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隣接世界

思った以上に長引いた。こんな世界にゃ住みたかぁ無いね。


 少し納得いかないところがあったので書き直しました。

 5月4日(金)19:00 大型連休二日目・食休み

 唐竹家リビング


「「「ご馳走様でした」」」


 私達三人は夕食を終え、久米井を食卓で休ませて私と未来で食器洗いを行う。と言っても全部まとめて洗浄から乾燥まで行ってくれる食洗機に放り込むだけの簡単な作業だ。


「学校にもこう言うのがあると便利なんだけどねぇ…」


 と、部活の度に一々洗剤を付けて食器を洗って布巾で乾拭きしているのを思い出している未来がしみじみと言う。


「確か未来くんが通っている学校は…」

「何の変哲も面白みも無いごくごく普通の公立中学校よ」

「…君の母校なのだろう?そこまで酷評する必要があるのかね?」

「あそこには良い思い出も無いし、そんなんで良いのよ」


 流されるまま進学した先は、只の小学校の延長だった。その時点で私の学校に対する評価は決定された。

 つまり私にとってはどうでも良い。


「でも未来くんはそこに通っているが、そこの所はどうなのかね?」

「未来は未来で好きにしたら良いと思うの。ただし彼氏が出来たなら一度私の前に連れて来て欲しい。一発殴って力関係をハッキリさせる」

「バイオレンスシスコン拗らせヤンデレ系姑が…」

「何か言った?」

「なにも?」


 何か変なのが聞こえた気がするが、まぁ気のせいか。


「もうお姉ちゃん…私は当分彼氏を作る気は無いよぉ~」

「そうなの?未来ってば結構可愛いから何人かには言い寄られてたりしない?」

「まぁ週に2~3人って所かな?お姉ちゃんが好きだから全部断ってるけど♪」

「未ぃ来ぅ~もう可愛いなぁこのぉ♪」

「あぁん❤お姉ちゃんいきなり頭を撫でないでぇ♪くすぐったいよぉ❤」

「…一体私は何を見せられているんだ?」


 そうこうしている内に食器が全て食洗機に収まり、後は洗剤を入れて起動するだけとなった。


「そう言えば、ご両親は大丈夫だったのかね?夕食まで馳走になって、その上もう片付けてしまっているが…」

「あ、そこは大丈夫。キチンとその辺りは伝えてあるし、それに…」

「夕食は私の仕切りだから大丈夫!」

「…と言うことなの」

「左様で」


 食洗機を起動して石鹸を付けて手を洗った私達は、食事中に久米井から『少し話したいことがある』と言っていた事を思い出し、先程まで勉強会で使っていたテーブルに集まった。


 ◇ ◇ ◇


 同日19:15

 唐竹家リビング


「さてと、漸く私の本題に入れる」

「そう言えば、お姉ちゃんに用があるとか言ってましたね?」

「本当はそれだけの筈だったが、どうもそう言う訳にも行かなくなってきた」

「え?」


 突然不穏なことを言い出す久米井。イヤイヤ未来に限ってそんなはずは…


「と言う訳でここからは未来くんも交えて我々の説明をさせて貰おう」

「おー!遂に秘密組織の全貌が明らかに!?」

「……」


 学校で二度目の邂逅を果たした日にある程度説明を受けていた私でも、最初に説明を聞いたときは今の未来みたいにはしゃぐことは出来なかった。

 ここから先はもう何時(いつ)ものような視点で物事を見ることが出来なくなる気がして怖くなる。


「改めて自己紹介だ。隣接世界探求者協会、略称AWSA所属ダイバー久米井那由多。この日本で異常発生している『門』の調査を請け負っている」


 イギリスに本部を置き、世界各地に支部を設ける国際的な()()組織。かつては隆盛を誇った分野だったらしい『魔術』を現代まで受け継いでいる唯一の団体。科学では証明しきれない数々の現象に対する研究機関。等々。

 字面を見ても胡散臭さ過ぎるが、彼女の話と私たちの身に起こった数々の出来事を考えると納得できる所が不思議と多かった。


「りんせつせかい?もん?だいばー?」


 そんな組織の中で通用する単語は、我々が聞き慣れた単語でも、組み合わせ次第で途端に意味が理解し辛くなる。今の未来はそんな状態だ。


「そも、世界とはどのように存在していると思う?」

「えーと、どう言う意味?」

「私達の住んでいるこの世界は、一体何所に在るか?」

「宇宙!」


 私は思わず両手で顔を覆ってしまう。こういう所まで似て無くて良いのに…


「姉と同じ回答をどうも有り難う。やはり姉妹なのだな…」

「エヘヘ~♪いや~それほどでも~♪」


 ──未来ぅ…それ褒めてないのよぉ…呆れられてるのよぉ…


 久米井は徐に何枚かのコインを取り出してテーブルにばら撒く。ゲームセンターのメダルゲームで使われるあのコインだ。


「ここに無数のコインがある。例えるならこれ一つ一つが世界だ」

「え!?私達の世界ってこんなに小さいんですか!?」

「例えるならと言っただろう。それに未来くんが思うほど私達の世界も広い訳では無い。

 要はこのテーブルに有るコインが私達の居る世界で、その他にもこうして沢山の世界。所謂(いわゆる)『異世界』が存在するとされている。そしてこの『世界』と言う名のコインが散らばっているテーブルその物を、我々は『隣接世界』と呼んでいる」


 そこで久米井は一呼吸置いた。


「さて、ここまでで何か質問は有るだろうか?あー…理屈云々については訊かないでくれ、私は研究者では無いから専門的なところは答えようが無い」


 直ぐに未来から手が挙がった。


「そもそも『隣接世界』とは何ですか!?」

「いきなり良い質問が来たな。さっきも言った通り、このテーブルその物が隣接世界。より詳しく言うと、このコインの裏側に面している部分がそう捉えられている。我々の世界はこの隣接世界に浮かぶ小さな島みたいな物で、そこに穴が開いていたら簡単に落ちてしまうようなかなり危ういところだ。落ちて直ぐだと元々の景色と非常によく似ているが、より深いところに潜って行くに連れて段々その様相が変わってくる。そして最終的には元々入って来た所とは似ても似つかない景色となる。これはこのコインの『裏側』からコインの『外側』に向かっていくからだと言う説がある。『異世界』の存在が信じられているのはこの為だな」


 テーブルのコインとその間や裏面を見せながら説明する久米井。何度も行ってきたであろうその説明口調には淀みが無い。


「じゃあひょっとして『異世界』にも行けたりするんですか!?」

「その問いに対する答えは『yes』であり『no』だ。だが絶対にやるな」

「えーなんでー?」

「未来、動物園のときに何か変な感じしなかった?こう、奥へ進むとなんか空気が重くなったような、そんな感じ」

「あー…そう言えばそうだったかも?」


 私は当時の感覚を思い出しながら未来に簡単に説明する。未来も同じような感覚を持っていたみたいで、思ったより理解は早かった。


「その空気が重くなった感覚というのも最近になって科学的な説明が付けられるようになってな。大気組成その物が少しだけ変わってくるらしい。窒素含有量は大して変化は無いが、酸素と二酸化炭素の割合が所によって大きく変わって来るのはまだ序の口。場所によっては酸素その物が存在しなかったり、全く未知の気体が存在したりと様々だった。そりゃあ当たり前のことだ、何せ物語に出てくるようなそんな『異世界』なんで物では無く、文字通りの『別世界』な訳だからな。成り立ちはどうあれ、此方の常識や物理法則も何もかも通用しない世界と思っておくのが一番手っ取り早い」

「な…なんか急に夢が無くなった…」

「解るよ未来。その気持ちよく解る」


 私も最近スマートフォンゲームに手を出すようになって漸く知ったことだ。なんか(たま)にストーリーに『異世界がどうたらこうたら』みたいなタイトルの本があったりするので、それらが連載されているネット小説投稿サイトを漁ることがある。中々に合う合わないの差が激しいサイトだったが、私は嫌いじゃ無い。


「この隣接世界に行くための手段はただ一つ。『門』を通ることだ」

「その…『門』とは何ですか?」

「文字通りの隣接世界への出入り口、いや違うな。()()()()と言った方が正しいか。意識していても居なくても何かの拍子に突然引っかかる天然のトラップ。脱出法法も限られている。見た目にも解りやすい物は何一つとして存在せず、私達は便宜上そう呼んでいるだけで出現条件や大きさまでをしっかり把握できていないのが現状だ」


 ただ、と久米井は前置きをする。


「迷い込んだ人間がいた場合は話が別だ」

「別?」


 久米井はコップに水を足してそれを一気に飲み干してから再び話し始める。


「『神隠し』と言う言葉がかなりの昔から有る。一説には遙かな昔から隣接世界の存在は知られていた物だと思われている。人の少ない時代は、誰か一人でも掛けたら直ぐに解る物だったはずだからな。現代でも行方不明者が出たら、日本では捜索隊が組まれて対象の足取りを追うものだ。我々はそれらを手掛かりに、隣接世界へ通じる『門』を探し出している。中には私みたいに()()()()で『門』を見付け出せる者も居るが、これは例外中の例外だな」


 そこでも一旦久米井は言葉を句切る。


「まぁ、おかげで対応は何時も後手後手になってしまうのだがな」


 久米井は自嘲するようにそう言った。


「日本だけでも確認されている『門』の数は軽く3桁に及ぶ。これらは全て人の営みが多い所で確認されたもので、尚且つ100年以上前の記録と照らし合わせた上で確認されたものだ。実際はもっと数が多いと思っている」

「…それだけのものが存在しているのに、なんで私達は何も知らされていないんですか?」


 未来のその声音には、恐怖と困惑があるように見えた。


「この現代という名の科学世紀。そんなオカルト染みた話を一体誰が信じる?有ったとしても国の有力者の手によって、その手の話は笑い話にされるか握り潰されるかのどちらかだ」

「でも行方不明者も出てるんですよね!?だったらどうして──!」

「今の時代はな、科学で証明できない物はあってはいけないのさ。それは科学の敗北を意味し、人類の敗北を意味する。『理解が出来ない』は存在してはならないんだ」

「──そんな理由で…!?」


 未来は絶句している。気持ちは解るが、私には納得できるものが多い。


「未来はさ、怖い話とか聞いたこと無い?日本の妖怪の話とかも」

「…それがどうかしたの?」

「久米井の言うような『理解が出来ない』存在に対して名前を付けたのが妖怪の始まりだと言われているの。名前と形を与えて、それに対する有効手段も書き添えて」

「昔はそうだったとしても今は──」

「妖怪は迷信。全部科学で説明できる。でも神隠しは?これは明らかにその次元を超えている。人が一人急に跡形も無く居なくなるなんて、そんなの昔から誰も説明できない。隣接世界の存在が公になったとしてもそれを科学的に裏付ける証拠が無いから、私達にその存在が知られることは無い。現に知っちゃった未来はどう思った?」

「…怖い。凄く怖い!」

「いつ何所で巻き込まれるか解らない神隠しに怯えながら過ごすなんて真似は私にも出来ない。だから知られてはいけないのよ」


 久米井の説明に補足を入れる形で私は未来に話した。


「所々砕けたところはあれど、大体そんなところだ。明日見くん説明ありがとう。更に補足しておくと、一部の権力者の存在や隣接世界で採取可能な資源に対する利権。果てには裏社会の()()()()()なんて言うのもあったりして、こっちとしても表に知られるわけには行かない頭の痛い問題が山積みなのさ。誰にも知られていない方が本当にマシな話だよ全く…」

「え?…ヤダ何それ初めて聞いた」


 想像しなかった訳では無いけど、本当にそんなドラマみたいな話があるんだ…


「そしてこれらの話が一瞬で可愛く見えてくる存在があの世界にはある」


 久米井はまたコップの水を飲み干して言った。


「『魔物』だ」

誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。

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