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エンカウント

不思議ちゃんで不遜ちゃんです。

 のりこ先生による、のほほんとしながらも秩序のあるホームルームが終わり、皆が待ちに待ったであろう放課後が訪れる。私も机の中に入れた教科書類を鞄に仕舞って教室を後にする。

 小金井が言っていたような陰口は今日の授業を境に何故か聞こえなくなった。アイツはまた私に対するお節介でも働いたのだろうか?まぁ確かに不愉快だったから有り難いと言えば有り難い。なによ!『万力女』って!今時の小学生でももっとマシな渾名を考えるわ!

 そんな調子で内心プンすこ言いながら下駄箱に向かって歩いていると。


「すまない、無礼を承知で訪ねるが問題ないだろうか?」


 若干舌足らずな女子の声が後ろから聞こえてきた。


「えっと、私?」

「然り」


 振り返って声の主を見る。


 ――赤い噴水。緑の屍。刀の少女。


「っ!?」

「?どうかしたかね?」

「ごめん、何でもない」


 一瞬頭痛がしたが、すぐに収まった。何かを思い出した気がしたけれど、気分のいいものではない。改めて声の主を観察する。


 最初に印象に残ったのは『小さい』だった。

 私の胸より少し低めの背丈。髪は肩に掛からない程度に切り揃えられており、前髪も目元がハッキリ見えるくらいに切られている。

 目は若干垂れ目気味で少しだけ幼さの残る顔立ちをしている。

 ネクタイの色は一年生を表している。


「どうしたの?」

「本日より目出度く編入する運びとなったのだが、ここまでの道中で幾らか道を見失ってしまい、辿り着くのが遅くなってしまった。遅れてしまったことを詫びに行きたいのだが、職員室まで案内を頼めるだろうか?」


 中々大変な子だ。


「えーと、取り敢えず職員室に行けば良いのね?」

「そのように言っているつもりだが?」

「ご尤も…」


 こうして私は自称編入生を職員室まで案内することになった。最初の内は『まぁ、直ぐに終わるでしょ』と思っていたが、それは開始からものの数十秒で間違いだと気付いた。


「この部屋は何かね?」

「?ただの空き教室だけど?」

「ほほう、コレがかの有名な空き教室。物語とかでしか見たことが無かったが、本当に人気が無いな」

「いや放課後だからどこの教室も人気が無いのは当然でしょ」


 空き教室に一喜一憂したり。


「む?こっちに在るのは何だ?」

「そっちは事務室。職員室からは反対に行っちゃうわよ?」

「あぁ、よく見たら窓口があるな。成る程ここが来客用の玄関口か」

「私達生徒は滅多なことではここから入る来客を見ることは無いけどね」


 事務室前まで引っ張られたり。


「渡り廊下か、コレはどこまで続いているんだ?」

「本当に職員室から遠ざかっちゃうわよ?そっちは特別棟という名の旧校舎に続いているわ。文化系の部活動なんかは大体ここを中心に活動してるわね。近々建て替え工事がある、みたいなことを先生達が話していたわ」

「ほう?中々歴史がありそうな建築物だが、築何十年くらいだろうか?」

「さぁどうだったかしら。いずれにしても、ここを渡っちゃったら職員室は更に遠のくわね」

「流石に時間は無いか。またの機会にしよう」


 旧校舎に向かって歩くのを何とか引き留めたり。


「お、外で誰かが走ってるな。アレは何だ?」

「陸上部員達ね、基本的に毎日活動している所よ。その気になれば学校外でも訓練を行えるのが良いところね」

「確かに物語で見た限りの運動部という物は、練習場所のグラウンドを巡って血で血を洗う戦いが日夜繰り広げられて居るのだったな。くわばらくわばら…」

「いや、実際にそんなことは無いはずよ?たぶん…」


 職員室のある2階へ上がっても窓から見える運動部員達を眺めて足止めされ。


「この更に上の階には何が有るのだ?」

「ここが第一校舎の2階で三年の教室があるはずだから、その一つ上もそうね。4階はまた使われていない部屋が多いけど、ひょっとしたら旧校舎の建て替えのために追い出される部活の部屋になるかも」

「部活動にも力を入れているとは聞いていたが、よもやそこまで考えてあるとはな。ここの教師陣はさぞ生徒思いなのだろうな」

「私も色々助けられてるし、確かにそうなのかもね」


 この学校の教師達に対する評価なんかを話ながら、漸く職員室まで辿り着いた。


「いやはや迷惑を掛けた、このお返しはその内させて頂く。それまでは少しだけ待っていて欲しい」

「いや、良いって。それより帰り道も気を付けなさいよ」

「承知した。ではまた会おう。唐竹明日見二年生よ」

「うん、それじゃあね」


 そうして私はその一年生が職員室に入ったのを確認してから学校を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 同日18:30 夕食時

 唐竹家キッチン


「へぇ~そんなことがあったんだぁ。お姉ちゃんお塩取って~」

「はい、まぁそれで帰りがいつもより遅くなっちゃった訳なんだけどね」

「お姉ちゃんの帰りが遅いのはいつものことだから気にしてないよぉ~♪あとお姉ちゃん、コレ砂糖だよ?」

「やばっ!素で間違えた!」


 私は家事の特訓として、未来から料理の手解きを受けていた。と言っても未来は『私から技を盗むが良い!なーんてね♪』として、私に直接何かを教えはしなかった。完全に『習うより慣れろ』を行っている。


『だって人に何かを教えたこと無いし、殆ど何となくだもん~』


 と本人が言っているため、私は横から未来の動きを観察して真似していくしか無い。

 それにしても未来はやっぱり凄い。細かく刻まれた野菜や肉があっという間に美味しそうな見た目に変わっていく。学校での活動だけでは無い長年培ってきた技術の一端を垣間見た。


「それじゃ!いただきまーす!」

「頂きます」


 二人揃って出来上がった夕食を食べ始める。今回はシンプルに行こうと言うことでチャーハンになった。


「うーん…間違えて入れちゃった砂糖がまたなんとも言えない風味を産み出してる…でもなんか悪くない?」

「その…ごめんね?」

「いやいや手伝ってくれただけ良いよ。やっぱり私だけだと今頃はまだ時間掛かってたからさ」

「なら良かった」


 二人して変わった味になったチャーハンに舌鼓を打つ。食感や匂いは間違いなくチャーハンの筈なのに味がイコールで結ばれない奇妙な感覚に、段々面白さを感じ始めた。


「ねぇ、またコレ作らない?」

「お姉ちゃん。食材は大切にね?」

「ハイ…」


 凄くイイ笑顔で凄まれてしまった。二人して食事を続ける。


「……」

「?どうしたのお姉ちゃん?」


 見詰められているのに気が付いた未来は、私に何事かを尋ねる。


「何でもないよ」

「?そう?」


 退院からもう直ぐ一週間。未来の怪我は問題ないみたいだ。たまにあの時のことを思い出して私の部屋で一緒に眠ることがあるけれど、ここの所は頻度が少しずつ減っている。本格的に日常に帰ってくるのも時間の問題だろう。両親の他にも私と話す時間が増えた。そのお陰か、元通りの元気さが戻って来ている。


 ──私はそれが少し羨ましい。


 こうして二人きりの和やかな夕食時はこうして過ぎていく。

 暫くして両親が帰宅し、二人で作った夕食を食べて貰う。私が何かしたことは直ぐに解ってしまった。まだまだ未来の領域は遠い。


 ◇ ◇ ◇


 同日20:30 勉強時間

 明日見の自室


 夕食後は未来と食器を洗い、その後にお風呂に入って今日の疲れを洗い流した。その後すぐ私は今日の授業の復習と、明日の分の予習をに取り掛かった。と言っても難しいことは特になく、今日出て来た範囲をさらっと流す程度にノートに書き込んでいる。


「ふー、少し休憩。テストは来月だっけ?ならまだ余裕はあるかな」


 時計を見てまだ練るまでに時間があることを確認する。


「にしても今日はなんか変な一日だったなぁ…小金井はどこまで知っているんだか」


 ──生還おめでとう、お前が初めてだ。


 あの言葉には、どこか安心したような不思議な響きが感じられた。ひょっとしたら彼はあそこへ不用意に足を踏み入れた者がどうなったのかを知っていたのかもしれない。だから私があそこから帰ってきたことに安心したのだろうか?


「変わってると言えば、あの子もそうだったなぁ」


 下駄箱へ向かおうとして私を後ろから呼び止めた一年生を思い出す。中々偉そうな言動だったが、何故かそれが自然なことだと感じさせる不思議な娘だった。


 ──ではまた会おう。唐竹明日見二年生よ。


「──あれ?私って名前教えてたっけ?」

誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。

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