたら理解したら不味い物かも知れないが、まぁその時はその時だろう。


「ありがとう。私は…私達はここでしかあの子を見られないから…」


 嬉しさと申し訳なさが()い交ぜになった声音でオーナーが言う。

 それにしても、明日見くんが心配なのは解るが、どうしてそこまで彼女に入れ込むのだろうか?


「……」


 まぁ、優しい大人というのはそう言う物だろう。誰かを気に掛けるほどの余裕がここにはある。それだけ充実していて、そしてそれだけ幸せなのだろう。


 ある意味で私が得られなかった幸せの形がそこには有りそうだ。


「?那由多ちゃんどうしたの?」

「いや、何でも無いさ…ん?あ、やべ!!」


 不意に壁に掛けられた時計が目に入って頭の中が真っ白になる。


「ヤバいヤバい…えーとぉ…馳走になった!代金はここに。釣りは明日見くんに渡しておいてくれ」


 私は椅子から立ち上がってテーブルに千円札を置いた。


「え!?あ、ちょっと那由多ちゃん!?」

「済まない、流石に時間が押していてな。少し急ぐ必要が出て来た」


 オーナーから話を聞いて、明日見くんのことを考えている内に大分時間が経っていた。

 このままだとユカリちゃんに怒られる。あのアラサーは時間には特に厳しいからな。


「ありがとうございました~またお越し下さい~♪」

「那由多さん!また今度~!」


 私はその声には振り返らず、軽く右手を挙げてそれに応えた。


 ◇ ◇ ◇


 同日07:40

 同所


 side AK


「ふいぃ~長引いたぁ~」


 ほんの数分で済むと思ったら思ったよりも時間を要してしまった。あまり二人を待たせるわけには行かない。


「お待たせ~ってあれ?久米井は?」

「那由多さんなら時計を見て大慌てでお金を置いて出た行ったよ」


 佳奈美さんと一緒になって席に座ってた未来が簡単に経緯を説明する。


「やれやれ…アイツってば…」

「ウフフッ♪でも結構ギリギリまでここに居た辺り、明日見ちゃんも那由多ちゃんに好かれているじゃない♪良いお友達ね」

「まだ出会って数日しか有りませんよ」

「あら?その割には中々距離が近く見えるわよ?」

「それは佳奈美さんの気のせいです」


 久米井の置いていった千円札を回収して未来と席を立つ。伝票をレジまで持っていって佳奈美さんに会計をして貰う。


「お会計2052円となります。はい、丁度お預かりします。レシートのお渡しです。ありがとうございました~またお越し下さい~」

「今度はバイトとしてまた来ます」

「ご馳走様でした~とても美味しかったです!」

「ウフフッ♪ありがとう♪また何時でもおいで~」


 そうして会計を終えた私達は、ステラガルテンを後にした。

「本当に明るくなったわね」


 二人が出て行った扉を眺めながらしみじみと想う。

 幽鬼のような様子で初めてここに訪れたときとは大違いだ。


『…あれ?ここって…まぁ…いっか…』


 あの子がここに来たときのことは本当に良く憶えている。

 店を開いてから結構経ち、店の存在もネットなどで認知され始めてからお客様にも恵まれた。中には常連となった方も多く、売り上の助けとなっている。


 そんな中で夜中の営業時間にあの子はやって来た。


 この世の全てに疲れ切ったような、諦めたような。そして今にも消えてしまいそうな子だった。

 夜間の未成年入店は基本的にお断りしているが、流石に放っておけなかったみたいで夜の店長をしていた夫が私を起こして対応に充てた。夫が言うには、まるで薬の切れた薬物中毒者だったみたい。私からも何処かそう言った雰囲気が感じられた。


 それから私は夫と話し合って明日見ちゃんをアルバイトとして雇うことにした。

 丁度忙しくなってお手伝いも欲しかったし、お店も繁盛してバイトを雇う余裕も出来たと言うのも有るけど、一番の理由は『何かをやっていないと気が狂いそう』と言う彼女の言葉だったと思う。

 少しだけ心配だったけどそれは杞憂に終わった。明日見ちゃんの仕事ぶりはとても良かったし、何なら彼女目当てのお客様も増えて、お店は前より繁盛している。

 子供達も気に入ったようで、空いた時間に勉強を教えて貰って居るみたい。

 私達はもうあらゆる意味で明日見ちゃんの居ない生活が考えられ無くなっていた。

 明日見ちゃん自身も毎日お仕事で忙しくしている中で段々と最初に来たときの様は成を潜めていった。でも時々覗かせる陰がまだ根本的に解決していないことを表していた。


「本当に良かったわね…」


 だからこそ最近の明日見ちゃんを見ていると心の底から良かったと思える。

 いつか。本当にいつか。心の底から笑えるようになったらその時は──


 ──カランコロン♪


「いらっしゃいませ~お好きな席へどうぞ~」


 ──その時は一杯お話を聞かせて頂戴♪


 通勤時間一歩手前。朝の忙しい時間がまたやって来た。私はお客様のオーダーを取るために席へ向かう。私の一日がまた始まった。

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