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隣接世界講習《魔物編》

魔物の設定をこうして書き散らすのは楽しい。

 5月4日(金)19:40 大型連休二日目・隣接世界講習

 唐竹家リビング


「魔物、ですか?」

「君達は既に見ている筈だ。特に明日見くんはそいつらと戦って何度も死にかけている」


 そう言われて私は思い出す。

 私の前で喉を後ろから刺されて首を掻き切られる二人の男を。

 次々と襲い掛かってくる緑肌の子人を。

 狭い通路を縦横無尽に駆け回る犬頭の人型を。

 未来を握り潰そうとしたあの巨体を。


「奴等のことを『魔物』と呼ぶ理由は今ではもう想像するしか無い。それこそ魔術隆盛期の1000年以上も昔からその名は世界中彼方此方の文献で散見されている」

「文献が存在するって事は、それだけ魔物達は名の知られた存在だったって事ですか?」


 私が危うく胃の中身を戻しかけていた時、未来は久米井に質問していた。


「うーん、どうだろう?隣接世界に落ちて奇跡的に帰ってきた人間が彼等についてまとめた叙事詩を詠ったからか、或いは学会に出しても『フィクションだ!』と一蹴されてヤケクソ気味に物語の題材として落とし込んだか。いずれにしてもかなり昔から知られては居たみたいだ。最も、これらはフィクションなんかでは無くもっと質の悪い現実だったわけだが」


 コップの中身をチビチビ啜りながら久米井は要領を得ない回答を返した。


「まぁ取り敢えず。今回は明日見くんと未来くんがそれぞれ遭遇した魔物について話そうか。何も知らないよりは、何かを知っていた方が今後遭遇した際に対処がしやすかろうて」


 そう言って久米井は足下の鞄から一冊のノートを取り出して、開いたページを私達に見せた。


「明日見くんが最初に遭遇したのはコイツ。『ゴブリン』だ」

「あ!それ知ってる!よくエ◯◯◯とかの題材にされるヤツだ!」

「え!?ちょ!?未来!?」

「なんだ、未来くんは知ってたのか。と言うか最近の女子中学生と言うのはマセていると聞いていたが、まさかこれ程とは」

「そっそそそそんなことより未来!いいいいつ何所でそんなここ言葉を覚えたの!?おおおお姉ちゃんは許しませんからね!!」

「お、お姉ちゃん…最近はみんな知ってるよ?」

「そん…な…」


 ──未来が…未来が遠い…


「まぁ実際のゴブリンはそんなホイホイ人間の女を捕まえては手籠めにするようなことはしない。第一種族が異なれば繁殖なんて不可能だろうが」

「え…?じゃあこう言うのとか…こう言うのも無いんですか?」


 そう言った未来はスマートフォンに表示された画像を久米井に見せた。


「うーん…無いなぁ。と言うか有ったら明日見くんの貞操が守られてない」

「ちょっと未来?今何を見せたの?」

「えへへ~内緒~」


 ──未来が…未来が私の知っている未来じゃ無くなっていく…


「…話が脱線したが、ゴブリンの大きな特徴は群れで行動する事だ。数は数十から数百。下級兵士から上級兵士。指揮官や武将。将軍や軍師など様々な役職を持つ群れで構成されていて、当然数が多ければ多いほど厄介だ」


 あれだけ無尽蔵に沸いてくると思ったらそんな数が居たのか。道理でいつまでも終わらないと思った。


「一体一体は大した力を持たないし、自力でものを作り出す脳も無い。これだけ聞くと大したことないと思いがちだが、奴等は高度な連携と一度憶えたことは()()()()()()()という特徴を持つ」

「一度憶えたこと?」


 未来が久米井に聞き返す。


「例えば戦術。ちょっと昔に遠目から我々を観察するゴブリンが居た。ソイツ自身は何かをするわけでは無かったが、その後直ぐに遭遇したゴブリンの群れは我々の戦術を真似てこちら側を翻弄してきた。真似るだけしか脳の無い子鬼風情だと思ったら、その能力を我々の数段上のレベルまで昇華させていたんだ。武器の扱いにしても同じだ。しかも歴戦の猛者がいた場合、達人の領域に到達した例もある」


 それを聞いて納得がいくものがあった。奴等と戦った時、最初に使ってたのは不可視の短剣だった。でも直ぐに私の武器の特性は気付かれて、それに対する戦術が組まれた。結果は見事に刺さり、そこから私の傷が増えていったのを憶えている。


「まぁ、最近はそこまで生きる個体が居るのは本当に稀な話だから、特に気にしなくても良いんだけどな。我々が奴等と戦うときに気を付けることはただ一つ。『一匹残らず殲滅』だ見掛けた場合でも群れに遭遇した場合のどちらでもそれは変わらない。

 明日見くんが遭遇したのは結構ヤバ目の群れだったみたいだが、君は運が良い。何せ私が直ぐに駆け付けられたんだからな」


 久米井は得意げにそう言って私に目を向けてくる。そう言えば気になることがあったのを思い出した。


「ねぇ、あの時居たゴブリンに黒いローブを着たヤツ居なかった?」

「居たねぇ」

「ソイツって何なの?何かしたみたいなんだけど、とてもそんなことが出来るような距離じゃ無かったし、それに相当な激痛で頭も混乱してたし…」

「魔術師タイプは本当に何でもありだからね、まぁアイツは雑魚中の雑魚の部類だったよ。多分見習いだねアレは」

「魔術師!?魔法有るの!?えー何それ見たい見たい!超見たい!!」

「ちょ、未来興奮しないで」

「ホント図太いなぁ、この妹…」


 魔術師。つまり私は強そうなリーダー格のゴブリンに攻撃を入れようとした瞬間に、その横から何かしらの攻撃魔術を喰らったと言うことだろうか?それで大きく吹き飛ばされて壁に激突し、全身複雑骨折からの意識混濁。そして遅れてやってくる激痛にあのリーダー格のニタニタ笑顔。


 ──って言うかアレで見習い!?じゃあ本物は一体どれ程の力があるって言うの!?


「そこでムンクの叫びみたいな顔をしている明日見くんは置いておいて。そもそも我々の組織がどう言うものか忘れたのかい?現代にも残る“魔術”組織だよ。その手のことは入った時点で初歩の初歩は必ず叩き込まれる」

「え!?じゃあ久米井さんも使えるんですか!?見せて下さいよぅ!!」


 未来のそこ言葉を聞いて私も現実に戻る。魔術か。確かに私も興味がある。花火みたいな派手なものや物探しなどの地味な物をイメージするけど、実際の所はどうなんだろう?


「あまり得意では無いがね。と言うかまた脱線してるぞ、そう言うのは後でまとめて受け付けるから今は大人しく聞いておけ」

「はぁーい…」


 目に見えてガッカリしている未来だった。ちょっと可哀想に思う。


「話をゴブリンに戻そう。こう言った数々の生態から『油断してもしなくても危険』な魔物に分類されている。が、最近はある程度強いゴブリンはその殆どが我々によって駆逐されたため、今ではそこそこ強い程度の群れしか存在しない。

 そのお陰もあって今では我々の実地研修場に細々と生息しているゴブリンを相手に、戦闘訓練兼『生きた相手を確実に殺す』訓練に使われるようになった。明日見くんは既にその辺りは合格だよ。そこも含めてのスカウト対象だ」

「あんまり嬉しくないわね…」


 本当に嬉しくない。私は本来戦うのが嫌いだ。今までだって仕方なく戦っていただけで、戦わずに済むならそれに越したことは無いのに。


「次に紹介するのは君達二人が遭遇した『コボルド』についてだ」

「コボルド。なんか可愛い名前ね」

「ゲームとかだと割と序盤に戦う魔物だよね?」

「物によっては序盤では無く中盤から登場させる作品も有るらしい。

 こいつらの最大の特徴はその身体能力の高さにある。特に後ろ脚が強靱で、それを用いて閉所で鋭角軌道を描いて襲ってくる。発達しすぎた後ろ脚のお陰で二足歩行も可能となって、武器の類いも携行できるようになった。が、まだ十全に使いこなせていないみたいで、逆にそれらが足を引っ張るカタチとなってしまっている。我々にとっては願ったり叶ったりだがな」


 一旦話を置いて、コップの水を啜る。無くなったのを見た未来が継ぎ足す。


「おっと気が利くな。一応奴等の持っている武器も、その強靱な身体能力から振られた威力は、例え小型のコボルドであっても侮れない物になる。具体的には普通の人間なら直撃で骨が砕ける程度の威力だな。当然頭に当たれば即死は免れない。ホント君たち良く生きて帰ってきたなぁ」


 確かに生きて帰ることは出来たが、生きた心地はまるでしなかった。


「もう一つ幸いなことは、コボルドは基本的に大きな群れを作らないことだ。多くても精々6~7匹程度の群れで、そこから増えることはちょっとした例外を除いてあまりない。開けた場所で戦えば、相手の攻撃に当たりさえしなければ戦闘の素人でも善戦程度は出来る」

「その…例外って?」


 大体想像は付くけど訊かずには居られ無かった。


「グレーターコボルド。またの名はリーダーコボルド。滅多に見掛けないために、我々でも呼び名が安定しない。ある日突然どこかのタイミングで普通のコボルドから生まれ、それが急激に成長し力を持った個体。小さい者は縦に置いたミニバンくらいの大きさで、大きな者はその辺の一戸建てみたいに大きくなる。当然力は強く、その巨体に見合わず動きも素早い。おまけに手先も器用で知能も高い。ソイツが顕れたら数十から数百の群れに膨れ上がり、一種の災害と化す。今現在確認されている群れは一つしか無いが、其奴(そいつ)らは隣接世界を大移動する特徴が有る。何かのタイミングで偶然鉢合わせる事があり、そうなった場合生存は絶望的だ」

「災害?どう言う意味ですか?」


 言葉の意味をあまり理解していない未来が久米井に質問をする。私は何となくしか解らないが、彼女の口から答えを聞きたかった。


「そもそもヤツはどんな外見をしていたと思う?」

「えーと…犬?」

「正確にはオオカミとかその辺りだが、今はこの際正解でいい。噛まれたらどうなると思う?」

「すっごく痛い」

「あー…うん…ソウダネー…確かに痛いねー…でももっと危険なことがあるの解る?」

「???」


 どうやら未来は本当に解らないらしい。


「狂犬病だよ、未来」

「狂犬病?」

「初期症状が出始めたら殆ど助かる見込みの無い強力な感染症のことだ。明日見くんの場合は早期に治療したお陰で助かったような物だ。実際には感染はしていなかったみたいだがね」

「そんな危険な病気があったんだぁ…あれ?じゃあつまり…」


 未来の顔からどんどん血の気が引けていく。その可能性に行き着いたらしい。


「察しの通りだ。タダでさえ強靱な肉体を持つ存在がゴブリン並みの連携で襲い掛かる。普通のコボルドを全員倒せたとしても後に控えているのは非凡な力を持ったリーダー。上手く生き延びたとしても専門的な機関で無ければ治療が絶望的な感染症を媒介してくる。当然あの世界には治療薬やワクチンのような都合の良いものは有るわけが無く、更に場所によっては早期の脱出も見込めない。そして一番問題なのは『いつ何所で遭遇するのかわからない』ところ。もう災害と言わずになんて呼べば良いんだい?」


 テーブルに散ったコインを片付けながらコボルドについての説明を締めくくる。久米井の顔には諦めの境地に達した人間特有の笑みが浮かんでいた。


「で…でも!今は現代社会です!銃火器なんかを持ち込めば直ぐに──」

「それが出来たら苦労はしない」

「え…?じゃあどうして…?」

「それというのは『銃火器を持ち込むこと』では無く『銃火器で戦うこと』なんだ」

「ど…どう言う意味ですか?」


 コインを片付け終えてコップの水を飲み干した久米井が言う。


「奴等魔物はこの世界の武器は一部例外を除いて殆ど通用しない。銃火器なんて以ての外だ」


 告げられた言葉は本当に絶望的で、同時に私は非道く納得できてしまった。

誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。

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