途中休憩にお風呂でも
皆さんは夏でもお風呂に入る派?それとも入らない派?
5月4日(金)20:00 大型連休二日目
唐竹家リビング
「通用しないって…え?」
「説明したいとは思うが…ちょっと良いかね明日見くん」
「どうしたの?」
よく見ると久米井は小刻みに体を震わせている。まるで何かを堪えているような、我慢しているような──
「か…厠は何処に?」
「…案内するわ。付いてきて」
「も…申し訳ないのだが…もう少し動いただけで漏れ出そうで…」
「じゃあ何でそんなにガブガブ水を飲んでたのよ…」
「普段あまり喋らないものだから喉が渇いてつい…」
「ハァー…ちょっと失礼するわね」
「お?おぉ!?」
私は片方の腕を久米井の膝裏に、もう片方の腕を背中の方に通して抱え上げる。所謂お姫様抱っこというヤツだ。
「うおぁ~!?何年振りだろこれ~」
「なんか軽いわね貴女。ちゃんとご飯食べてる?」
「失敬な!ご飯は最低限食べられているから問題は無い。と言うかここの料理が美味しすぎて普通の概念が壊れそうだよ!」
「コラコラ暴れないでって。ゴメンゴメン、そんなに興奮しないで」
「興奮などしてな──う!?」
「ちょっと!?どうしたの!?」
「本格的にマズい…漏れそう…」
「今急ぐからもうちょっと持ち堪えて!」
「おぅ…おぅ…あまり揺らさないで…やば…なんか顔を出しそう」
「ヒイイィィィィィィ!!!!」
私は大急ぎで久米井をトイレまで運んでいった。久米井は最後まで我慢してくれたみたいで、床はキレイなままだ。
「お姉ちゃんがかなり賑やかだ。今度お姉ちゃんにやって貰おうかなぁ…お姫様抱っこ♪」
それから暫く。私達はリビングに戻って来た。
「いやぁ~間一髪だった。スッキリスッキリ」
「ある意味あっちの世界で戦う方がずっとマシなレベルね…」
「あ!お姉ちゃーん!お風呂沸かし始めたよ~♪」
私達がトイレで格闘している間に未来はお風呂を沸かしてくれていたみたいだ。
「未来サンクス。久米井はどうする?」
「なんかもう流れ的に泊まっても良い感じなのかな?だとしたら入りたいのだが…」
「もう全然OKですよ~♪なんならみんなで入りますか?」
「え?君達の所は風呂も広いのかね?」
「一家全員で入ってもまだ余裕があります!」
我が家は父が兎に角デカイため広めの風呂が必要だった。その結果私達は何時も快適な入浴ライフを楽しんでいる。
「そ…そうかい…なら沸くのも時間が掛かりそうだな。その間に話してしまおう。えーっと…何所まで話したっけ?」
「私達の世界の武器の大半が通じないこと」
「あーそうだ、そうだった。さてその理由だったな。厳密にはそれで傷を負わせること自体は可能だ」
「え?でも通用しないって…」
「明日見くんを見てみたら解るぞ?心当たりは無いかね?」
「え?えーと…」
「…最近の私が異様に怪我の回復が早いことと関係があるか、またはそれに付随する何かかしら?根拠は無いけど」
「流石に解るか。アレは回復と言うよりは“修復”か“復元”と言った方がこっちとしてもしっくり来る。この世界の銃火器や刀剣類などの通常兵器では、魔物達のその復元力を妨害することはまず不可能だ」
「ど…どうしてですか?」
「あーそれは──」
そこからの説明は少し長く、彼女も色々私達に理解しやすい言葉を選んでいたのが解った。
簡単に纏めるとこうなる。
本来は私達も持っているとされているが、自覚が出来ず解剖しても出て来ない不可視の器官が存在する。『魔力経』と呼ばれ、神経に添う形で全身に張り巡らされている。物理的な繋がりは無く、霊的な繋がりで以て全身に巡らされているため、物理的な切断はまず不可能とされている。しかし人間はその存在を認識出来ず、何かの切っ掛けで自覚出来なければそれを使いこなすことは出来ないらしい。魔物達はそれを十全に使い熟し、魔力を通すことで損傷部位を瞬時に復元できるとのことだった。
長くややこしいが、これでも短く纏めた方だ。
「──と言うことだ。研究者で無い私の辿々しい説明だったが、何となく解っただろうか?」
「……(プシュー)」
未来の頭から湯気が出ている幻影が見える。頭に熱が溜まり口をポカンと開けて目を見開くあのポーズで停止している。
「ま、まぁ私の場合は自分なりの解釈で理解したつもり。要は普段意識していない体内器官と言うことで良いのよね?」
「まぁ概ねその通りだ。コイツのお陰で通常兵器では傷を負わせても瞬時に回復・復元してしまう。元の相手の持つ魔力を枯渇させる勢いで攻撃を重ねれば通常兵器でも一応撃破は可能だが、どうしたってコスパは悪い。某有名RPGゲームのスライム一匹にロケットランチャーを20発撃ち込んでやっと倒せると考えると良い。直ぐに『やってらんねー!』って結論が出てくる」
「でも、逆に考えるとその『魔力経』を切断ないし破壊が出来れば簡単に倒せるって事?」
「そうだ」
「っ!じゃあ私達はそれが出来たって事なんだ!ヤッホー!」
久米井の返答で未来の思考が復活する。対抗手段の存在は必要だったみたいだ。
「しかしそれを行うのは簡単では無く──」
──ピンピロリン♪お風呂が沸きました。
「あ、お風呂が沸いたみたい」
「よーし!みんなで入りましょー♪」
「あ、すまない、着替えはどうしたら良いだろうか?流石に泊まりは想定していなかったから用意が無くてな」
「私のを使いますか?丁度同じくらいの体格みたいですし♪」
「お…おな…じ…?」
久米井は立ち上がった自分と未来とを比べて戦慄の表情を浮かべた。具体的には自身の胸部を見ていたようだが…
「…流石に私のだと少し大きいと思うから、ここは未来のを借りるのが良いと思うわよ?」
「そ…そう…だな…」
そうして私達は自分達の着替え一式と体を拭くためのタオルを持って脱衣所まで向かった。
◇ ◇ ◇
同日20:20 入浴
唐竹家浴室
「うわ広!我が家のユニットバスが独房に見えそう」
「そんな大袈裟な…」
「お父さんお風呂大好きだからね~」
全面タイル張りで六畳程の広さの浴室。その中で浴槽が約二畳程の広さがある。
我が家の風呂が広くなった経緯は先述の通り父にある。我が家が完成したのは父と母が入籍して直ぐのことで、同棲していた頃から考えていたみたいだ。元々風呂好きの父で、アパートの風呂が体格に合わず入れなかった頃の反動みたいで『絶対広い風呂の家に住む!!』と言うのが口癖だったと母が話していた。
私達が幼い頃に一緒に入っていたときも『お前らも将来の旦那には広い風呂を作るよう言っとけよ~』と何度も言っていた。今でも風呂上がりに私達にそう言いながら瓶入のコーヒー牛乳を飲んでいる。
「この広さだと温泉旅館とかも行くのか?」
「寧ろそっちは拘りが有り過ぎるくらいね」
「でも秘境に行くのは楽しいよ~」
「ほー秘境かー良いなぁ…」
そんな会話を交わしながら私達はそれぞれ体を洗っている。入浴前の掛け湯はマナーだ。幼い頃は毎日父が口を酸っぱくして言っていた。成長して一緒に入ることが無くなってもそこは変わらない。
「なんか凄い拘りのある父上だな…疲れたりしないか?」
「幼い頃は色々文句を言ってた気がするけど、今は理由がよく解って納得している」
「あと、なんか毎日やってないと落ち着かないんだよねぇ~」
「…そう言うものか」
私達は浴槽に入る。広めの浴槽は私達三人が同時に入ってもある程度は足を伸ばせられる余裕があった。その広さに任せて私達は肩まで湯に浸かる。
「「「はぁ~…」」」
春の終わりを過ぎて、もう直ぐ梅雨に入り始めるこの時期。ある程度高めに設定した温度の湯は、私達に発汗を促し体表の汚れを少しずつ洗い流していく。
「これは後で掃除が大変そうだなぁ…」
「今更だよぉ~」
「そもそもこの広さでタイル張りなのが中々挑戦的な造りだよなぁ」
「そうなのよねぇ…汚れは溜まりやすいし、直ぐに黴びるし、冬は足下冷たいしでねぇ」
「でもお風呂として以外にも色々便利に使っているよぉ~」
「ほう?例えばなんだ?」
「お肉の解体とか、お魚の三枚おろしとか」
「随分本格的だな。と言うかそれ全部君がやってないか?」
「あ、バレた?」
「偶にお母さんが良い魚やお肉を持ってくることがあって、それらをここで捌いたりしてるのよ」
「なんか君達の一家は一々スケールがデカくないか?」
「そうかな?」
「私は親しい同年代が殆ど居ないから、誰かの家に遊びに行く~みたいな発想が無かったのよね。だからずっとこれが普通だと思ってた」
「普通…ね…普通って何だっけ?」
「あ~哲学~」
風呂の温度で少しのぼせた頭で会話が進む。その後はそれぞれ交代で洗髪を行って、また湯船に浸かる。今は未来が髪を洗う番だ。
「なぁ明日見くん」
「ん?どうしたの久米井」
「明日見くんは…意外にスタイル良いな」
「まぁ日々の運動は欠かしていないつもりだからね」
「それに…」
「…?」
何やら一点に視線を感じる。具体的には私のむn──
「──って何所見てるのよ!?」
「いや、一般平均に比して少々小ぶりだと思っていただけだぞ?」
「動く上で邪魔だからこれで良いのよ。あんまりあっても困るし」
「…どうやら本気でそう思って居るみたいだ。今時珍しい」
「何々~?何の話~?」
髪を洗い終わって戻って来た未来が私達の会話に混ざってくる。
「明日見くんは丁度いい女だと言うことを話していた」
「…はい?」
「オイ言い方」
頭に疑問符を浮かべていそうな顔で未来は湯船に浸かる。そして私は見てしまった。先程は気にも留めなかったが、話の流れでつい目が行ってしまった。
──浮かんでいる。
「未…未来?」
「?どしたのお姉ちゃん?」
「あ…いや…その…」
「なぁ、アレで私の一つ下なのか?何かの冗談だろ?浮いてるぞ?最近の中三はあんなにも発育が良いのか?それなのに何故私はこうなんだ?」
「いや知らんし…私は気にしてないし…?全然?これっぽっちも?」
「?なんか変だよお姉ちゃん達」
──未来…いつの間に成長したのね…あんなに小さかったのに…
いやここ最近まで気にも留めてなかった私がいうのも違う気がする。
──でも…そうか…なんか納得した。
あんなに可愛いんだもの。色々な人が放っておく筈が無い。そりゃ告白だってされるさ。可愛いし。美人だし。なんか彼方此方柔らかそうだし。可愛いし。私が男の子だったら絶対放っておかない。きっとあの子をモノにするためなら何だってしたに違いない。だって私だもの。絶対そうだ。それで──
「ってイヤイヤ何考えてるの私ー!?!?」
「うお!?ビックリしたよお姉ちゃん」
「む?これはシスコンの波動か?イカンぞ明日見くん。流石にそれ以上はイカン」
あれこれ考えまいと視線を泳がせていたら久米井の体に目が行った。
「あ…それ…」
「ん?あーこれかぁ…まぁ色々あるのさ」
高校一年女子の一般平均に比して小柄な体躯。あまり目立たないがそれでも確かに筋肉の付いた体つき。柔らかく白み掛かった肌。けれどそこには幾条もの赤い筋が浮いている。古い傷跡だと直ぐに解った。
「別に誇るつもりは無い。怪我なんてしないに越したことは無いからな。それに明日見くんだって大概だぞ?」
「え?」
言われて自分の体を見下ろす。言われるまで気が付かなかったが、確かに体の彼方此方に刺し傷切り傷噛み傷と言った数多くの傷跡が浮いていた。
「ムハハ、これでお互い傷物だな明日見くん」
「ちょっと、その言い方やめて欲しいんだけど」
「それに比べて未来くんはキレイなものだな。動物園では相当な戦いがあったろうに」
「お姉ちゃんが守ってくれたからね。でも…なんか羨ましいな…」
「未来?」
──羨ましい?どうして?こんなの只の大怪我の痕なのに。
「だってお姉ちゃんと久米井さんが持っている物だもん。なんか通じ合ってる物がある~みたいな。やっぱり羨ましいよ…」
「…そんなに良いもの?」
私には解らない。中学時代に部活で怪我をして、それでも笑っていた先輩や後輩を見ても解らない。
どうして怪我をしたのに笑っていられるのかが私には解らない。
怪我は失敗の証だ。次はそうならないための戒めだ。笑い合うような、誇りに思うようなものでは決して無い筈だ。
なのにどうして笑っていられるのか?何故同じような怪我を出来るのか?どうしてその怪我の数を自慢できるのか?
ずっとずっと解らない。
未来が何故私達の傷を羨むのかが解らない。未来の気持ちが解らない。それが悔しい。
「どうしたのかね?」
「…自分の不甲斐なさに嫌気がさしてただけ」
「今は立派に“お姉ちゃん”をしているようだが?」
「それでもよ」
「ふむ?」
「もう~また二人だけで何か通じ合ってる~私も混ぜて~」
そうして私達はすっかり長風呂をしてしまった。一般家庭の浴槽に比べて一回り大きなそれはそれ相応の湯量で、その分冷めにくい。お陰で私達は揃ってのぼせてしまい、火照った体を冷ますのにまた時間を要してしまった。
誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。
そして私は入る派です。




