降車 - 坂道、『彼』との出会い
スマートフォンにて失礼します
車窓を流れる景色はこの1年では特に変わり映えすることは無く、私が生きる世界の無情さを感じさせた。
さして時間が掛かるわけでも狙い澄ましたような遅延が発生するでも無く列車は目的の駅に到着する。
月校へはここから少し歩いた小高い丘の上にあり、駅から出た私を静かに見下ろしている。
坂道に入りながら『彼』と出会った日に思いを馳せた。
◆ ◆ ◆
灰田優人を一言で説明するなら『超絶イケメン』だ。
サッカー部に所属しており、まだ引退していない先輩を差し置いてキャプテンをつとめる実力の持ち主。これを見ただけでも相当な人物だが、本人の成績も極めて優秀で学年でも五本指に入る勉学の徒である。
本人もその立場に傲らず、常に自分を高めることに邁進する努力家でもあり、教師陣からの評判も極めて良い。おまけに頼み事をされると断りづらい性格らしく、学校中で誰かしらのの手伝いを行っている姿を見掛けることが非常に多い。
そう言った面のおかげで女子から告白されることも日常茶飯事。でも彼はその娘達の気持ちを聞いた上で、その全てを断り続けてきた事でも有名であるため、女子達からは競争率が高いが攻略難易度も高い事でも知られていた。
そんなお人好しや善性の塊が服を着て歩いているような彼が、まさに青天の霹靂とも言える事件を起こした。
始めは一通の便箋からだった。学校帰りの下駄箱の中に入っていた。差出人は無く、気になってその場で中を確認するとそこには『明日の学校終わりに学校正門で待ってます』とだけあった。
何で今日じゃ無いんだろう?と思いながらその日は普通に家に帰り、その次の日も普通に学校での1日を終えた。
そして手紙の呼び出し通りに向かった正門で灰田優人が誰かを待つように終始落ち着かない様子で佇んでいた。
誰もが怪訝そうにしつつも帰りの挨拶をし、そして彼もそれに笑顔で返事をする。それでも彼はどこか落ち着きが無かった。
そうこうしている内に私が正門まであと10メートル位の所に着くと、漸く待ち人が来たというような安堵の表情を浮かべ、私に声を掛けてきた。
「唐竹明日見さん、だよね?」
「え?あっ、はい…そうです」
「手紙…見てくれたかな?」
「え?手紙ってやっぱりこちらのことで?」
そう言って私は鞄から差出人の書かれていない便箋を取り出す。
「そうそれ!」
「吃驚しましたよ、差出人が無かったので。まさか灰田先輩だったなんて」
「こういうの、初めてだったからさ。アハハ…」
彼は照れ臭そうに後ろ頭を掻いてはにかんだ。結構レアな表情かもしれない。
「それで、先輩は今日はどうして?」
「あぁー…うん…そうだね。そうだったね」
今度は緊張した面持ちとなり、少しだけ目を伏せる。それも一瞬のことで、今度は覚悟を決めた顔になった。
「ずっと好きでした!!付き合って下さい!!」
夕焼けに染まる正門に、今までに見たことが無いほど真剣な表情をした灰田優人の告白が響き渡った。
そう、私はこの時ハッキリと本人の口から告白された。
◆ ◆ ◆
月校までの丘の中腹にある公園で一休みする。あの時のことは今思い出しても驚き以外の感情は無かった。驚きは思考を停止させ、情報の処理が追い着くと全身が熱を持ち、その熱は衝動に変わってソノアトハ…。
今にして思えば何て事をしてしまったんだろうかと溜息をつく。
けれど、あの時だけはやはり今までの事を振り返ってきた今でも一番幸せだったことに間違いは無い。それだけは自信を持って言えることだと思う。そう思いたい。たとえ当時の私は別の思惑が有ったとしても、其れだけは嘘をつきたくなかった。