昼食時の質問攻め
少し時が経ちました。
5月1日(火)13:00 昼休み
月ヶ峰高等学校学生食堂
「はいお待ち!たんとお食べ!」
「ありがとうおばちゃん」
焼き肉定食肉野菜増量の乗ったトレーを学食のおばちゃんから受け取り空いている席を探す。やはり重さは殆ど感じない。
あれから一週間と少しが経った。私は怪我の程度が程度だったため初日に退院できたが、未来は見た目以上に怪我が酷かったため数日間入院となった。迎えに来てくれた両親は『またか…』みたいな呆れた顔を浮かべつつも温かく出迎えてくれた。
そしてそこから私の試練は始まった。今まで未来が居たことで賄えていた夕食が無くなりそうになったのである。朝は母が朝食を用意してくれていても夜は未来しか夕食を作れる人が居ない。その未来は今入院中。結果として私が料理を作るのだが、今まで母や妹の手伝いしかしてこなかった私。まともに用意したことなど無かった。
料理本片手に何とかそれらしい物は作った。しかしここで予想外のことが起こる。手に取った食器や調理器具がどう言う事なのか割れたり折れたりと言った珍事件が発生した。何とか出来上がった料理も未来に及ぶ物では無く、両親と共になんともいえない顔を浮かべたのは不覚としか言い様がない(一応『頑張ったね』と褒めては貰えた)。
未来が退院したときは『救世主が帰ってきた』と歓喜のあまり涙が出そうになった。
「あそこで良いか」
比較的奥まって人気の少ないところ。世間から忘れ去られたようにポツンと一つ置いてあるテーブルにトレーを置いて椅子に座る。
トレーの上には山盛りの肉や野菜の乗った皿とこれもまた山みたいに盛られた白米の茶碗。そして味噌汁が乗っている。今までの私だったら絶対に食べない量だ。
「頂きます」
日々の糧に感謝してそれを頂く。ガツガツと行ってはいけない。あくまで上品に。比較的上品に口に運ぶ。何と比較して上品なのかは知らない。
「あぁ…美味しい…」
まだ5分も経っていないはずなのに、気が付けばもう半分以上が無くなっていた。
あれから。正確には私が初めて異界に入った日から私の身にも変化があった。先ずは何故か知らないが食べる量が増えたこと。もう一つは身体機能が著しく強化されたことだった。
食べる量については今見ている通りで、これぐらいが標準となっている。そうで無いと食べた気になれなくなってしまった。お陰で日々の食費が馬鹿にならなくなり、頭を抱える問題となっている。
もう一つの身体機能の著しい強化。考えてみたら動物園でも客一人一人の話を聞き分けたり、檻や建物の中に居る魔物の数を離れた位置から把握したりなど、普通の人間には真似できない事を幾つかやってしまっている。それは筋力も同じようで、食器や調理器具を壊してしまったのはそのせいだと後になって解った。
今は何とかセーブ出来ているが、たまにふとした拍子に制御から外れてちょっとした惨事を引き起こしてしまっている。まぁそのお陰で学校で私に絡んでくる人間が殆ど居なくなったのは不幸中の幸いというか何というか。
「ご馳走様ぁ…」
空になった食器に手を合わせる。この瞬間がまさに至福の時だ。
「ご馳走様でしたー」
「はいよー!早いねー!」
返却口にトレーを出して後はおばちゃん達に任せる。時間を確認してもまだ授業にかなり余裕がある。
「えっと次は何だっけ?」
スマートフォンを開いて写真に撮った時間割表を確認する。特に大したことは無かったのでそのまま教室に戻ろうかと考えたとき。
「よォ、久し振りだな?」
「あ、小金井」
同じクラスの小金井健太。彼もまた学食なのか、焼き魚定食の乗ったトレーを持っている。
「ちょっと話に付き合え」
「え?あ、ちょっと!」
その男子高校生としては比較的低身長な体格からは考えられ無い程の強い力で私は引っ張られていった。
「もう昼食は食ったのか?」
「今トレーを返して教室に帰ろうとしてた所なんだけど…」
「ソイツは悪いことをした」
全く悪びれる様子も無いニヤけ顔で肩をすくめる。
「で?そんな話をするために私を呼び止めたわけじゃ無いんでしょ?」
「あァ、その通りだ。だが食べるまで待て」
「そんな勝手な…」
久し振りに会話をする気がするが、かなり疲れるなコイツ。
「そういやお前は何喰った?」
魚を箸で切り崩しながら小金井は訊いてくる。
「…それ聞く必要ある?」
「本題とは関係ねぇが、コミュニケーションを円滑に進めるにゃコレが最適なんだぜ?あむ…おっ旨いなこれ」
強引に連れて来られて円滑も何も無いと思う。けれど今の私にはコイツぐらいしか話を聞いてくれる人は居ないしなぁ…。
「…焼き肉定食肉野菜増量」
気が付いたら正直に答えていた。
「あむ…ここにそんなメニュー有ったか?ってかそんなナリで食えるのか?」
「私がおばちゃんに無理言って頼み込んだ。体型についてはアンタに言われたくないんだけど」
「ワリィ。流石に失敬だったな」
「いや、こっちこそ…」
自分が悪いと認めると素直に謝るのは多少は好感が持てる。当たり前だが、本来は誰もがそう在るべきなのだろう。
でも私は?私は一体どうなんだ?
「フゥ。食った食った。さて話をするか」
気が付いたら小金井の皿は既に空になっていた。
「話って?」
「お前がここの所間学校に来なかった理由だよ」
──何が知りたいんだ?コイツは。
「予め言っておく。コレは質問じゃねぇ、確認だ」
「確認?」
「そうだ確認だ。既に俺の中ではある程度考えが纏まっているが確信が無ェ。今からするのはその答え合わせだ」
「な、成る程」
「んじゃ今から質問をする。全部に対して『はい』か『いいえ』で答えろ」
──何なんだ?何がしたいんだコイツは?
「じゃ質問だ。4月17日(火)の学校帰り。お前は真っ直ぐ帰ったか?」
「…いいえ」
あの時は真っ直ぐ帰れなかった。何となく帰るのが辛かった。
「次の質問だ。その日はゲーセンにでも寄ったか?」
「…はい」
私はそこであの三人に攫われた。…なんかそれしか憶えてないの自分でもどうなんだ?
「コレで最後の質問だ。あの裏路地閉鎖はお前達が関係してるな?」
「ん?閉鎖?」
「良いから答えろ」
「へ?あ、はい。はい、だよ、多分?」
「微妙に要領を得ねぇな」
「いやぁ、閉鎖なんて初耳だから」
あれ以来あのゲーセンには近寄っていない。また攫われるかもと考えるのもそうだが、何かがトリガーとなって、あそこからまた異界に入るかもしれないと考えると背筋が凍る。
「成る程な、そういやお前が休んでたときにのりセンセーから告知されてたな」
「って言うかアンタもあそこに行ってたの?」
「行くも何も、あそこは俺の縄張りだかならな」
「え″!?」
なんか今時凄いこと言い出したぞコイツ。
「舎弟に訊いたらお前によく似たヤツが居たってよ。それとはまた別に見慣れねぇヤツが居たって事もな」
「う、うわぁ…」
多分その辺りは私が浅田さんから聞いている通りなんだろう。
「そういやお前、警察に俺のことを教えてたな。アレは何だ?」
「?なんかこの前の事件とは別にアンタに聞きたいことがあったみたいよ」
「あーアレはそう言うことだったか…」
小金井は目線を遠くに飛ばしながら呟いた。
「さて、話は終わりだ。付き合ってくれてサンキュ」
「アンタが納得できたならそれで良いよ」
「あぁ、スゲー満足した」
そう言って小金井は食べ終わったトレーを待って立ち上がり、返却口に歩き始める。
「あーそうだ、一つ言い忘れてた」
「ん?何?」
私も教室へ戻るために立ち上がって歩き始めたところを、小金井に呼び止められて一瞬だけそっちを振り返る。
「生還おめでとう。お前が初めてだ」
「っ!?!?」
「じゃそう言うことで」
私に向かって視線だけを向けた小金井は最後にそう言ってトレーを返却口に持って行った。
──アイツは一体何なんだ?何を知っているんだ?
──そこを取り仕切っている半グレ達の間でも──
あぁ。成る程。アイツもその内の一人という訳か。あれ?でも何か変な気がする。達って事は複数居るはずだけどなんかアイツの口ぶりだとそうで無いような?
「…考えても仕方ない。早く教室に戻らないと」
時計を見たら授業開始の10分前を示していた。早めに戻って授業の支度をしてもギリギリになりそう。
「…私が初めて、か」
ふと思い出されるのは、あの山積みになった夥しい数の骨。アレがあそこに迷い込んだ人達の成れの果てというなら、一体どれだけの人間があの裏路地で行方不明になったというのだろう?
世間から見捨てられたような場所。社会からドロップアウトした人間達。その場所故に誰の気にも留められない。だからあそこで何が有ったとしても誰にも気付いて貰えない。
──もし私があそこで死んじゃってたら…
「っ!(ブンブン)」
頭を激しく振って浮かんだ光景を打ち消す。それは異界から生還してから何度も想像してしまっている。その度に忘れようとしているのに浮かんだ回数だけより鮮明に描けてしまっている。
「…早く行かないと。授業に遅れちゃう」
結局何も考えないために、ひたすら勉学に励んで無理矢理知識を詰め込む。そうすれば幾分かは楽になった。
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