訓練開始
それにしても大分近所にある廃墟なのに殆ど話に出ないなんてね。どれだけのレベルの情報規制がされているのやら。
?月?日(?)??:?? 何時かは解らない
でも何処か見覚えがある気がする
暗い。暗い世界に居る。でも前と違ってどこに立って居るのかは解る。水だ。水面に立って居る。あれ?水って立てる物だっけ?周囲を見回す。段々暗闇に目が慣れてきて、遠くまで見通せるようになった。滅茶苦茶広い。歩き回るのが馬鹿みたいに思えるくらい広い。私の立って居る水面はどの方向にも彼方まで広がっていて、陸地は見当たらない。ここには水と空以外何もなかった。
「??」
既視感。私はここを知っている気がする。来た憶えは無いのに何故か見覚えがある。いや、何故かじゃない。思い出した。ここにはアレがある。剣銃。私の想装。世界に残された最後の幻想。私の願い。
──探そう。でも何所にあったっけ?
「──……」
改めて見渡す。何も見えない。耳を澄ます。時折何かが水面を跳ねる音しか聞こえない。匂いを辿る。そもそも私はそこまで鼻が良くない。そう言えばこの水って飲めるのかな?
「…やめとこう」
黄泉戸喫とかあったら怖いし。第一私の足から分泌された何かが混ざってそうでなんかヤダ。後は手先や足先の感覚しか無いが、そもそもここには水以外には何も無いし、足下も水面に立って居るだけでしたには降りられない。
「って言うかそもそもなんで私はここに居るのよ?」
剣銃。いや、想装の存在を知ってからずっと意識の海と呼んでいた気がするこの場所。ここは一体何なんだ?水中を覗いても何も見えない。真っ暗だ。真っ暗な海が遠くまで続いている。
「何所にあるって言うのよ…」
もうこれ以上留まっていても仕方が無い。歩き出す。
水を蹴るようなピチャピチャと言う音は無い。プルプルしてないゼリーの上を歩いている感じ。硬いとか柔らかいみたいな感触は無い。何処かふわふわしている。ふわふわーって感じで歩いてる。足を踏み込むとそこを中心に波紋が広がるのが見えるけど、もう片方の足に波の感触は伝わってこない。だから余計にふわふわな感じ。
「…結構楽しいかも」
思わずスキップしてしまう。余計にふわふわする。
「飽きた…」
そして直ぐに飽きる。それでもふわふわする。
「って言うかこれだけ歩いても見つからないなんて…いつもどうやって取り出してたっけ?」
思い返すと過去に剣銃を取り出したのは3回と、片手があれば余裕で数えられる回数しか無かった。更に思い返すとどこに仕舞っているのかも思い出せない。
「アホか私は…」
今まで想装をどれだけ雑に扱ってきたかを漸く理解した。例えるなら、バイトに応募するための履歴書や入学願書を部屋の中にポイッと投げ入れるような物だった。いくら自分が解っているからってそれはナイ。
アレは私の想いや願い以前に身を守るための唯一の武器だ。もっと慎重になるべきだった。
「はぁー…全く…こんなだから久米井に怒られたのかしら?」
結局これ以上歩いても何も見つからないと思い足を止める。周りの景色はずっと変わらないままだ。これでは進んでいたのか止まっていたのかが解らない。
「もうヤダ疲れた」
歩き疲れた私はその場で座り込む。立っていたときはふわふわと感じていたのが、こうして腰を降ろすとお尻からぷよぷよした感触が帰ってくる。濡れないし沈まない海。高濃度の塩湖である死海を思い出すが、それとはまたテイストが違う海。それが見渡す限り彼方の先まで広がっている。真っ暗で何も無い海。いや…
「なんで真っ暗なのに私は水平線まで見えてるんだ?」
本当に真っ暗なら私の手だって見えないはず。でも現にこうして遠くまで見えている。動物園の時に見た夢とは大違いだ。
「かなり長い距離を歩いたけど何も無かった。だったら…」
──だったら?だったら何だ?
「灯台下暗し。ダメ元で足下に手を突っ込んでみる!うりゃー!!」
──ズボッ
そんな音と共に私の手は海に沈み込み。
「え!?ちょ!?」
私の体は最初から立てる場所なんて無かったかのように勢い良く沈んでいった。
◇ ◇ ◇
5月5日(土)04:00 大型連休三日目
明日見の部屋
「ブォワッヘ!?!?……なんだ夢か…」
海に沈んだショックで目が覚めた。身体中が汗塗れである。
「っ!?」
ふと思い至ったことがあって、布団を捲って中を見る。
「ホッ…」
どうやら何ともなかったみたいだ。一先ずは安心。
「何やら騒がしいが、どうかしたかね明日見くん?」
「っ!?なんだ久米井か…おはよう、早いのね」
久米井の寝床を見るとそこには掛け布団を体に巻き付けて蓑虫のような外見になった未来と、既に着替え終わった久米井が居た。
「未来ってば…何かごめんね。寒くなかった?」
「向こうでの野営と比べたらゆっくり寝られたよ。流石に少々冷えたがね…」
「いやホント…ごめんね」
「なに、これくらいの図太さが無いと生き残れまいて」
その返事を聞いた私は久米井に習って着替えを始める。その最中なにも話さないのも少々気不味いので、色々話しかける。
「朝は早いのね、いつもこの位なの?」
「そうだな、大体この時間に起きて勉強をしている。朝は何かと物を憶えやすいからな。頭もスッキリして捗る」
「そう…って事は…見た?」
「何をかね?」
「いや見てないなら良いのよ」
「君が自分の粗相の有無を確認した場面など見ては居らんよ?」
「────!!!!────!?!?!!!!」
唐竹家はその日の朝。長女の声ならぬ叫びが家中に響いたという。
本日私が身を以て得た教訓は『下手に藪を突いてはいけない』だった。
◇ ◇ ◇
同日05:30 朝食後
廃工場までの道中
「ふわ~…。ニャムニャム…お姉ちゃん大丈夫?」
「流石にそこまで引き摺らないわよ…」
「気にするな、我々も任務の都合で待機命令が出されることは珍しくは無い。その時に着用するのはオムツだ。何時でも出せるぞ?」
「花の女子高生がそんなことを往来の場で堂々と言う物ではありません!!!」
「お…おう…スマン…」
あの後、私達は騒ぎの中でも目が覚めなかった未来を叩き起こし、昨晩作った晩御飯の残りを朝ご飯として食べ、現在はAWSAの研修所である廃工場へ向かって歩いている。
前歩いたときは街灯の薄い暗闇の中だったため、日の当たっているこの道を歩くのは初めてだ。
「うーん♪秘密組織の秘密基地♪なんかワクワクするね♪お姉ちゃん♪」
「そ…そうね…」
未来のテンションがいつにも増して高い。
「それにしても。前々から思っていたのだが、未来くんは怖くないのかね?」
「え?怖いってなにがですか?」
「必要が出て来たためにこうして同行して貰っているが、本来君は戦う力なんて無い。話を聞いている分にはそれについて理解も納得もしているようだが、その上で何故そう楽しそうに振る舞えるのだ?」
確かにそれについては私も疑問に思っていた。常に戦いに明け暮れている久米井達にしてみれば尚気になるところだと思う。
「あー…そうですねー…うーん…まぁ言ってしまえば“憧れ”ですかね?」
「憧れ?」
「元々私って『ここでは無い何処か』って言葉に惹かれる物があったんです。日朝の魔法少女アニメとかに出てくる魔法の国が最初だったかも知れません。小さい頃は本気で『そこに行きたい!』とか思ってたんですよ。でもちょっと経てば『そんな物は無い』って自然に理解できちゃって、ちょっと寂しかったですね」
「では今回の件を機にそれが再燃したと?」
「まぁ、大体そんなところです。最近ではフリーの小説投稿サイトなんかで剣と魔法の異世界ファンタジーが流行ったりしてますので、そっちの影響もあるかも知れません。大体こんな感じになります」
未来がそう締め括ると、久米井は溜息を吐きつつ納得したような声音で「そうか」とだけ呟いた。
整備が行き届いてない複雑に曲がりくねった道でそんな話をしていた私達はいつの間にか廃工場に辿り着いていた。
◇ ◇ ◇
同日05:50 一般的にそろそろ目覚めの時間
廃工場食品梱包区画
前回来たときと同じ道を同じ時間を掛けて進んだ筈なのに、感覚としては前よりも時間の進みが早く感じられる。前回は辺りが暗くて見通しが利かなかったことが原因と思っておこう。
「さ、私の後に続け。そうすれば入れる」
「あのー…」
「なんだい未来くん?」
「ここって何の工場だったんですか?」
「今は時間が無いからそれについては後で話す」
私と未来は久米井に着いて行く。すると突然久米井の姿が消えて無くなり、私達は慌ててその後ろに続く。
「そう言えばこの前は横に並んで入っていたか。そう、神隠しとは傍目にはそのように見えていたらしい」
『門』を潜った先で私達を待ってた久米井は、私達の顔を見て色々察したらしい。
「さて早速だ。自分の得物を出せ」
「解った」
「ワクワク」
自分の内側に意識を向ける。
剣銃の正体が想装という物であることを知り、想装がどのような特性を持っているかを理解してサーチを掛けやすくなった。
当たりを付けて手を伸ばすイメージをする。
掴んだ。
「ふむ。前よりは早くなったな。だが遅い」
「っ!?」
私が剣銃を取り出した時点で、久米井は自身の想装を手にしており、その刃を私の首に添えていた。
「今ので君は死んでいる。向こうに居る敵は君に準備時間は絶対に与えない。かと言って常に想装を展開している訳にもいかない。物によっては大きすぎて邪魔だからな。その為にも顕現時間の短縮は急務だ。憶えておくと良い」
「は…はい…」
「は…速すぎて何が起こったのかサッパリだった…」
首に添えられた久米井の想装が私から離れてその全貌が見えてくる。
彼女の持つそれは一言で表すなら『長すぎる刀』だ。現実に存在する六尺刀と同じかそれ以上に長い、小柄な彼女の身長よりずっと長い刀だった。
普通に考えたら重すぎて碌に振り回せそうに無いと思うが、本人は重さを全く感じないらしく、本人にとっては見た目以上に軽い。私の剣銃もよくよく考えたら刃渡り約1mの剣を片手で振り回すなんて現実的では無い。
「じゃあ今度は仕舞え。そこからは想装の抜き打ち千本ノックだ。締まっていくぞ!」
「はい!」
思わず陸上部時代のテンションで返事をしてしまう。でもこの場では彼女が先輩だから対応に間違いは無いだろう。
言われた通り、自身の想装の顕現と収納を繰り返す。
「おおぅ…体育会系お姉ちゃんだ…何か久し振りに見た気がする」
「未来くんには私から少し話がある。明日見くんが見える範囲からは出ないつもりだが、ちょっとこっちに来て貰う」
「あ、はい」
久米井が未来を連れて部屋の中を移動する。何の話をしているかは聴き取れない。訓練に集中していて上手く聞こえないみたいだ。でも今はそこを気にするべきでは無い。
私は今の私に出来ることをする。これは戦うための訓練では無い。生きるための訓練だ。そう自分に言い聞かせながら。
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