幕間
珍しく別の視点
──4月20日(金)23:50
──明日見達が生還したその直ぐ後くらい。
「何とか自力で脱したか」
月の入動物園から少し離れた場所にある割と背の高めのオフィスビル。その屋上に下界を見下ろす影が一人。
「流石にこうも立て続けに向こうに行ってしまうのは予想外だったからな。せっかく助けたのに、その数日後に死んでしまったら流石に寝覚めが悪い」
その人物は見た目は華奢な少女。実際実年齢もそれに見合った。いや年齢にしては平均以下の背丈の少女だった。しかし見た目に反してその身に纏う雰囲気は歴戦の猛者のそれであり、どこか人を寄せ付けない威圧感が感じられる。
「けど今回は秘密裏に何とかしようというのは無理だったしなぁ…これからどうしよ」
そんな現代日本には珍しい一人の戦士は今酷く悩んでいた。
「見たい映画有ったのになぁ…明日仕事かぁ…」
プライベートが潰され掛けていることだった。
「あーあ、ヤダなぁ面倒くさいなぁ…よし上司に連絡だ!」
そう言って胸ポケットからスマートフォンを取り出し、自身の上司の連絡先をタップする。──胸ポケットからスマホを取り出した際にスッと音が鳴るほどあっさり出せてそんな己の体型に軽く絶望したのは内緒です──2~3回ほど呼び出し音が鳴ってから件の人物は電話に出た。
『どうした?デートの誘い?』
開口一番にセクハラとしか思えない台詞が飛んできたが、相手は同性だ。特にそんなことは気にしない。
「有給を下さい」
『却下』
ストレートにお願いしたらストレートに返事が来た。
「お願いです!今回だけはどうしても外せない、いや外したくない用事があるんです!明日は今やっている映画が上映の後にキャスト達の舞台挨拶があるんです!明日を逃したら今度は関西の方へ行ってしまいもう見ることが出来ないんです!何卒!何卒!!!」
『って言われてもなぁ』
「何ならこの埋め合わせは近い内に必ず行いますから!ですから明日だけは!明日だけはどうか!!」
『君そう言って事ある毎に仕事休んで、それが溜まって他に押しつけてるの知ってる?』
「知りません。なので私は関係ありません」
『ッスー…』
暫くスピーカーの向こうで大きく息を吸う音が聞こえてきたと思うと。
『関係おおありだ馬鹿者!!!』
「ひぅ!?」
あまりの声量に思わずスピーカーから一瞬だけ耳を離してしまった。直ぐに元に戻す。
『お前が自分の仕事をサボるせいでどれだけ周りが迷惑してると思ってる!こっちも片付けなきゃなんないのがあるしお前達にもやって貰わないといけないこともあるし!一体何度私があのハゲ達に頭を下げたと思ってる!!!』
「で、でも私がやってる事って他のみんなにも出来るはずじゃあ…」
『事が事だからお前にしか回せないんだ…他のヤツには荷が重すぎる…』
悔しさの滲んだ声がスピーカーから聞こえてくる。
「えぇ~あの程度もこなせないんですかぁ~?ププーwww」
『オイ。今のお前の同僚や後輩には聞かせるなよ?お前だから良いようなものだが他のヤツが言ったら真っ先に殺されるヤツだからな?』
「じゃあ良かったって事で。明日はオフにしてもイイですか?」
『…せめて時間だけ教えろ。そうしたら考えてやる』
映画の上映時間をなるべく正確に伝える。あまり曖昧にぼかすと向こうのストレスがマッハで溜まっていくため、休暇を取る際には細かにスケジュールを伝える必要があるのだ。
『…成る程な、じゃあ明日の午前だけ現場検証に付き合え。その後は好きにしろ』
「わーいやったー♪ユカリちゃん大好きー❤」
『…あんな出方をしてしまった手前何も言えないが、そんな返され方をするとなんか気色悪いな』
「非道い!私はこんなにも貴女様のことを思っているのに!」
『本音は?』
「フッ…この女チョロいぜ」
『余命を宣告してやる。明後日だ、貴様のその舞台挨拶後が最後の晩餐となるだろう』
「生憎帰ったら直ぐ寝る予定なので晩餐はないなぁ」
『まぁ冗談はさておき。丁度良いタイミングで電話をしてくれたよ』
「ふむ?」
先程のおふざけムードから一転。声の主のトーンが真面目なそれに変わる。それに併せて少女にも緊張が走った。
『お前には近い内に月ヶ峰高校に生徒として潜入して欲しい』
「また何で急に」
『向こうに探りを入れて欲しい。ある意味一番沈みやすいところなのに、そう言った話を一切聞かない。探りを入れるのと同時に人員の補充と足場作りを頼みたい』
「ふむふむ。質問をいいかい?」
『答えられる範囲で答える』
「何で私?」
『単純に年齢の問題だ。お前今15だろ?それぐらいなら特に問題はないはずだ。それにこんな時期に編入しても、あそこはそこまで気にしていない。それとお前には高卒の資格も取って欲しいからな。そうすればこっちも工作がしやすくなる』
「成る程、確かにこの地域には私ぐらいしかあそこに違和感なく溶け込める者は居ないだろう。だがどうやって入る?確かあそこは内部の情報はかなりの割合で非公開の筈だ。解っているのは超難関の進学校で、様々な著名人や社会進出を遂げた者達をかなりの割合で輩出していると言うことくらいだぞ?それ以外は殆ど公開されていない」
『だからこそ、そこでの活動の足掛かりが欲しい。今までその難易度の高さからプロジェクトは凍結状態だった。けどお前に担当して貰った案件で重要性が見直され、再始動に至った訳だ』
成る程なと思った。考えてみれば学び舎とは情報の宝庫だ。人員を送るのは理に適っている。
「それで、どうやって入るんだ?何かルートは用意してくれるのか?」
『お前には編入試験を受けて貰う』
「──なんて?」
『あそこはセキュリティーが非常に厳重で試験問題を前もって覗き見するのが難しくてな、おまけに肩書き通りに偏差値がクッソ高い。だから今まで断念していたんだが、そうも言ってられなくなった。だからお前には何が何でも合格して貰う』
「あ、私用事思い出したのでこれでー」
「おっと逃げるなよ?」
「え?」
不意に後ろから肩を叩かれた。先程まで電話の向こうに居た筈の人物がいつの間にか近くに居たことに混乱する。
「あ、あのぉ…さっきまでオフィスに居たはずじゃぁ…」
「実はここまで歩いてきてたのさ。軽く向こうの現場検証をしてきたついでに。それで今着いた」
「こ、この悪魔め…」
「何とでも言えばいい。さ、勉強の時間だ」
そうして襟首を捕まれてズルズルと引き摺られていく。
「嫌だー!今から勉強は嫌だー!明日仕事して映画見たらあとはぐうたらするんだー!」
「試験期間は限られている上に年内の挑戦回数にも制限がある。だからなるべく一発で合格を取れるようにしなきゃならない。そして試験費用も高いし、その後の学費だって馬鹿にならない。留年とかもしないようにして貰わないとこっちが困る。さぁ!今日から仕事は減らして勉強も見てやるから頑張るぞ!」
「いーーやーーだーー!!!!!!」
オフィスビルの屋上から上がった叫び声はビル風に紛れて消えてしまい、そこに居た人物以外の誰の耳にも届くことは無かった。
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