両親帰宅。お泊まり準備
明日見からはどう見えて、ご両親からはどう見えていたのかねぇ
5月4日(金)21:00 大型連休二日目
唐竹家リビング
「ただいまー。遅くなってしまったわね」「今帰ったぞー」
普段ならもう寝静まっている頃。私達はリビングのソファーで溶けていた。
風呂場でのぼせていた私達は、未だにその火照りが冷めていなかった。一応冷却シートや氷嚢の類は身体中に付けて冷却を図っているため時間の問題になると思う。
その最中に両親が帰宅した。
「「お…お帰りー…」」
「お…お邪魔してますー…」
「あ、これはご丁寧にどうも。みくちゃんにすみちゃんもどうしたの?」
「のぼせたりしたか?次からは気を付けろー?」
「あ…冷蔵庫にご飯有るよ~…」
「おう、ありがとな未来。うお!?凄い量だな」
「うーん…ちょっと多すぎかしら?少し頂いて残りは明日の朝に回しましょう」
そうして私達の両親は思い思いに未来の料理を盛り付けレンジで温めていく。
「「いただきます」」
我が家では基本的に晩御飯だけは家族揃って食べることになっている。けれど最近は仕事が忙しいらしく、それも段々難しくなってきた。こうして揃っていることの方が珍しいくらいだ。
「んー!やっぱり美味いな!また腕を上げたんじゃないか?」
「でへへ~それ程でも~」
こんな汚い照れ方をする未来は初めてかもしれない。
「これは母さんもうかうかしていられないぞ?」
「もうとっくに諦めてるわよ。でも本当に美味しいわね。何か良いことでもあったのかしら?」
「あ、わかっちゃう?今日はなんと!お姉ちゃんのお友達が遊びに来たのです!!」
「ちょ!?違──」
否定しようとした瞬間未来が勢い良く此方に詰めてきた。そして私の耳元で小声で話し掛けてくる。
「お姉ちゃんは話を合わせて!」
「──!?(コクコク)」
話し掛けるというか、凄むだった。
「あ、うん!そうなの。えーっと…久米井、ちょっとお願いできる?」
「任せ賜え」
一足先に調子を取り戻していた久米井は小声で私に返事をし、ソファーから立ち上がって挨拶をする。
「初めまして。唐竹先輩のお父様とお母様ですね。私は今月月校に編入した一年の久米井那由多と申します。校舎内で迷子になっていた所を先輩に助けて頂きました。本日はそのお礼を兼ねて此方に参りました。急に泊まりとなってしまったことをご迷惑お掛けします。ペコリ」
──誰だコイツ!?
どうやら私達の親の前では猫を被ることにしたらしい。にしたって丁寧な物だ。これも訓練の一環だったりするのか?
「あぁそうだったのね。すみちゃんの母の牡丹です。今まで友達を呼んだことが無かったからちょっと驚いたわ。これからもどうか宜しくね」
「はい。宜しくされました。娘さんはお任せ下さい牡丹さん」
「ちょ!?そんな大袈裟な…」
私の将来が何か決定付けられそうなやり取りだけど、違うよね!?何にも無いよね!?
「じゃ、今度は俺の番かな?明日見の父の隆吾です何かと無愛想な娘ですが、よろしく頼みます」
「はい、よろしくお願いします隆吾さん。出会ってからそう経ってはいませんが、何となくそんな気はしておりました。ですが先輩は迷子の私を快く案内して下さいました。単に無愛想なだけでは無いこともまた解っているつもりです」
「ほう?わかってるじゃないか!よぅし!今度また何時でも遊びに来なさい。那由多くんだったら大歓迎だ!」
「ありがとうございます。隆吾さん、これからもよろしくお願いします」
「ちょ、ちょっとお父さん////」
「おぉ…お姉ちゃんが照れてる~可愛い~♪」
──何これ!?何なの超恥ずかしい!え何?私ってたかが友達一人喚んだだけでこんなに大事になるの!?
「差し出がましいようですが隆吾さん。あまり先輩を困らせないで頂けると」
「おっと、そうだな。すまない明日見。なにせ初めてのことだったからな…柄にも無くつい、はしゃいでしまった。良かったな、明日見」
「あ…うん…」
──そんなに嬉しいことだったんだ…
「久米井さん。そろそろ部屋に行かない?寝るところに案内しないとだし」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ私も。おやすみ、お父さんお母さん」
「おう、おやすみ」
「おやすみ、みくちゃん、すみちゃん。あと那由多ちゃんも」
「はい、お休みなさい」
「おやすみ~」
私達は久米井を誰の部屋で寝て貰うかを話し合いながらリビングを後にする。初めて感じた気恥ずかしさから逃げるように。
………………
…………
……
「明日見が友達を喚んだ、か…本当に良かったな…」
「そう言う割にはあまり嬉しそうではありませんね?」
「父親として不甲斐ないと思ってな…何年振りだろうな…あんな明日見を見たのは」
「そうですね…本当に久し振り」
「お互い忙しいなりに色々してきたつもりだったが…結局どれも実を結ばなかった…情けないったらない…」
「隆吾さん…」
「それを那由多くんはあっさりやり遂げた。正直悔しいな。明日見を一番見てきたのは俺達だったというのに」
「本当に…でもやっぱり嬉しい物ですね」
「…よし!丁度連休だ。今夜は久々に夜更かしでもするかい?ずっと開けてなかった良い酒があるんだ」
「いいですね。私も丁度呑みたい気分だったんです」
「決まりだな」
……
…………
………………
同日21:15 夜更かし
明日見の部屋
「随分殺風景な部屋だな。比較的片付いているからこの部屋になったそうだが、それにしたって物が少なすぎる」
「別に良いじゃない。単にあまり物を買わないだけよ」
「ほえぇ~…久し振りにお姉ちゃんの部屋に来たけど…ほえぇ~…」
勉強机に最低限の文具。必要だからと父に買って貰ったノートパソコン。本棚には参考書と中学からの教科書と月校から出される教科書。無地のカーテンに機能性のみを追求したベッド。
唯一のインテリアは写真立てくらいで、それも中には何も入れられていない。
年頃の女の子らしい要素が殆ど無いそんな部屋が私の自室だった。
「取り敢えず、そこに布団を敷くわね。えーっと確かこの辺りに…」
備え付けのクローゼットから一度も使用されたことが無い来客用寝具一式を引き出す。
「おぉ、私としては雑魚寝でも良かったんだが…なんか申し訳ないな。見た感じ新品だろそれ?」
「床で寝かせる方が方が失礼よ。それにアンタが初めてだし」
「左様で」
「じゃあ私那由多さんと一緒に寝る~♪」
こうして私の部屋に各々の寝床が形成されていく。それぞれのスペースが確保されたタイミングを見計らって久米井は口を開いた。
「さっきは途中で終わってしまったが、続きは今から話した方が良いだろうか?それとももう寝るかね?」
「私はあまり寝付きが良い方じゃないから、このまま話しても問題は無いけど…」
「私は何時もなら勉強しているけど宿題も終わったからねぇ~。それより那由多さんの話が聞きたいです!」
「解った。では続きを話そう。…ん?未来くん今名前で呼んだか?」
言われて初めて気が付いた。それ程までに違和感が無かった。
「なんかいつまでも名字のままだと…なんか落ち着かなくて…エヘヘ♪それにお父さんも名前で呼んでましたし。ダメ…でしたか?」
「別に構わんよ。でもそうだな…確かに君のような者はそのほうがいいかもしれん。これからは好きに呼び賜え」
「エヘヘ♪じゃあ那由多さんで!」
こうして未来の久米井への呼び方が改まった。
「さて、ここからは君達が偶然にも条件を満たした魔物への対抗手段の話だ。結論についてはとても簡単だ。此方の世界の物ではダメなら、其方の世界の物で対抗すれば良い」
「私がコボルドから分捕ったこん棒を未来に持たせたのは正解だったって事?」
「正解も正解。大正解だ。実は我々の研修の中には『現地での武器調達及び加工』の項目があり、文字通り手頃な素材を武器として加工する訓練が有る。向こうに銃火器類が有れば使いたいところだが、望みは薄いだろう」
ひょっとしたら、既にゴブリン辺りが何処かから調達してそれらの使用方法を調べ上げたか、独自の使用方法に辿り着いたか。あまり考えたくないが、あの世界が私に関わってくる以上最悪は想定しておくべきだろう。
「どうして此方の世界の武器は通じないか。これについては研究者達の間でも議論になっていて、幾つか仮説も立てられている。中でも一番有力なのは──」
「魔力経を断ち切るための要素が無い。とか?」
「──正解…」
より詳しく話を聞くと、接近戦が得意な人間が魔物の腕や胴を両断しても、何かに引っ張られるように元通りにくっ付くそうだ。魔力経の存在が提唱され始めたのはこの頃からで、長いこと研究が続いている。
「その少し後くらいに彼の武器は壊れる。手頃な物で地面に転がった小枝で応戦したとのことだが、これが相手の眼孔に見事に突き刺さった。結果的に相手は脳の損傷か何かで絶命し、待っていた武器も取り落とした。それを手にしてからは何とか窮地を脱して帰還したそうだ。我々の間では今でもその彼の功績を大いに讃え、その先への研究に活かしている」
「その人すっごい強かったんだねぇ~。だって小枝だよ小枝!!」
「私達には絶対に真似できそうにないわね…」
「そうして度々向こうから手頃な素材を持ち帰って此方で武器に加工することが当たり前になった。ただ、そうすると効果が著しく落ちてしまうみたいで、またそれも原因がわからずに苦労している。全ては魔力経が完全に観測が不可能なのが原因で、全てに置いて人間の感覚に頼るしかない事がそれに拍車を掛けている形だな」
感覚。昨今では様々な分野で機械に取って変わられる時代で、まだ人間の感覚が必要な時代がある。嬉しいようで、人間もまだまだなのかという微妙な気持ちになった。
「まぁ、何も武器を用いて戦う必要も無かったりする。破損したり紛失したり色々理由は有る」
「え?でも武器が無いと戦えないですよね?」
「さっきも言ったが、魔力経の存在があって魔物は非常に強力だ。だが逆に言えばこっちも魔力経で攻撃すれば良い」
「え?あれ?でもどうやって?」
「最後の武器は己の肉体!即ち拳だ拳!!」
妙に久米井のテンションが上がっているが、キチンと理由が有るらしい。
拳で戦える理由は単純で、魔力経は魔力経に作用するからとされている。普段は意識していなくても存在はすると言うことなのだろう。戦果も度々報告されており、特に中国の拳術家達が隣接世界探索において多大な貢献をしている。間合いの関係でどうしても死亡率は高いが、それでも希望を捨てなくて済む活躍をしているのは間違いない。
「実はさっき言ってた魔術もこれに近い物で、武術の修行は主に魔力経の存在を自覚するところから始めることが非常に多い。魔力を通せるようになると一部身体機能が向上し、傷の治りも早くなる、と言った恩恵が得られる。そうすることで多少体が丈夫になり、より素早く動けるようになる。死亡リスクはどうしても避けられないが、現状これらの積み重ねで中国支部は武闘派組織としてのトップに立っている」
「凄いわね…」
「なんかもう色々スケールが違うなぁ~…」
武器が無くなってもまだ戦う術が残っていると聞いて安心できた。あの夢現な時間に持っていた剣銃もいつ私の下から無くなるかは解らない中で、ほんの少し気分が楽になった。
「…あれ?待って下さい那由多さん」
「前にある程度明日見くんに話したとは言え、ここまで質問が飛んでくることは無かった。そう言う意味では未来くんが私にとってとても良い生徒だと思うよ。それで、なんだい?」
「最初に私がお姉ちゃんが戦っているのを見たとき、私と違って既に武器を持っていたんです。お姉ちゃんが言うには自分にしか見えない短剣だったみたいなんですけど、その後でなんかスッゴいカッコイイ武器を持って戦ってたんです。アレは何ですか?」
その質問を聞いて久米井は凄絶な笑みを浮かべる。
「よくぞ質問してくれた。コレこそが我々が持つ最大戦力。中国の武人が組織としての最強なら、此方は個人としての最強。あまりの希少さ故に発現することも無いまま一生を終えることも珍しくなく、発現したとしてもその者達は力に溺れて命を落としやすい。その者の持つ力の指向性は個人でそれぞれであり、その形もまた個人で異なる万華鏡のような力…」
久米井は盛大に溜を作る。ここが一番大事だからだろう。
「想装。我々はそう呼称している」
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