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私だけの幻想

自分だけの何かって、なんかワクワクしませんか?それが良いものであれ悪いものであれ。

 5月4日(金)21:40 大型連休二日目

 明日見の部屋


「そう…そう?」

「日本における正式名称は『具現化想念装甲』。名前を縮めて『想装』。隣接世界に生息する魔物に対して我々が持つ最大レベルのアドバンテージだ」

「なんか名前ダサい…」

「言わないで未来…」


 ──ホント…もう少し気の利いた名前とか無かったの?単に横文字を並べただけのヤツでもなんかアレだし…かと言って漢字で書いてその上に横文字のフリガナを付けられるのも困るけど…


「?格好いいじゃないか。君達の目は節穴か?」

「あ…うん…もうそれで良いわ…」

「お話の邪魔をして御免なさい~…」

「?まぁ良い。この想装という物は、言ってしまえば最強の矛と楯を一体化させた物だと思えば良い。あらゆる守りを無に帰し、あらゆる攻めを受け付けない。コレ一つでそれが簡単にできてしまう。そしてこの世界で唯一魔物の魔力経を打ち砕くことの出来る武器だ」


 前に私がゴブリンやコボルドと戦ったときに使ったあの短剣や剣銃がそれに当てはまるらしい。


「ハイ質問です!」

「何かね未来くん?」

「それはどうやったら使えるようになりますか?」

「残念ながら先にも言った通り、想装を手にすることが出来るのはほんの僅か。しかも発現の切っ掛けについても一切何も解らないと来た。だから私から言えるのは『なるかもしれないしならないと思う』だよ」

「本当に夢が無い…じゃあそれを得た時ってどんな感じでした?」


 それは私も気になるところではあった。私の場合はいつの間にか鞄の中に有って、動物園での戦いで本格的に取得した感じだ。周りと比較するとどうなるのかは確かに気になる。


「私の場合か。そうだな…なるべくしてなった。それに尽きるだろう」

「と言うと?」

「実は両親もダイバーでな、彼等のようにありたいと願って体を動かし続けたら視界の隅に映った()()が有った。それに手を伸ばしたらこうなった」

「願い?」

「想装とは、強い『願い』や『想い』がカタチを持った物と考えられている。いや実際にそうなんだ。何よりも誰よりも強く願い続け、それを追い求め続けて漸く手にできるカタチ。その在り方のためか、『この世界に残された最後の幻想』なんて呼ばれていたりもする」

「なんかロマンチック~♪じゃあお姉ちゃんも何か願いや想いがあったの?」

「わ…私は…」


 願いや想い。確かに何か有ったはずだ。でもなんだろう?本当に何かを願ったとして、何故私はそこから目を背けたがる?


「やめ賜え未来くん。みだりに人の心中に探りを入れる物では無い」

「え~ちょっとくらい──」

「想装とは想いや願いという曖昧な物から作られる。それが揺らいだとき想装の在り方もまた揺らぐ。簡単に言うと脆くなる。心が折れたら想装も折れる。そうなると修復は困難だ。勿論直ることも有るが、二度と直らないケースの方が珍しくない。扱う者はその周りを含めて慎重にならないといけないんだ」


 久米井は強い口調で未来に注意する。正直助かった。


「ご…ごめんなさい…」

「いや…良いのよ…自分でもよく解っていないから…」


 ──よく言うよ。本当に。


「私がここに来た本来の理由はこの想装にあってな、コレを取り出す特訓を明日見くんに課すためだった。

 …予想外に予定がギッチギチに詰まっていて驚いたがね…」

「い、いやぁ~ハハハ…」

「しかも殆どが未来くん絡みだったぞ。そんなに構われて気持ち悪くないかい?世間一般ではそろそろ姉離れ妹離れしていてもおかしくない年頃の筈だぞ?」

「うーん…私達の場合はちょっと違うんですよね~」

「ふむ?あまり詳しくは聞いてなかったが、確か明日見くんが色々あったとかだったか?」

「人に聞かせられるような話でもないし、それに…」

「私もまだ詳しく話を聞いていないのでその辺りはよく解らないんです。何となく『お姉ちゃんに色々あった』くらいしか想像が付かないくらい」


 灰田先輩が亡くなってもう直ぐ一年。事実を受け入れるのに掛かった時間はそれから大分長い。いや、本当はまだ受け入れられていないのかも知れない。

 そんな心持ちなだけあって、未来にはまだ話せて居ない。


「まぁ深くは突っ込まんさ。想装についてはこのくらいで、後は素早く取り出せるように訓練する。コレは決定事項だ。死にたくないなら従えよ?」

「時間は必ず作る。心配はないよ」


 私だって死にたい訳では無い。ただちょっと今回は予定が詰め込まれすぎただけだ。


「結構。じゃあ最後に君達の体についてだが──」

「え!?何!?私達なんか危ないことになってますか!?」

「それを今から確かめる。さっき魔物について話していたな?」

「うん…」

「さっきは魔物に対してどう対処するかを話していた。今度は魔物を倒したらどうなるかの話だ」

「倒したら?」

「ときに明日見くん。君は魔物を倒してから何か自分の身に変化は無かったかな?」


 変化。変化と言えばかなり解りやすい。


「怪我の治りが異常に早くなった」

「他には?」

「なんか感覚が鋭くなった」

「それだけ自覚出来ていればもう十分だ」


 今度は未来に向き直る久米井。


「未来くんに質問だ。最近料理の調子が良いと言っていたな。いつからだ?」

「え?えっと…いつからだっけ?」

「多分だけど、未来が退院してからじゃないかしら?あの時は本当に大変だったから…」

「帰ってきてからお姉ちゃん達が私を見る目がなんかおかしかったけど、本当に大変だったんだなぁって事は解った」

「え?何?何があった?」


 私は動物園での出来事から未来が退院するまでの生活を話した。

 具体的には、我が家の食卓事情にどれだけ未来の存在があったのかを再認識したことを。


「は…はぇ~」

「そんな訳で帰宅早々に未来がキッチンに立ったのを見て、私達は救われたの」

「食卓における未来くんが家族公認で神格化されているのを見て怖くなった私だよ」

「エヘヘ~いや~それほどでも~」


 未来はだらしない笑みを浮かべて後頭を掻いている。


「あの時はそんな感情が先走って気が付かなかったけど、考えてみたら退院直後にあんな美味しい料理を作れるってなんか変だと思う」

「うーん…でもなんで?」

「ここまで来たら話した方が良いだろう。これも仕組みは謎だが、魔物を倒したらその魔力の一部が自身に還元されるそうだ」

「えーっと…久米井、それはつまりどう言う事?」

「つまり魔物を倒すとその分強くなる」

「なんかゲームみたいな話だねぇ~」

「実際そう解釈し他方が解りやすいと、我々の間でもその度合いを何とか数値化できないかと模索しているところもある」


 それとこんな物もあると久米井は一息置いて説明する。


「一番の注目は『魔力経の自覚』だ。魔物を倒すとソイツが持ってる魔力が自分に流れ込んでくる。それを意識的にしろ無意識的にしろ、何らかの形で感知し、使用できるようになる。傷の修復は無意識的な使用。気配探知は意識的な使用。明日見くんはそれらを動物園のときに使いこなしていた」

「じゃ…じゃあ最近私が料理の調子が良いのは?」

「明日見くんの話では未来くんもコボルドを一体討伐している。入ってくる魔力は僅かな物だがそれだけで十分なんだ。未来くんは無意識的に美味しい料理を作る感覚を鋭くしていた。元々料理の才があったのも後押ししていることだろう」

「じゃ…じゃあやっぱり私はあの時…でもそうしないとお姉ちゃんが…」

「未来!」

「!?」

「あの時は私も悪かった。それに未来のお陰でこうして元気で居られている。だから大丈夫よ」

「あ…うん。ありがとうお姉ちゃん」


 やっぱり相当ショックだったみたいだ。それでも何時もと変わらないで居てくれて居る未来に感謝する。


「ところで、入院中はちゃんとご飯前に吐けたかな?」

「もう病院でしょっちゅうですよ。お陰で退院が少し遅れてしまったみたいで…エヘヘ…」


 家に帰って料理をしてたときに何とも無さそうだったのはその為だったらしい。


「さて…ここまで隣接世界と魔物。そして想装について話してきた。話を簡単に纏めよう」


 私なりの解釈で以下に纏める。


 隣接世界について。

 ①『門』から侵入できる。いつ何所に出現するかは不明。現在も増え続けるか新たに発見されている。

 ②滅茶苦茶広い。侵入口から遠く離れると文字通りの『異世界』に辿り着く可能性がある。最も此方の世界と大気組成や物理法則その他が完全に異なる可能性があるため、異世界渡航はオススメしない。

 ③未知の資源が採取できる。次の項目で纏める『魔物』に対抗できる武器の素材にもなる。


 魔物について。

 ①我々の世界の武器の殆どが通じない。傷つけても驚異的な速度で自動的に傷を治す。隣接世界の物質で作られた武器か、次の項目で纏める『想装』くらいしか対抗手段はない。

 ②倒すとソイツを倒した本人が強くなる。成長の方向性は人それぞれ。

 ③此方に対して友好的な者は居ない。見つけ次第殺せ。殲滅せよ。


 具現化想念装甲について。

 ①持ち主の想いや願いが形になった武器。その性質上、現存する如何なる物質よりも強靱で、刃こぼれなどの心配は全くない。心が折れると想装も壊れる。

 ②取得方法などは一切不明。その為例え素質があったとしても気付けないまま一生を終えることもある。

 ③隣接世界の魔物に対して確実に傷を与えられる。他にも傷を与える手段が無い訳では無いが、此方の方が比較的簡単且つ確実にダメージを与えられる。


「とまぁこんな感じだ。長々話してきたが、シンプルな物だろ?」

「改めて見ると物騒なことしか書かれていないのね…」

「何だか世界の新たな成り立ちを考えそうになったよ~」

「ここまで話したのも、明日見くんに現状をキチンと理解して欲しかったのが理由だ。いつ何所でハマるかわからない落とし穴で確実に生き残る。その為の情報と心構えを話しておきたかった」

「お姉ちゃんに?私は?」

「学校外で明日見くんを支えられるのは未来くんだけだ。それに…」

「?それに?」

「いやなんでも無い。それより、もうそろそろ良い時間だ。早く寝る支度をしよう」


 そう言われて時計を見てみる。まだ十時にもなってない。


「え~早くないですか~?」


 流石に未来も早いと思ったのか、久米井に不満を立てる。


「明日は君達で料理の特訓をすると明日見くんから聞いている。私は仕事があるから日中は居られ無いから、朝早くに明日見くんに訓練を付けなければならない」

「あ~そう言えばそうだったねお姉ちゃん」

「あと単純に、私が眠いからだ」


 後半は欠伸の混ざった声だった。そんなに早く寝て勉強とか大丈夫なんだろうか?


「あぁ勉強については気にするな…それよりもう眠い…」

「ああ!なら那由多さん!寝る前には歯を磨かないと!寝ている間が虫歯になりやすいんですよ!」

「うぃー…」


 一気に眠気に襲われた久米井を何とか歯磨きに連れ出した未来。来客用の歯ブラシの場所は知ってたかしら?


「お姉ちゃん!予備の歯ブラシどこだっけ!?」

「教えるから落ち着いて」


 歯ブラシの場所がわからなくて右往左往する未来と、見つかった歯ブラシでうつらうつらしながら歯を磨く久米井をハラハラしながら見る私。妹が増えたような心地になりながら二人の後で私は歯を磨く。

 部屋に戻って床に敷いた布団の中に未来と久米井が入るのを横目に、私はベッドに身を横たえる。

 今日は何だか久し振りに良い夢が見られそうな気がした。

誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。

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