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致命的なダメ出し

そう言えばこの子達ポンコツだった

 5月2日(水)18:00 バイト中

 ステラガルテン


「注文か。そうだな、ではそこのウエイトレスを所望する」

「当店はそのようなサービスは御座いません」

「ちぇー」


 いきなり何を言い出すんだこの女は。


「じゃあ真面目に。このイブニングコーヒーセットを一つ」


 この店では朝昼夕とでセットメニューの内容が異なり、朝はトースト、昼はケーキ、夕方はミニサンドが出される。朝から頑張るサラリーマンやおやつ時の御婦人方。そして夜の残業を乗り切る戦士達に人気のセットだ。ミニサンドは単品でも注文が可能なメニューなので、もし気になった方は是非お越し下さい。と誰に向けるでもなく宣伝してみる。


「ご注文承りました、今暫くお待ち下さい」

「あーそうだった。明日見くん」

「?はい、何でしょうか?」

「少し耳を貸し賜え」

「???」


 私は少し屈んで久米井の口元まで耳を寄せる。


「この後ちょっとだけ時間を貰いたい」

「…それは何故?」

「せめて身を守る術だけでも教えておきたい。それを持っている時点で、君の運命は決まっているようなものだからな」

「…あと30分ほど待って」

「解った」


 これから色々巻き込まれる可能性がある。その度に死にかけるなどをしてしまうと身も心も保たない。学べることがあるなら幾らでも学んでやるさ。

 そうして私は久米井の注文を厨房に居る佳奈美さんに届け、他の席のお客様達の注文を取るのであった。


 ◇ ◇ ◇


 同日18:45

 帰路から逸れたどこかの道


「あのサンドイッチ美味しかったな、彼所(あそこ)のオリジナルレシピか何かか?」

「ドレッシングがポイントみたい。色々研究を重ねた末に完成したそうよ。私も食べたけど美味しかったわ」


 私は久米井に連れられて、普段は通らない街灯の少ない道を歩く。時間帯も相俟って非常に見通しが悪い道を、久米井は歩き慣れたような足取りで進んでいく。どこまで連れられるのか分からない中でこの暗闇を歩くのは、体力では無く精神を消耗する。道自体もキチンと舗装されたものでは無く、区画整理のされた真っ直ぐな道でも無いため昼間であっても道に迷ってしまいそうだ。

 そしてある場所に到着して久米井は足を止めた。


「着いたぞ。ここが最初の目的地だ」

「ここって?」

「見ての通り廃工場だ。普通ならもう取り壊されても可笑しくない位前に廃業し、そしてどうしてかこのような形で残って居る」

「知らなかった…」


 それなりに高い塀とその上に反り返る形で設置された有刺鉄線。その向こうに見えるのは私の家よりずっと高く、広そうな金属質な建築物。私達が住んでいる街にこんな建物があることを初めて知った。


「昔はちょっと有名どころの食品加工工場だったらしく、街の中から外からと多くの従業員が働いていたらしい」


 移動を再開した久米井が歩きながら説明する。


「潰れた切っ掛けは?」

「単純に不景気だな。一昔前の高度経済成長期に建てられ、その最中に稼働していた。けどバブル崩壊の煽りを諸に受けて経営は破綻。更に工場長や社長が会社の金をギャンブルなどに使ってた事実が露見したり収益を誤魔化して税金を滞納してたり、その他諸々の事情が重なった結果工場は閉鎖。こうしてこの工場の短い歴史に幕を下ろしました、めでたしめでたし」


 全然目出度くない。ん?


「あれ?でもここの建物が残されている理由は?」

「最初は正規の手順に則って取り壊される手筈になっていた。ところが…」

「…ところが?」


 浅田さんの時と同じ轍を踏まないように空気を読んで聞き返す。


「ノリがいいな明日見くん。取り壊しの手順を確認するために査察にやって来た業者の人達が、工場内で行方不明になる事件が発生した」

「…それってもしかして」

「そう、君の考えている通り“神隠し”だ」


 やっぱりそうだったか。それにこのロケーション。行方不明になったのはその人達だけじゃ無い気がする。


「成績優秀は伊達じゃ無いな。察しの通り、事件もあって取り壊しは見送られた。次にそこにやって来たのは、暴走族や半グレなどの反社会的な人間達だ。見た目だけなら寝床としては上等だもんな。そいつらも殆どが消えた。生き残った中に『消える瞬間を見た』何て事を言ってたヤツが何人か居て噂はどんどん広がった。以来この工場には街の殆どの人間が立ち寄ることも無くなり、その周辺もこうして時代から取り残されたような荒れた土地になった」

「……」


 救いが無い。運が悪かった、なんて言うのはきっと簡単だ。けれど私はその先に待つ者達を知っている。私達人間を食料の一つとしか見ていない異形が跋扈する直ぐ隣の世界。一度死にかけた私だから解る。本当に救いが無い。


「まぁ、今となっては私達の実地研修所の一つになってしまった訳だが」

「…そこってどれくらい危険?」


 いつもは結果的に入っていた異界。しかし今度は自分の意思で入る。その事実に声が震えそうになるのを必死に我慢して尋ねる。


「心配するな、私が居る」


 そう答えた背中は、私よりもずっと小さい筈なのに、私には何よりも大きく見えた。


 ◇ ◇ ◇


 同日19:05

 廃工場食品梱包区画


 あれから私は、久米井に案内される形で工場内に侵入した。塀の一角にある隠し通路から入り、そこから近い裏口にも楽に入れた。殆ど音も立って居ないため、近隣住民に怪しまれることも無い。


「ここに置いてあった機械類は、閉鎖が決まったのと同時に借金の担保として売られていったそうだ」


 久米井のその言葉の通り、この区画には何も無かった。

 かつては数多の機械が道を作り、その上を出荷される商品が長い列を成していたのだろう。私にはきっと想像も付かないような世界がここには在って、ここで働いていた人達はそれぞれの夢を見ながら職務に励んでいた。それを想像しながら歩くとどこか寂しいものを感じる。


「昔に思いを馳せるのは良いが、あまり時間を掛けたくない。こっちだ」

「あ、うん」


 久米井の言葉で現実に戻る。今回私がここへ来たのは“生き残る術を身に付ける”事だ。協力するにしろしないにしろ、これからの私には絶対に必要になってくる。だったら形振り構っている暇は無い。掴める物は全部掴んでみせると意識を切り換える。


「そこまで堅くなる必要は無いが、まぁ君には寧ろそれが丁度良いかもしれないな」


 ◇ ◇ ◇


「っ!?」


 空気が変わった。最初に異界に入ったときには感じる暇が無く、動物園では何かがおかしい位にしか感じなかった。しかし今回はそうと分かるほどハッキリと知覚する。


「ほう?もうそこまで解るのか」

「流石に3度目だとね。何かが違うことかくらいは解ってくる」

「強がるのは良いが、強がりすぎるのも良くない。もうここからは私達がいた世界じゃ無いことを十分に理解すればいい。じゃあ武装を出そうか」


 自分の内側に意識を向ける。フィジカル的な内側では無くメンタル的な内側に。そこは一面に広がる海のように広大で、波はとても穏やかだ。海の中は真っ暗で浅い場所も深い場所も同じくらい先が見通せない。その中から一つの違和感。穏やかな波の中で少しだけ激しい場所に目を向ける。するとそこには先の見えない程暗い海の中で尚赤く輝く二振りの剣があった。私はそれに手を伸ばして掴む。

 意識は現実に戻ってくる。両の手には先程の剣銃が有る。


「遅かったな。どう言うプロセスで取り出してる?」

「え?」


 久米井の方を見ると彼女の手には既に刃渡り4尺、幅1寸ほどの一振りの刀が握られていた。


「え!?なんでもう!?」

「良いから答えろ。どういう風に取り出している?」

「あ、えぇとそれは──」


 久米井に剣銃を取り出す手順を説明する。私の話が進む毎に彼女の眉間に皺が刻まれ、最後の説明が終えると盛大に溜息を吐いてこう言った。


「長い!一昔前の魔法少女アニメの変身バンク並に長い!!」

「変身バンク?え、何?それってそんなに長いの?」

「その説明はまた今度!お前さっき私が『武装を出そうか』って言ってからどれくらい時間を掛けてそれを出したか解るか!?」

「え?えぇと…10秒くらい?」

「1分だ!!しかもお前その間目を瞑って完全な無防備状態だったぞ!!!って言うかそれだけでも十分長い!!!!」

「え!?嘘!?」


 流石にそれは嘘だと思いたい。何せそれだけの時間が有れば魔物達は私に対してはもう何でもやりたい放題だ。


「ここに証拠映像がある。見てみろ」


 久米井が私にスマートフォンの画面を見せる。そこにはアホみたいな面を晒して目を瞑って呆けている私が映っていた。しかもその間ピクリとも動いていない。


「……写真の間違いじゃ?」


 一縷の望みを賭けて訊いてみる。


「ここにシークバーがあるだろ?」


 望みは一瞬で絶たれた。そして映像の終わりで私の両手に剣銃が出現した。


「これはまず生き残る以前の問題になりそうだ…」

「私って、そこまで酷い…?」

「逆に今まで生きて居られたことが不思議なくらいだ…」


 久米井さんは頭を抱えていらっしゃる。それ程までに私は酷かったらしい。


「…今日はもう時間も遅い。明日からは4連休だ、その間に何とか物にするぞ」

「え!?でも明日は未来とデートが…」

「は?お前そんなことを言ってられる場合か?お前の命が掛かってるんだぞ?」


 久米井那由多様はお怒りのご様子。しかし私もここで退くわけには行かない!


「確かにそうだと思う。でも私は今まで未来に寂しい思いをさせてきた分、精一杯未来との時間を大切にすることを誓ったの」

「はぁ~…じゃあ明日はいいよ。その代わり明後日な」

「明後日は未来と一緒に勉強と料理の特訓だからダメ」

「……明明後日(しあさって)は?」

「未来に勉強を教える日だからダメ」

「………連休最終日」

「その日は午前バイトで、午後はそのバイト先のお子さんの勉強を見て、家に帰ったら未来と料理と勉強」

「お前どんだけ妹が好きなんだよ!ってか全滅じゃねぇか!!やる気あるのか!?!?」


 失礼な。先に予定を立てていたのはこっちだ。割り込んできた側が文句を言わないで欲しい。


「もういい分かった理解した。だったら私からお前の所に押しかけてやる!」

「え?ヤダキモい…」

「そこでガチトーンになるのはやめろ。自分でもどうかと思ったが流石に凹む…」


 確かに今のはやりすぎたかもしれない。いくら相手が相手だからって言葉は選ばなければ。


「や、流石に今のはごめんなさい」

「いや、いいんだ。冷静になって考えたら、君にとって私は昨日が初対面だ。こっちが何か言える道理は無かったよ」


 流石にそこは理解してくれたみたいだ。言動がアレなだけで、根はいい奴なのかも知れない。


「とは言え、こっちとしても今の君を放って置く事も出来ない。明日は無理だろうから、明後日君の家に行くとしよう」

「え?何確定事項?」

「当たり前だ。こっちはAWSAとしてお前の命を守る義務があるからな。本当ならお前の事情なんか知ったことじゃないんだぞ?それを限りなく譲歩した結果がこれだ。ありがたがれー?」

「…そっか」


 今日聞かされたことではあるが、私は要監視対象で最優先保護対象でも有るらしい。本当ならもっとゴツイ人が私の近くに来たりするところを彼女の上司が何とか掛け合って今の形に落ち着いているらしい。それを思うと感謝するべきなのだ。ただこんな奴だからちょっとだけ…。


「そうだ、明後日君の家に行って訓練をつけるついででお願いが有るんだが…」


 言葉の最後の方は段々とトーンが下がっていき、何か申し訳なさそうな雰囲気となった。


「いや本当に図々しいと思うのだが、流石にこれ以上引き延ばすのは難しいと思う。あまり願い出る立場では無いことは百も承知なのだが…」

「?まぁ内容にもよるけど、なに?」


 また随分と勿体付ける。けれど彼女は何か私に任務とかとは別に頼みたいことが有るらしい。話ぐらいは聞いてもいいと思い、先を促す。


「…私の勉強を見て欲しい」

誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。

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